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夕暮れ。帰路。時刻は6時40分。辻倉(つじくら)サチは赤から藍に染まる空を背にとぼとぼと歩いていた。


「あー、終わっちゃったなあー」


タブレット型携帯を手に取り電源ボタンを押す。ついた画面の明るさが目に眩しい。自宅で飼っている愛犬の待ち受けを横目に、サチは時間を確認して残念そうに肩を落とした。もう数十分も過ぎていた。今日は5時からの1時間、サチの好きな俳優の特集の再放送があったのだ。以前それを見逃していたサチは、最悪なことに今日の録画を忘れてしまい、学校が終わるなりダッシュで帰宅する予定でいた。が、しかし。委員会の集まりというものが急遽開かれ気付けばこの時間だ。


「あー、貴重なゆう君のデビュー時代映像がっ!」


俳優の名前を叫びながらも戻らない過去に未練たっぷりなサチは、大きくため息を吐くとそれから諦めたかのように足早に歩みを進め始めた。すっかり日も暮れて薄暗い道をサチは慣れたように進む。毎日毎日通っているのだから当たり前だ。このまま真っ直ぐに進んで突き当りを左。そう記憶していたサチは、その突き当りにたどり着く前に足を止めた。


「こんなとこに道、あったっけ?」


突き当りに行くまで脇道はなかったはずだ。それなのに、そこには細い先の暗い路地が1本あった。いかにも危なそうなその路地に、普段なら行こうとは思わなかったであろうサチは何を思ったか気付けば一歩足を踏み出していた。

奥へ、奥へ。

闇へ、闇へ。

招かれるようにずんずん進む。しかし進んでも進んでも終わりが見えない。暗闇が増していく。いい加減おかしくない?ようやくなにかおかしいと思い始めたサチだったが、何故か足が止まらない。本当にここは路地なのかわからないほど闇一色。自分の足元さえ暗くよく見えない。それに何かとてつもなく嫌なものに近づいている気がしてならなかった。だけど足が止まってくれない。どうしてこんな路地に足を踏み入れてしまったのかと後悔に苛まれながらサチは半泣きだった。


「――――ひっ!」


ナニカ、顔の横を横切った。微かな風圧に情けなくサチは悲鳴を上げてしまった。ただの風なんかではない。絶対に、ナニカ、動くものだ。確信したサチは、そしていよいよ命の危機を感じた。もう視界は暗すぎて何があるのかさえわからない。けれど、いる。ナニカ、自分の先にいる。前方で何か大きなものが動いた気配がしたのだ。人にしては妙な気配のそれからは身体の中心から揺さぶられるような恐怖しか感じなかった。と、本能が叫んだ。

―――喰われる。

そう思ったのが先か。暗闇に潜むナニカが動いたのが先か。自身に凄まじい速さで覆いかぶさろうとするナニカを感じながらとにかくサチは強く目を瞑ることしか出来なかった。





「―――少し、おイタがすぎますヨ」


妙なアクセントのついた口調の男の声が耳に届く。と、同時に緊張感のないそれにサチはあれ、と呆気にとられた。今しがた自分は喰われるとばかり思っていたのに、何ともない。おそるおそる瞼を持ち上げれば、見える。暗闇に違いはないのだが、先程とは違いきちんそした夜の闇で、目が慣れれば多少は物が見える闇だ。慌ててナニカがいたと思っていた場所を確認したが、そこにはなんの影もなくただ路地の行き止まりの壁だけがあった。普通の、静かな夜だけがある。そのことに安堵したサチはようやくホッとした。


「お嬢サン。逢魔時には気をつけろ、ってネ?」

「っ!」


不意に背後から先程の男の声が届いてその存在を改めて認識したサチは、緊張しながらそちらに向き直った。


「…だ、れ」

「酷いデスネ、ワタシ一応お嬢サンのこと助けたんデスけどネー?」


一言で言うならば、黒い。夜だからじゃない。身に着けているもの全てが黒一色なのだ、目の前の男は。髪も黒く肌の色以外男に黒以外の色は見てとれない。顔は目元が前髪に隠れていてよくわからない。助けてくれたらしいが、いかにもな風貌に素直に安心するほどサチは馬鹿ではない。


「助けていただき、ありがとうございました」

「イエイエ」


警戒心と緊張感を保ちながらサチはとりあえずお礼を述べた。そしてすぐさま質問へと切り替える。


「あの、さっきの何ですか」


姿を見たわけでない。気配と存在しかわからなかったが、先程までナニカはそこにいたのだ。人でない、しかも大きなものが。勘でしかないがこの怪しい黒ずくめの男なら何か知っていそうな気がした。


「暴漢か何かとカ?」

「嘘つくならもっとまともなやつにしてくださいよ」


明らかにわざとらしい答えの反らし方にサチはこの男はナニカを知っていることを確信した。そもそも暴漢であったらこの男が助けてくれた時に揉み合ったり声を荒らげたりしているはずだ。しかしそんな音は全く聞こえなかった。大体にして男は隠そうとしてない。あの本能は恐怖する感覚はまだ生々しく残っている。ジッと男の顔あたりを睨み付けるようにサチは相手の答えを待った。されど男を答える気はないのか沈黙の時間が続く。先にしびれを切らしたのは男の方だった。


「…教えてもいいデスけど、そのかわり記憶を消しますヨ?」

「え、それじゃ意味ないんじゃ…」

「当たり前デス。そう簡単に教えられませんからネ、普通。教えたそのものの記憶を消すという条件でナラいいデス」


教えてもらえるには教えてもらえるが最終的にはその記憶を消す。それじゃ訊いた意味がない。サチは首を横に振った。


「嫌です」

「そうデスか。それデは、この話はな―――」

「教えてくれなくていいので、代わりにヒントを下さい」


男の言葉を遮るとサチはそう願った。知ってもそれがなかったことにされるなら、教えてもらわず自力で知ればいい。ただ男がそれで納得してくれなければ駄目だが。しかし男はにやりと口元を歪めると了承したとばかりに声を上げて笑った。


「お嬢サン、アナタ面白いデスね。イイでしょう。ヒントなら与えてあげまショウ」


男が言うなり突如としてつむじ風がそこに襲い掛かり、巻き上がった砂埃に思わずサチは腕で顔を庇った。瞬間。


「―――この世には、人間ならざるモノも存在するんですヨ」


耳元で男の声がしたかと思えば、ナニカが顔の横を横切った気配がした。それは確かにあの時の微かな風圧と同じであり、サチはそれを認めると同時に脳内には疑問が浮かんでいた。あの男こそ何者なんだろうか、と。

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