些細な、訪れる前触れ
失った記憶を取り戻す手伝いを経験したことがある者は多くないだろう。
ましてや、少年メノと少女ネルティは数分前に出会った初対面である。
いってしまえばネルティの手伝う発言は一方的で安易なものだった。偶然出会った不思議な少年に興味が出た、それだけ。
しかし、全くあてがない訳ではなかった。
「セトリノ村? あ、さっき言ってた」
「そう。こっから左に曲がって、ずーっと行ったらあるんだ。特に特徴のない地味な所なんだけど、知る人ぞ知る情報屋の情報交換場所なんだよ。つまり、情報屋がたくさんいる」
「その人達に僕のことをきくということか」
「正解!」
情報屋ならではの提案だった。
何故ここまで尽くしてくれるのかさっぱり分からないままメノはネルティの後を歩いていた。
「そういえばざ、メノは自分の能力も忘れちゃった?」
「能力?」
唐突に振られたネルティの質問に、メノはキョトンとする。
「あ、あれ? もしかしてそれも忘れた? えーっと、みんな生まれつき一つずつ能力っての持ってて、能力はそれぞれ起こせることが違ってて…」
「ああ、そういえばそんなようなのもあったっけ」
メノはしばらく目を泳がせると、たどたどしく言った。
「えっと…能力があるってことは覚えてる。でも自分の能力は分からない」
「忘れたってこと?」
「いや…なんか違うと思う。もともと知らなかった気がする…」
「もともと知らなかった?」
益々深まるメノの謎にネルティの目が少し輝いたように見える。
「それってまだ自分の能力が分からないってことかな? もしくは実はもともと持ってない…いやそれは有り得ないか、でも気づくには遅すぎるし…」
「そんなに重要なの?」
「あったりまえだよ!! 能力がすごいものであればあるほど収入が得やすいし生きやすい」
「生きやすい…」
「いろいろと大変なんだよ。特に独りは」
一瞬、
ネルティの顔が陰った。
と、思いきやすぐ笑顔が戻り、話を続けようとする。
「ちなみにあたしの能力は動植物と会話することだよ!」
変わらぬトーンで話す。
ネルティは肩に乗せていた茶色い生き物を腕まで移動させ、メノに突き出した。
「これ、あたしの相棒。フィル」
フィルという名前のその生き物はメノに向かって鼻をひくつかせる。
「み、みたことない…」
「チャテームって種類知らない? 鼻と耳がすごく良いんだよ! まあ、あんまりたくさんいるやつでもないけどね」
「へえ…」
メノが手のひらを出すと、フィルはなんの抵抗もなく飛び乗った。かなり人間に慣れているらしい。
「なんか言ってる?」
「うん?」
「いや、今なんか言ってるかなーっと」
「そうだね…無口な子だから特には言ってないよ」
頭を軽く撫でると、フィルは嬉しそうに目を細めた。
しばらくメノが茶色のふわふわを堪能していると、突然フィルが飛び出した。
「わ?! あ、逃げる!」
「あ! もうついたよ!」
ネルティが指差す方向には、一つの村があった。フィルもそこに向かっている。
「さ、いこう! きっとなにか分かるよ!」
ただ、二人は一つ勘違いをしていた。
あくまでも情報屋が持っている情報は商売になりそうな、有益なものである。
*****
「おう! またきたのかひよっこ情報屋!」
「だからひよっこっていうなーっ!」
ネルティの言っていた通り、セトリノ村はなんのへんてつもない地味な村だった。強いて言うなら、若干酒場が多いように見受けられる。
その酒場の一つに、ネルティはさも当然のように入っていった。
賑わう店内、その中でも一番奥のテーブルに近づくとそこにいた大柄な男はネルティに気づき声をかけたのだった。
ネルティの訴えに男はがははと笑う。
「なんだ? いい例えだと思うぞ。まだまだお前は情報集めがヘタクソだからな。」
「ううう…こ、これから上達していくんだ!!!」
本来、未成年である二人に酒場は全く縁のない、むしろ立ち入らない方が良いところであるのだが。
「まあまあ落ち着けって。どうだ? また飲むか?」
「また」というあたり察さざるをえない。
「そうだね、ひさしぶりにいただこうかし」
「いやいやネルティ?! それはまずいって!!」
それまで酒場での雰囲気に飲み込まれ萎縮していたメノもさすがに口を出す。
「ぼ、僕たちまだ未成年だよ! お酒はダメだって!」
「えーなんで? いいじゃん」
「良くないよ! それに目的は違うし!」
「あ、そうだったね」
恐らくこのまま止めなければ、ネルティは酔った勢いで目的などすっかり記憶から消し去ってしまうだろう。
「この人も情報屋なの?」
「そう! テーグさんって言って、この国一番の情報屋なんだよ!」
「そんな大げさに言うなよ照れるじゃねぇか」
ポリポリと頬をかくテーグ。だが国一番といっても過言ではない程彼の情報収集力は高かった。それは生まれつきの能力が情報屋にとても適したものであるのも助けになっている。
「で? 情報交換か? まあお前との場合はこっちが提供してるだけだかな」
「ううん。今日は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
いつもと違うことにテーグは怪訝な顔をする。
「この人、メノっていってさっき会ったばかりなんだけど、なんか知って情報とかない? メノについて」
同時に二人は期待の目を向けた。
しかしそれはすぐに
「いや知らんな」
落胆の色へと変わる。
「え?! なんで?!」
「お前なぁ…いくら俺でも国民一人一人の情報全て持ってる訳ないだろ。少しでもなんかしでかしてたら別だけどよ」
「そんなぁ…」
がっくりと肩を落とすネルティ。
「すまんな」
「いや、知らないなら仕方ないか…どーしよ」
「いたって普通の目立たない人だったのか僕は…」
「そういやネルティあれ終わったらしいぞ」
「あれ?」
「決まってるだろ“儀式”だ。故郷にでも戻って皆に注意喚起してやれ」
「あー」
ネルティ暗かった表情がさらにめんどくさそうに重くなった。
このとき、“儀式”という言葉にほんの少し、メノが反応したのは誰も気づかなかった。