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宿新しゅくしんの地は城下町らしくとても賑やかだ。変な甲冑を着た兵士やローブに大きな杖の怪しい者もいれば、俺と似たような洋服を着た人間もいる。ついでに、あの「白うさぎ」のように耳やしっぽの生えた謎の生き物もいる。まさにカオス。街のあり方もカオスで、城もあれば高層ビルもあり、昔ながらの市場もあれば、ショッピングセンターも家電量販店もあるらしい。もう訳が分からない。――まあ、空がピンク色をしている時点でこの世界がおかしいことは分かっていたのだ。いまさら何を言っても仕方がないのかもしれない。

 見上げた空はやっぱりピンク色で、今日も明るい。この世界で雨が降ることはあるのだろうか。もしかしたら真っ黒な雨が降ってくるかもしれない。それはあまり精神衛生上よろしくない光景になるだろう。その場面を想像して、俺は少し気分が悪くなった。

「ん、どうしたアリス?」

 隣を歩く桂馬はのんきな顔で串団子を歩き食いしている。口元にタレなんかつけやがって。

「……あんたは幸せそうでいいな」

「おうよ! 俺は今幸せだ。将軍様の下に仕えて、特に今はアリスと一緒にいられるしなー。楽しいよ」

 にこにことそう答えた桂馬に、俺はがっくりとうなだれた。――嫌味にまともに答えられた……。


 二人で歩いていると、壁に貼られたポスターが目に付くようになった。街のいたるところに、同じようなポスターが貼り付けられている。

「『お茶会のお知らせ』? 時間、いつでもやってます……なんだこりゃ」

 ポスターには二人の男女がティーカップを持って写っていた。一人はでかいシルクハットを目深にかぶって、ど派手なスーツ。一人は茶色いウサギの耳を頭から生やした少女。少女、と言ってもたぶん俺と同じくらいの年だろう。ふんわりとした水色のワンピースを着ていて、耳と同じ茶色い髪をしている。ふたりとも笑っているが、かなり胡散臭い。

「こりゃ帽子屋と三月ウサギのコンビだ。年がら年中お茶会やってる変人たちさ」

「へえ」

 桂馬の口調は冷めていて、あまり興味が無さそうだった。だから、その後の桂馬の言葉には驚いた。

「ここらへんに会場があるはずだから、行ってみるか?」

「行ったことあるのか?」

 意外だ。目を丸くして問うと、桂馬は苦笑した。

「俺に知らないことなんて無いのさ」



 そこは思ったよりも広かった。緑に囲まれた庭園のような場所に、大きな丸いテーブルが一つ。その周りにぐるりと椅子が用意してある。テーブルの上には、ケーキやらクッキーやらお菓子が沢山置かれていた。

「ようこそお茶会へ!」

 庭園に足を踏み入れた途端そう声をかけられて、俺は内心飛び上がった。

「楽しんで行ってね!」

 にこにこと笑って声をかけてきたのは、ポスターに写っていたウサギの耳の少女のほうだ。心底嬉しそうに俺たちを眺めた後、ぺこりと腰を折って俺たちを迎え入れる。

「私は三月ウサギよ」

「ああ、俺たちは……」

「アリスと桂馬さんでしょ? 知ってる知ってる」

 俺の言葉をさえぎってから、三月ウサギは奥のテーブルに座る帽子の男を振り返った。

「あっちに座ってるのが帽子屋さんよ」

「どうぞよろしく!」

 これまたポスターに映っていた男が楽しそうに帽子を取って叫んだ。

 適当に挨拶を交わしてから、俺たちはテーブルの席に着くことにした。ここで一杯お茶でも飲んで休憩するのも良いかもしれない。ただ、ちらりと視線を交わした桂馬はあまり楽しそうな様子ではなかった。桂馬は一度来て、あまり良い思い出が無いのだろうか。首をかしげつつも、テーブルの上のクッキーを一つつまむと、まあまあイケる味だった。

「俺たちの他に客はいないのか?」

 俺の質問に帽子屋は肩を竦めてみせる。

「お客様は久しぶりですよ。何日かぶりだったかな? 三月ウサギのお嬢さん」

「そうねえ、百三十一日ぶりくらいじゃないかしら」

 そう答えた三月ウサギは、並んで座る俺と桂馬をこれでもかとじろじろ眺め回し、うっとりしていた。……視線が痛い。

「あの……何か?」

 思わず尋ねると、三月ウサギは首を横に振った。

「いいええ、素敵な取り合わせだなあと思って」

「え?」

「アリスと桂馬さん。ちょっと華奢な少年と、がっちりした青年。二人とも外見良し。……素敵だわあ」

「……は?」

「……うふふ」

 それっきり三月ウサギは何も言わずに俺たちを見つめている。怖い。

 なんとも言えない気持ちで隣の桂馬を見ると、桂馬もいやーな顔をしていた。そして俺にそっと耳打ちする。

「こいつはこーゆー奴なんだ」

「……あ、そう」

 そんな俺たちの様子を見てさらに嬉しそうな顔をする三月ウサギ。……こわいよー。


「ところで、お二人はどうしてここへ? 何か理由があるのでは?」

 紅茶を飲みながら、帽子屋が俺たちにさらりと聞いた。驚いたことに、俺たちの目の前にはいつのまにか湯気の立つ紅茶がカップに入って用意されていた。……いつのまに。

「ああ、帽子屋は情報屋でもあるからな。色々聞こうと思ってな」

「あ、そうなの?」

 桂馬の言葉に思わず帽子屋をまじまじと見やる。このおっさんが?

「買いかぶりすぎですよ」

 帽子屋は笑いながらもう一口紅茶を口にする。

「ただ、アリスがこの世界に現れた、というニュースは最近至る所で聞きますよ。実際本物のアリスをこの目で見られて嬉しいです」

 帽子屋の言葉に、うっとりと俺たちを眺めていた三月ウサギもそうそう、と力強くうなづいた。

「アリスが白ウサギに刺されたとか、宿新の将軍様の下にいるとか、色々噂は聞いてるよー」

「……よくご存知で」

「いいなあ白ウサギ。アリスってどんな刺し心地なのかしら」

「!?」

 思わず身を竦ませた俺に、帽子屋が笑う。

「ああ、お気になさるな。三月ウサギのお嬢さんはこういう娘なので」

 寒気がしてきて、俺は自分を自分で強く抱きしめるように腕を組んだ。

「――で、俺が聞きたいのは白の女王クイーンの動向なんだが、何か知ってるか?」

「ああ、それなら……」

 桂馬の言葉に、帽子屋は訳知り顔でうなずき、俺たちに一枚の紙を見せた。

「これを見てください」


 俺の顔、がそこにはあった。写真ではなくカラーの似顔絵で、俺の顔がでかでかと描かれている。

「『アリスを見つけた者は、白の城にご一報されたし』……指名手配書みたいだな」

「捕まえる気満々ってか?」

 隣の桂馬が珍しく怒りをにじませた声を出す。

「この張り紙が昨日からこの街以外の様々な街に貼られているようです。それに、この街にも女王配下の者が出入りし始めたようですよ」

「なに!? 街は今白の者は出入り禁止にしているはずだぞ!」

「巧妙に隠れているのですよ。白の者は皆隠れることには長けている」

「……」

 どうやらあまり良い展開ではないらしい。俺は少し不安になってきた。白の城の奴らに捕まったら、俺はどうなるのだろうか。またあの真っ白な部屋に監禁されるのは勘弁して欲しい。

 俺の不安に気づいたか、桂馬が俺の肩にがしっと手を置いた。

「大丈夫だアリス。俺がついてる」

 にか、と笑った桂馬の笑みは少しだけ引きつっていた。大丈夫かおい。

「素敵……桂アリね」

 熱っぽい声で囁いたのは三月ウサギだ。……こっちはもっと大丈夫かおい。

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