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「アリス、これからよろしくな!」

 桂馬があまりに嬉しそうに笑うので、俺は思わず苦笑した。

 どうやら桂馬が俺の護衛としてこれから一緒に動いてくれるらしい。よく分からない世界を歩き回るのに、俺一人ではあまりに心許ないので、正直とても有難い。

……白の城の連中とかいう危ない集団が俺を狙っているというのもある。あのうさ耳幼女みたいなのに追われるなんて、怖すぎる。

「さて、まずは宿新しゅくしんの街を歩き回るか!」

 それにしても、桂馬の陽気さには驚かされる。今にも鼻歌を歌いそうな勢いだ。しかも、俺のことをまるで竹馬の友のように扱うから、俺としては少し困る。

何で、ほぼ初対面みたいな相手にこうも親しく接することが出来るのだろうか。昔一度会ったことのあるくらいで。これは桂馬に限ったことではなかった。金も、将軍だってそうだ。「アリス」とはこの世界で、どんな存在なのだろうか。聞きたいような、聞きたくないような。複雑な気分だ。

 桂馬と連れ立って城を出ると、行く先々で桂馬と同じような甲冑を着た男たちとすれ違う。そのほとんどが桂馬の顔見知りらしく、笑顔で挨拶を交わしていく。ついでに、みんな俺の顔を見て嬉しそうな顔をする。宿新の地、というのはとんでもなく広い城下町のようだ。ただ、街並みはなぜか俺の知る東京の「新宿」に酷似している。城の周りは高層ビルに囲まれ、東洋風な城とのミスマッチが凄まじい。ちょうど、新宿の「都庁」がある辺りがすべて怪しい城に変わってしまったような、そんな感じだ。

 ――ほんとなんなんだろうな、この世界は。


 ぼんやりと考えていると、急に周りが騒がしくなった。前方で人が群れている。

「……なんだ?」

 目を凝らすと、先のほうで二人の男が槍を構えて向かい合っていた。

「ああ、ありゃかく飛車ひしゃだな。あいつらまたやってんのか」

 隣の桂馬が落ち着き払って呟いた。どうやら知り合いらしい。

「角と飛車?」

「ああ、あいつらの名前さ。俺たちの同僚」

 ――まるで将棋の駒みたいな名前だな……。

 そう思って桂馬を見て、はっとした。

 そうだ、みんな将棋の駒の名前じゃないか。桂馬も、金も銀も。玉将も。


「どうしたんだ、アリス?」

「……いや、なんでもない」

 変な世界だ。まるで俺が頭の中で作り出した妄想の世界みたいな……。俺は得体の知れない気味の悪さを振り払うように頭を横に振った。

「あいつら、いっつもどっちが強いか喧嘩してんだ。でも、どっちもどっちだから決着がつかねえの」

 俺の内心など知らない桂馬が楽しそうに言う。

「……ふうん」

 見ていると、一方の男が直線的に相手に向かって槍を繰り出し、もう一方は斜めに槍を突いてそれを受け流す、というのを繰り返していた。


「おい角! いい加減にしやがれ!」

「うるせえ! お互い様だ飛車!」

 お互いに罵倒し合いながらの戦いは、このままじゃあ一生終わりそうに無い。不毛だ。


「おーい、飛車、角! お前らまたやってんのかーっ」

 永遠に同じ動きを繰り返しそうな二人に対して、桂馬が声をかけた。その声に、二人そろって顔をこちらに向ける。

「おお、桂馬じゃないか。なにやってんだこんなとこで」

「……って、そこにいるのはアリスじゃねえか?」

 やっぱり、この二人も俺を知っているのか。内心ため息をつきつつも、もう驚きはしない。

「えっと」

 俺が何か答える前に、二人はあっという間に俺たちの前で騒ぎ始めた。

「久しぶりだなーアリス!」

「なあなあ見てたか今の戦い! やっぱり俺の方が強いよな?」

「馬鹿言うな、お前はまっすぐにしか槍を振るえないくせに!」

「言ったな! お前だって斜めだけだろっ」

 ……なかなかうるさい。

 どちらも桂馬と同じ甲冑を着て、そして桂馬と同じくらいの年の若者だった。凄く騒がしくて、なんだかうるさいクラスメイトを思い起こさせる。とは言っても、具体的な顔や名前は思い出せない。記憶喪失は健在だ。

「うるせえぞお前ら。俺は今アリスの護衛をやってんだ。お前らと無駄話してるほど暇じゃねえのさ」

 桂馬がふん、と胸を張った。

「じゃあ声かけてくんなよ」

「まったくだ」

 笑いながら言う二人は、別に怒ってはいないらしい。なんだか、男同士の友情っぽい。

 ――うらやましい、な。

 ぽつり、とそんなことを考えている自分に驚いた。俺の友達は、今どうしてるのだろう。たぶん、俺にだっているはずの、友達。俺が居るべき世界にいる、友達。でも、今の俺には名前すら思い出せない。なにしろ、自分の名前させ思い出せないのだから。

 俺は人知れず小さなため息をこぼしたのだった。


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