プロローグ
初めての連載です。至らないことも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします。また、ファンタジーのジャンルに入れましたが、剣と魔法と冒険!みたいな物語ではありません。
気がついたら、そこに立っていた。
上を見上げれば、低い空に高いファッションビルとでっかい液晶掲示板。辺りを見渡せば、スクランブル交差点のど真ん中に俺はいた。ここはどう考えても渋谷だ。……ただ、空が不気味なピンク色であることを除けば。
「……は?」
俺はしばらく呆然とそこに突っ立っていた。スクランブル交差点のど真ん中。しかも信号は赤だ。普通だったらひき殺されているところだが、どっこい、車が一台も通っていない。それどころか、人っ子一人見当たらない。
――たぶんこれは夢だ。色々とありえない。
あまりにありきたりな方法だが、俺は確認のために自分の手の甲をつねった。地味に痛い。うん、夢の中でも痛いもんなんだな。
俺は頭を振って歩き出した。なんとなく、スクランブル交差点のど真ん中にいるというのは落ち着かない。夢の中とはいえ、万が一ひき殺されたりしたら嫌だ。二十秒くらいで横断歩道を渡りきると、俺は改めて周囲を見渡した。相変わらず誰もいないし、空はどぎついピンク色だ。こんな夢を見るなんて、俺の精神状態はヤバイのではないだろうか。
「……俺よ、そろそろ起きろ」
呟いてみても、現状は変わらなかった。
訳も無く歩き回ってみると、だんだん疲れてきた。足が重くなる。夢の癖に、俺の運動不足を容赦なく突きつけてくる。次の体育の授業はもう少し真面目に受けるべきか。長袖Tシャツが汗で不快に張り付いた。
「あーもうなんなんだよ」
夢の癖に街の様子はとてもリアルだ。いつもは溢れている人がいないだけで、街にはあるべきものがきちんとあった。109に、ヒカリエに、ハチ公……。ふと駅を見ると、看板がおかしかった。
「『谷渋』?」
文字の並びが逆だ。それとも右から読むのだろうか。
「気持ち悪い夢だなほんと」
俺は精神的病を抱えているかもしれない。起きたら病院に行こうか。腕を組んで唸っていると、誰かが俺の服の裾を引いた。
「んん?」
振り返ると、そこには小さい女の子がいた。七歳くらいだろうか。驚くほど可愛い。金色のボブヘアに、薄い水色の瞳。外人の子供だろうか。
「迷子か……?」
呟いてすぐに無意味だったと気がついた。これは俺の夢なのだ。彼女はにこにこと天使の微笑みを浮かべている。おかしなことに、女の子には白くて長いふさふさの耳が生えていた。
「うさ耳幼女……」
世のロリコン共が喜びそうな状況である。しかし断じて俺はロリコンではない。断じて。しっぽがあるか確認したいなどとは思っていない。うん。
「見つけた。アリス!」
鈴の音のような声で呼ばれた名前に、俺は一旦考えをストップした。
「は? 違う。アリスって誰だよ」
「アリス。探したよ」
心底嬉しそうな少女には悪いが、俺はアリスなんて女みたいな名前ではない。人違いか。
「おいおい。悪いけど、俺はアリスじゃない。俺の名前は――」
そこで、俺は固まった。
――俺の、名前、は。……なんだ?
思い出せない。おかしい。俺の名前は、なんだ? いや、俺は、俺は……。
固まっているのを良いことに、少女は俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張り出した。その
驚くような力に、思わず身体がよろける。彼女はその可愛らしい顔に似合わず、にんまりと笑った。瞬間、嫌な予感に鳥肌が立つ。
「アリス。わたしたちのアリス」
そのとき、ひやり、と腹のあたりに何か冷たいものに触れたような感覚があった。
「……?」
視線を自分の身体に下ろせば、俺の腹からナイフが生えていた。
――あ、俺死んじゃう感じ?
その瞬間腹が燃えるような痛みに襲われる。
「――……あああああっ!」
悲鳴を上げてその場にへたり込む。そんな俺を、天使のような悪魔はにこにこと見つめていた。
なんだこれは。夢なんじゃないのか。仰向けに倒れながら、ひどい痛みに俺はめまいがした。徐々に薄れ行く意識の中、目に映った空は、眩しいくらいのピンク色だった。