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彼が足をとめたのは、一軒の家の前だった。表札は、外されていてない。人が住んでいる気配もない。
もしかして、と彼を振り仰ぐと、
「……こどもが二人ともいなくなるようなことがありゃ、縁起が悪いとかで、留まっていたくはないよな」
消え入りそうな声が返ってきた。
「まっ、本当の息子は遠い昔にいなくなってたんだけどな」
一転して、から元気な声。
「親も、由真も、中身の違う斗真に戸惑ってたぜ? あの頃は、見てくれはそっくりだったからなぁ。そりゃもうびっくりしただろ、優等生で妹思いな兄貴が、ゲスい兄貴に豹変したんだ」
あたしは、頷きそうになるのを必死でこらえた。逃げたくもなった。でも、話が続きそうだったし、それに……少し心配な気もして、黙ってうつむいていた。
「別に、弁解しようってんじゃないけど。俺もなあ、きつかったんだ。いちいち挙げたくもないけどさ」
ーーだからって、由真ちゃんを傷つけていいわけはない。
「妹思いな兄貴の妹は、めちゃめちゃ兄思いだった」
ーーそこにつけこんで、なんてひどいことをしたの!
あたしが怒りで震えそうになったのを知ってか、知らないでか、陽の斗真はこう続けた。
「かわいかったんだ。もっと、大事にしてやればよかった」