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甘えたな自分に嫌気がさしはじめた頃、あたしを抱きしめていた力がゆるんだ。見上げると、斗真がひどくバツの悪そうな顔で、横を向いていた。
「もう一人に用なら、帰れ。戻ってきたらお前に連絡するようメモでも残しておいてやる」
頭が痛むのか、額に片手をあてて。
「……ま、なんもなくても連絡するか。はは」
彼は、あたしを残してアパートの階段のほうへ、ふらふらと歩いていった。追いすがり、どこへ行くのか訊いてもしらばっくれるばかり。でも、放っておけとは言われなかったので、しつこくついていく。
通りに出て、しばらくすると、斗真の足取りがしっかりしてきた。でも、歩く速度はいつものものではなく、あたしがじゅうぶん、ゆったりと隣りを歩ける程度。
問いただしても答えがかえってこないので、あたしはいつしか無言になっていた。時々斗真を見上げるけれど、まっすぐ前を向いているだけで、あたしには目もくれない。