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目を閉じて、斗真の肩というより上腕に頭を預けていると、ふと足の裏に揺れを感じた。歩いている人たちは気にもとめないような弱い地震だ。ここは火山の近い町なのでちょっとやそっとの地震は慣れっこだ。
「揺れたねー。震度一ぐらいかな」
けれど斗真は表情を固くし、膝に握りこぶしをあてて口の端を歪めた。その手にあたしが触れると、弾かれたようにこちらを見る。唇を引き結び、空を仰ぐ。
「向こうでは、地面が揺れるのは――」
何か言いよどんで、斗真は首を振った。
「ここは、違うもんな」
自己完結してこぶしを解く。そして、あたしの手をつかんで立ち上がった。
「せっかくだから色々見てまわりたい。長く住めるなら、住みたいし」
「おじさんのところは、いつまで居れそうなの?」
「そう長くも居座れないだろ。アパートでも借りれればいいんだが、どうかな」
「あっ、保証人がいるんだっけ?」
「こっちでも似たような感じなのか。そうしたら、住民票もいるよな……」
斗真はぶつぶつ呟いている。
住民票といえば、中等部に入学するときの手続きで、母親と一緒に役場にもらいにいった気がする。恥ずかしながら、それがどういうものかいまだによく知らないのだけれど、やっぱり重要なものなんだろうか。
「戸籍なんかもこっちの世界には存在しないはずだよな。まぁ、何もなしでも貸してくれるところはあるだろうから、片っ端からあたってみるか」
あたしでは力になれないようだと肩を落としていると、
「一花は心配性だな? ……心配かけてごめんな」
斗真が申し訳なさそうに眉を下げた。
「俺、午後から仕事だしさ。時間あるうちに、な」
ずっと一緒にいられるとばかり思っていたあたしは、露骨にがっかりしてしまった。
でも、当面は斗真の寝場所があるということで安心感はあった。彼の言った通り、こっちの世界では向こうの世界の人間を区別できないみたいだ。
遊歩道をゆきながら、時々立ち止まったり、草の上に座ったりしながら、あたしたちは言葉に詰まりながらだけれど、たくさんのことを話した。お互いの顔も少しずつ、見つめ合えるようになった。
斗真は一見ぶあいそうなのに、喋っているとすごく優しい顔をする。あたしにだけだといいな、とひそかに考えては、耳が熱くなった。
お弁当を食べたら今日はお別れと思うと寂しかった。でも、明日もお昼までは一緒にいれるみたいだし、明後日からは日中に働くそうなので放課後には会える。
斗真も玉子焼きを褒めてくれた。自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるのって、嬉しい。
胸の中にある不安の火はくすぶり続けていたけれど、いずれ綺麗に消え去ってくれるものと、この時のあたしはまだ思っていた。