87/132
60
インターホンを鳴らしてみても、返答がない。電話してみようか、鍵はかかっているかな、と考えつつドアノブに手をかけると、銀色のそれはあたしの手の中でスルリと回った。迫ってくるドアをすんでのところでかわす。
「斗真……!」
衝動に駆られて、出てきた彼に抱きついた。シャツの向こうで心臓が跳ねたのがわかった。
「な……っ、いたのかよ」
口調が、陽の斗真だった。でも、慌てるのは神経を逆なでしそうに思えて、ひと呼吸置いてからそっと離れる。
「あの。怪我は、大丈夫」
「まあ、よくも悪くも」
「仕事?」
「いや」
斗真は、とくにあてもないという様子で、立ち去るでもなく部屋に引き返すでもなく、あたしと向き合っていた。