76/132
49
陽の世界に降り立ったらしい、ところまでは覚えている。幸い、誰にも会わなかったはずだ。高級そうなマンションのエントランスで、少し面食らっていたあたしの意識は、そこでぷっつりと途絶えていた。
気がついたのは、どこかの部屋。あたしはベッドに寝かされていて、脇のテーブルには白地に花柄のティーセットが置いてあった。ポットの華奢な口からは細く湯気がたちのぼつていて、かすかにさわやかな匂いがした。おそらく、ミントティーなんだと思う。
からだを起こして、あたりをうかがう。誰かが近くにいる気配はないけれど、物音を立てるのは憚られた。陽の人たちは、陰の人間を疎んじているはずだから。今のところ無事でも、次はどうなるかわからない。
何も起きないまま時間が過ぎていく。ポットもすっかり冷めたようで、部屋の空気もやけにしんとしている。
逃げ出したほうがいいのかな、と思いはじめた頃、ほど遠くで、ドアの開閉音が聞こえた。