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笠置玲と名乗った彼女は、
「ヒロの彼氏だよ」
と笑った。あたしをからかうふうでもない、ちょっとはにかんだ、困ったような笑みだった。
……彼氏?
どう見ても女の人、だよね……?
たっぷり時間をかけて、あたしは玲さんを見つめた。まじまじ見るのも失礼だとあとで思ったけれど、ほかに、どんな態度をとればよかったのかわからなかったのだ。
「……ほら、困ってるじゃないか」
額に手をあて、宏志さんが深いため息をつく。
「なんでくんだよ」
「おまえが電話に出ないからだろ」
「さっきまで仕事してたんだから」
「仕事を口実にするな」
口喧嘩がはじまってしまった。宏志さんは抑え気味に喋っているけれど、玲さんは見た目のわりに口が悪く(男言葉だからそう聞こえるのかな)、感情的で、すぐにあたしの存在など忘れてしまったかのよう。
言い争いが激しくなっていって、オロオロしているあたしの前で、ついに玲さんの手が出た。平手ではなく握りこぶし。それは、宏志さんの顔にあたることなく難なく受け止められた。
「……。むかつくな」
そう言ったのは玲さん。一気に落ち着いて、降ろした腕をぶらぶらさせながら、あたしを見た。その目が一瞬、いや目だけでなく顔全体、そして全身の輪郭が、ゆらりとぶれたように感じた。