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ふたつの世界  作者: あくた咲希
陰と陽
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「おかえり、一花?」

 背中に母親の声が降ってくる。慌てて手首で涙を拭う。

 ただいま、と答える声は掠れてしまった。

 風邪ひきを装い、洗面所に直行する。うがいをして、顔を洗って……夕飯の前にお風呂が習慣の家なので、そのまま制服を脱いだ。

 立ち上る湯気が目に沁みる。

 斗真、どうしてるだろう。中身は少ないけど、お財布を預ければよかった。向こうの世界の硬貨はこっちのと似ていたけれど、使える保証なんてない。

 お湯に浸かっている自分が、ものすごく薄情で情けなかった。

 いつもは平気で一時間とか入っちゃうのだけど早々あにがる。

 部屋着に着替えて台所をのぞくと、父親が新聞を広げて黙々と口を動かしていた。ちらっとあたしを見て、顎を少し動かしただけで、おかえりは言わない。

 あたしは、お疲れ様、とだけ言って向かいの席につく。

「月曜から中間考査ね」

 母親も座りながら、おもむろに会話をはじめようとする。わが家でおしゃべりなのはこの人だけだ。

「閉館までいるなんて、よっぽど熱心に勉強してたのね。どう、高等部はやっぱりレベルが高い?」

 高等部は特進クラスがあるので、内部進学の子より、編入してくる子のほうが秀才肌が多いのは確かだった。あたしも特進ではあるけれど、四月のテストで多少の挫折は味わってる。

 今、日常を思い出したくなかった。何も逃避しようってわけじゃない。

 大事なのは、斗真のこと。彼が無事に夜を越せるかどうか、私もこれからどうするつもりなのか……。

 明日の土曜日と、日曜日はできるだけ一緒にいて、きちんと考えたい。

「ほら、いただきますでしょ?」

 黙り込むあたしを見て、母親が合掌して首を傾げた。過保護気味だけど、過干渉じゃない人だから、試験の話を引きずる気はないらしい。ありがたくて、肩から力が抜ける。

 けれど、徹底した粗食メニューをみおろして、あたしは表情をなくした。

 うちは昔から、嗜好品とかおしゃれとか、そういったものを許容してくれる家庭じゃなかった。明日、着ていく服のことを考えて気が重くなる。デートするようなかわいい服、持ってない。制服がいちばんかわいいかもしれない。

 さらに食欲はなくなって、いただきますは言ったものの、発芽玄米ごはんを一口、二口食べたところで席を立った。

 深追いはしない親に半分感謝しつつ、歯磨きをして二階に上がる。

 ベッドで薄い布団を引きかぶって、強引に目をつぶった。午前の授業と、放課後の試験対策と異世界のこととで、思っていたより頭も体も疲れている。

 ぼんやり、てのひらに斗真の温もりを思い出していると、いつのまにか眠りに落ちていた。

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