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斗真が由真ちゃんを抱き起こそうとしたとき、ピロピロと軽快なメロディが鳴った。バイブの振動音も聞こえる。由真ちゃんの制服のポケットが震えている。
「携帯?」
あたしは手を伸ばしかけて、はっとして止まった。由真ちゃんの携帯電話なら、当然かけてくるのは向こうの世界の人だ。
異世界から電波が届くものなのかと、斗真も訝しんだらしい。
あたしたちは静かに息を呑んで、メロディがやむのを待った。そして、着信が途切れる前に、由真ちゃんが目を覚ました。
「――くん?」
彼女が携帯に耳をあてた。相手の名を呼んだらしいけど、とっさのことで聞き取れない。
「ん。ごめん、ちょっと図書館みつけて、寄ってて。すぐいく」
会話が終わると、由真ちゃんは携帯を握りしめてあたしを見上げた。
斗真は片膝をついて、起き上がった彼女の肩を支えながら――心なしか首を傾げていない?
「ごめんね。由真、貧血持ちだから。助けてくれたの?」
それを聞いて、今度こそ斗真が首を傾げた。
あたしにも由真ちゃんの雰囲気が違って見えて、呆けたように口をあけてしまう。お嬢様ふうで、自分のことを名前で呼ぶのも同じなのに、別人のよう。
由真ちゃんはワンピースの裾を整えながら立ち上がると、ぺこりと頭を下げてトイレを出ていった。
残されたあたしたちは、どういうこと、と顔を見合わせる。
「由真ちゃん、行っちゃったよ? 誰から電話だったのかな」
「男友達がいるという話は聞いたことがないんだが」
「ここ以外に、向こうに帰れる場所があるのかな」
「あるかもしれないが……、わざわざ探しにいかないだろ」
斗真は頭をかき、あたしのすぐそばに立った。彼は背が高くて、あまり近くにいると、あたしからはよく顔が見えない。
「こういうことか」
ぼそりと言うのが聞こえた。かすかな舌打ちも。
追求していいのか迷いながら、あたしは斗真の袖を引っ張り、訊いてみる。
「なんのこと?」
「……神隠しの正体はこれか、って」
背筋がぞっとする。
神隠し。人が突然いなくなるという現象のことだ。天狗のしわざや、心因性ヒステリーによるものなどと様々に聞く。
斗真の世界では、神隠しがそれこそ頻繁にあって、深刻な問題になっているそうだ。
あたしがはじめに訪れた廃墟の町は、ふたつの世界を行き来できてしまう場所が――空間の癒着が多く発生していたために、まるごと潰されたらしい。そんな憂き目に遭ったのはその町だけじゃない。神隠しと町の壊滅とで、人口は減少する一方だ。