表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつの世界  作者: あくた咲希
陰と陽
25/132

25

 いくらか血の気を取り戻した顔で、彼女はベッド脇に両足を揃えておろした。

「陰と陽が出会うと、こうなるみたい。今は、陽……のほうが強いみたいだけど……、いずれ逆転するかもしれないし、別のものになるかもしれない。でも由真は、消えちゃうんじゃないかと思ってる」

「そ……そんなこと」

「ほら、見て」

 差し出されたてのひらは、透けて向こう側が見えた。慌てて触れると、一瞬だけ肉感を取り戻すが、すぐにやわらかいだけの物体になる。

「由真ちゃん」

 あたしは躊躇なく彼女を抱きしめた。

「やだ、由真ちゃん。消えるなんて嘘だよ」

 服の下の、弾力のない肉の塊が恐ろしかった。

 もう、肉ですらないのかもしれない。海綿スポンジみたいな感触になってくる。

「ふふ、うれしーい……一花ちゃんがぎゅってしてくれる」

 無邪気に喜ぶ声が耳元でする。

 その声すらも透明度が増していて、満足に鼓膜を震わせられない。

「斗真くん……が、消えるのはかまわない……。一花ちゃんの大切な人が……消えちゃうの……だめだよ、ね……」

「由真ちゃん」

 あたしはたまらなくなって泣いた。

 自分が消えてしまおうかというときに、人の心配をするなんて切なすぎるじゃない!

「あ……?」

 由真ちゃんが身じろぎした。自由にしてあげると、シーツの上に落ちていた例の本をひどく重そうに持ち上げる。

「読みたいの?」

 あたしは、彼女がページを繰るのを手伝った。本を読みたいなら、きちんとしたのを持ってくるのに。

 由真ちゃんは淡く光る目で熱心に文字を追っている。数ページしかないペーパーバックはあっというまに裏表紙だ。

『……均衡が乱れることあれば、陰は陽に侵食される。逆もまたしかり。均衡が崩れるとき、陰と陽を身一つに抱える者を遣わす……』

 もはや彼女の声は、脳そのものに響いてきているようだった。

『ふたつの世界の文字を重ねて、組み合わせて書いてあるわ。上下、左右、法則はあるのかしら? こんな……、陽と陰の人間が合わさった状態にならないと、読めないようになってるのね』

 今にも消え入りそうなのに、由真ちゃんは誇らしげに微笑んだ。

 そして、あたしの腕の中で、

 空気に溶けるようにして、消えた――


 仮眠室から戻ってきたのがあたしだけだったので、陽の斗真は目を釣り上げて汚い言葉を吐き捨てた。それなりに妹を大事にしているのかと思ったら、そうでもなかったようだ。今更の感もあるけれど、幻滅して目の前が暗くなる。

 とりあえず、彼を斗真に会わせないようにしなきゃいけない。なかなか姿を見せないから、たぶん彼は陽の世界へ行っているのだと思う。そして、もういない妹の由真ちゃんを探している。

「行きましょう」

 あたしは、苛々を隠さない陽の斗真を女子トイレに誘った。右奥の個室のドアに、使用禁止のテープが貼り直された形跡がある。

「待っていても埒があかないわ。ここから、向こうへ行けるはずよ」

 運悪く斗真と鉢合わせしませんように。祈りながらドアをあける。

 あたしは陽の斗真の服の袖をつかみ、もやもやと淀む空間に身を投じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ