25
いくらか血の気を取り戻した顔で、彼女はベッド脇に両足を揃えておろした。
「陰と陽が出会うと、こうなるみたい。今は、陽……のほうが強いみたいだけど……、いずれ逆転するかもしれないし、別のものになるかもしれない。でも由真は、消えちゃうんじゃないかと思ってる」
「そ……そんなこと」
「ほら、見て」
差し出されたてのひらは、透けて向こう側が見えた。慌てて触れると、一瞬だけ肉感を取り戻すが、すぐにやわらかいだけの物体になる。
「由真ちゃん」
あたしは躊躇なく彼女を抱きしめた。
「やだ、由真ちゃん。消えるなんて嘘だよ」
服の下の、弾力のない肉の塊が恐ろしかった。
もう、肉ですらないのかもしれない。海綿スポンジみたいな感触になってくる。
「ふふ、うれしーい……一花ちゃんがぎゅってしてくれる」
無邪気に喜ぶ声が耳元でする。
その声すらも透明度が増していて、満足に鼓膜を震わせられない。
「斗真くん……が、消えるのはかまわない……。一花ちゃんの大切な人が……消えちゃうの……だめだよ、ね……」
「由真ちゃん」
あたしはたまらなくなって泣いた。
自分が消えてしまおうかというときに、人の心配をするなんて切なすぎるじゃない!
「あ……?」
由真ちゃんが身じろぎした。自由にしてあげると、シーツの上に落ちていた例の本をひどく重そうに持ち上げる。
「読みたいの?」
あたしは、彼女がページを繰るのを手伝った。本を読みたいなら、きちんとしたのを持ってくるのに。
由真ちゃんは淡く光る目で熱心に文字を追っている。数ページしかないペーパーバックはあっというまに裏表紙だ。
『……均衡が乱れることあれば、陰は陽に侵食される。逆もまたしかり。均衡が崩れるとき、陰と陽を身一つに抱える者を遣わす……』
もはや彼女の声は、脳そのものに響いてきているようだった。
『ふたつの世界の文字を重ねて、組み合わせて書いてあるわ。上下、左右、法則はあるのかしら? こんな……、陽と陰の人間が合わさった状態にならないと、読めないようになってるのね』
今にも消え入りそうなのに、由真ちゃんは誇らしげに微笑んだ。
そして、あたしの腕の中で、
空気に溶けるようにして、消えた――
仮眠室から戻ってきたのがあたしだけだったので、陽の斗真は目を釣り上げて汚い言葉を吐き捨てた。それなりに妹を大事にしているのかと思ったら、そうでもなかったようだ。今更の感もあるけれど、幻滅して目の前が暗くなる。
とりあえず、彼を斗真に会わせないようにしなきゃいけない。なかなか姿を見せないから、たぶん彼は陽の世界へ行っているのだと思う。そして、もういない妹の由真ちゃんを探している。
「行きましょう」
あたしは、苛々を隠さない陽の斗真を女子トイレに誘った。右奥の個室のドアに、使用禁止のテープが貼り直された形跡がある。
「待っていても埒があかないわ。ここから、向こうへ行けるはずよ」
運悪く斗真と鉢合わせしませんように。祈りながらドアをあける。
あたしは陽の斗真の服の袖をつかみ、もやもやと淀む空間に身を投じた。