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陽の斗真の運転はさらに荒々しく、曲がり角の家のコンクリ壁を削ったり、すんでのところで自転車と接触しそうになったりした。図書館の駐車場でもずいぶんわがままな停め方をするし、あたしが吐き気をもよおすのだから由真ちゃんも相当消耗しているようだった。足の先に力が入っていないのが見てとれる。けれど、もうこの兄に彼女を任せるなんて考えはもはや浮かばず、あたしがおんぶすることにする。
あたしは、斗真がまた電話をくれることをひたすら願っていた。きてはだめだと伝えなければいけないのに、一向にマナーモードにした携帯は震えない。
庭にも、館内にも斗真の姿はなかった。向こうの世界に通じる場所は女子トイレの中だから、ひとりでは入りづらいと思うけれど……実直という言葉のよく似合う彼のことだ、妹の由真ちゃんを探しにいった可能性はじゅうぶんにある。
ソファにふんぞり返っている陽の斗真に注意しながら、あたしは由真ちゃんが休める場所を探した。
馴染みの司書さんは休憩中なのか、奥で仕事中なのか見当たらない。貸し出しカウンターに座っていた人がオロオロするあたしを見かねて、職員専用の仮眠室を使うよう言ってくれた。
「救急車を呼びましょうか?」
「いぇ。ただの貧血なので、少し休めばよくなりますから」
全然ただの貧血なんかじゃないのに、由真ちゃんは強がった。病院に行けば、隠したいこともすべてバレてしまうのが恐ろしいのかもしれない。
簡易ベッドに体を横たえた由真ちゃんの手を握っていると、すぐに寝息が聞こえはじめた。長いまつげに涙がにじんでいる。今までどれだけの辱めを受けてきたのか……、迂闊な想像をするのはやめよう。
スカートのポケットに入れた携帯が細かな震動を伝えてきた。メール着信だ。無題で、逃げんなよ、とだけある。
陽の斗真と、陰の斗真を会わせてはいけない――由真ちゃんはあたしの耳元でしきりに繰り返していた。朦朧とした意識下で呟いているのだから、そのわけを訊くことはできなかった。寝顔を見つめていると気持ちは逸る。けれど、せっかくの安らかな眠りを邪魔するわけにはいかない。
ふと、仮眠室の引き戸の向こうから声が聞こえてきた。あたしを呼んでいるようだ。
声の主が司書さんだと気づいて、そっと由真ちゃんの手を離し、戸をあける。
「ごめんなさいね。お友達、どう?」
「寝ています。もう少しだけ、お借りしていてもいいですか」
「いいわよー、めったに使わないんだから。それでね……」
司書さんが持っていたのは昨日のペーパーバックだった。
あたしは由真ちゃんを振り返り、足音を立てないように廊下へ出た。
戸を閉め、改めて司書さんと対面する。
彼女は申し訳なさそうに肩を落とし、古ぼけた冊子をあたしに渡した。