22
この由真ちゃんが、向こうの世界で生きてゆく様を想像しづらかった。
短時間しか滞在していないけれど、あそこは、こことは似て非なる世界だ。平和そうな町の隣りには荒廃した町がある。しかもその荒廃は人為的なもの。両世界をつなぐ扉を潰すためにまるごと壊滅させられたあの町にも、かつては人が住んでいた。
「由真の生まれた世界……だから。帰らなきゃね」
由真ちゃんの消え入りそうな声は、あたしの涙腺を刺激した。
彼女はきっと帰りたいなんて思っていない。
直感が確信に変わる頃、あたしの携帯が鳴った。公衆電話からの着信だ。普段なら取らない電話に迷うことなく出る。
「もしもし――斗真?」
仕事を早く切り上げたとの連絡だった。時刻を見れば正午近い。
『まだなら一緒に昼、食べないか?』
「――おぅ、おまえが斗真か」
ほんの少し油断した隙をつかれ、陽の斗真に携帯を取り上げられてしまう。
「向こうに通じる道を知っているよな? そっちに出向いてやるからさあ、おまえの妹、連れてきとけよ。言ってる意味わかるだろ? じゃあな」
彼は勝手に電話を切り、閉じないままあたしに投げて返した。二十秒に満たない通話時間が表示されている。公衆電話が相手では、こちらからかけ直すこともままならない。
「図書館で落ち合うぜ」
さっさと車を停めたほうに行ってしまう彼のうしろ姿を見送りながら、あたしは唇を噛んだ。泣くもんか、と心に決めて両頬を叩く。
「行こ、か……」
ふいに由真ちゃんがよろめいた。砂に膝をつき、片手で額を押さえる。
顔色がものすごく悪い。触れた肌は蒸気が立ちのぼりそうなほどに熱く、潤んだ目は虚ろだ。
「無理しないで。えぇと、――お兄さん呼び戻してくるから」
最初からおぶっていけばいいのに、と腹立ちで胃がむかむかした。学校まで車で送り迎えしようというわりに、ずいぶん薄情だと思う。
駆け出そうとしたあたしの腕を、由真ちゃんが両手でつかまえた。
「いい。ちゃんと自分で歩くから」
「そんな。とても大丈夫そうじゃない、よ……?」
あたしに支えられて立ち上がる彼女のブラウスのボタンが、いくつか妙な具合になっているのを発見する。糸がほつれて、まるで力任せに引っ張ったようなあと――
「っ、見ないで」
由真ちゃんが嫌悪を面にのぼらせて胸元をかばった。
のぞいた素肌に細かい砂の粒がこびりついている。薄い、花びらに似たアザのようなものもある。
だから、わかってしまった。鈍いあたしでも、それぐらいのことはわかってしまうんだ。
「逃げよう」
彼女の両手を握り、あたしは声を潜めた。
「向こうの世界に帰りたいんなら、お兄さんだけ帰ればいい。一緒に行くことない」
すると、あたしをじっと見つめていた由真ちゃんが今にも泣きだしそうな顔で首を振った。
「斗真くんを一花ちゃんの彼に会わせちゃだめ。みんな知らないの、本当の神隠しがなんなのか」