21
あたしはカバンを強く抱きしめ、こわごわと運転席を見る。片手でハンドルを操る彼は、実に不機嫌そうに唇を曲げている。
幸運にもモーテル群を通り過ぎ、季節外れの海水浴場に降ろされた。漂着した海藻やゴミがうず高く積まれ、佃煮みたいな匂いを漂わせている。
お兄さんはテトラポットの突堤をのぼり、向こう側に姿を消した。カバンを持ったままだとバランスが取りにくくて、のろのろとクライミングをするあたしに、手を差し伸ばしてくれたのは由真ちゃんだった。
「ごめんね、ごめんね……!」
彼女は仕切りに何事かを謝っている。熱に浮かされているのか、昼の太陽に照らされたその顔はぼんやりとしていて表情がはっきりとしていなくて、一瞬、輪郭がぶれて見えた。握り合った手にビリビリと電気が走る。
突堤を降りると、お兄さんが腕組みをして足元の砂を蹴っていた。あたしたちを一瞥すると、鼻を鳴らして顎をしゃくり上げる。
「陰と陽で仲良しごっこをしてんじゃねぇよ」
あたしを、妹の由真ちゃんをも侮蔑する目だった。
陰と陽――ほんの数日前に聞いた言葉。
「道を見つけてくれたことには礼を言うぜ。これで俺も向こうへ帰れる」
「向こうって……」
「陽の世界だよ。おまえ、行ったんだろ?」
あたしは隣りの由真ちゃんを見た。彼女は力なく微笑んで、困ったように眉毛を下げる。
「由真たちはもともと陽の世界の人間なの。陰と陽はね、裏表みたいなもので対になっていて……均衡を取り合って存在してるんだ」
突然そんなことを説明されても、すぐには頭が追いつかない。
斗真から聞いた話で、陽の人たちはあたしたち、陰の人間を嫌っているらしいことは知っている。そして、住人が陰の世界に迷い込むことを神隠しと呼んでいる。
「陰のモンたちの脳天気具合には、腹立つの通り越して笑っちまう。全員ぶっ殺してやりてぇぐらいだ。十年いても慣れやしねぇ、こんなところでいつまでも暮らしてなんかいられねーんだよ」
物騒なことを言う彼の目は、向こうの世界で会ったおじさんの目とまったく同じだった。異質な者を忌み嫌い、拒む目だ。鋭く暗い光が宿っていて、背筋がぞっとする。この眼光は、陽の世界の人たち特有のものなんだろうか。
対になる存在――つまり、斗真は元々はこっちの世界の人間ということ? 十年前に、ふたりが入れ替わりでもした?
「由真ちゃんも向こうの人なの?」
だったら、陽の世界に戻っていってしまう。せっかくできた親友なのに……。
由真ちゃんは眉間に皺を寄せつつ、眉尻を下げて笑った。
彼女の目には、あたしを気遣うやさしい光しかない。そうであってほしいと願うあまりに、そう見えるだけかもしれないけれど。