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ほんの数時間前のことだ。用がすんで顔を上げて、トイレが急にボロくなっていたのに驚いた。何しろ空が見えるのだ。混乱しつつも後始末をして、個室から出たときには思わず悲鳴がもれた。
突然、何もかも景色が変わっていたから。
荒れ果てた図書館はそら恐ろしくて、泣きそうになりながら外へ出た。その外もまた廃墟と、ガタガタのアスファルトばかりで生きた心地がしない。知らないうちに戦争が起こり、ものすごい威力の爆弾が町を焼いたのだと思った。
隆起した道をさまよいながら、いつのまにか泣いていたあたしを見つけたのが斗真で、壊れていない隣りの町へ連れていってくれた。そこには学校もあり病院もあり商店街もあり、一見なんの変哲もない町で、斗真の家もあった。由真ちゃんはピアノのお稽古に行くところだったけれど、あたしたちについてきた。
『どこの者だ』
通りすがりのおじさんに問われたあたしを、斗真がさりげなく背にかばってくれた。あたしはおじさんの鋭い目と、眉間の深い皺に薄ら寒いものを感じて縮こまった。
(ここは、あたしのいた世界じゃない)
気づきはじめていたことを、その瞬間、確信した。
そして、あたしは一刻も早く退散しなきゃいけないのだと悟った。それは斗真もわかってくれていて、むしろ彼は出会ったそのときから知っていたのだと思う。
おじさんをやりすごしたあと、あたしの証言をもとに、図書館に急ぎたどりついた。
もやもやとした個室を前におじけづいたあたしを斗真が励ましてくれた。一緒に淀みに飛び込んでくれて、今ここにいるというわけだ。
「斗真は、こっちにいたらいけないのかもしれない」
あたしは向こうの世界で身の危険を感じた。あのおじさんに捕まったらどういうことになるか、悪い想像しかできなかった。
「誰にも見つからないうちに、早く」
「こっちの人間は俺たちを知らない」
斗真は神妙に首を振り、視線はそらしたまま、あたしの髪を撫でた。
「一花も知らなかっただろ。知っているのは俺たち側の人間だけだ」
斗真の言わんとしていることは、わからないではなかった。ただ、ぴんとこないだけで。
あたしが異世界の存在を知らなかったように、こっちに住む人みんなが知らないだろうことは予想がつく。
でも斗真たちはみんなあたしたちのことを知っていて、あたしたちが彼らの世界に迷い込むことを許さない。
「由真だけ放り投げてもいいんだが、あの町は長くいるとよくないところだからな。起こして、さっさと家に帰るよう説得する」
説得を聞き入れてくれるのか、はなはだ疑問ではあった。由真ちゃんが、斗真を置いていくはずはない。