18
表門はすでに施錠されていたけれど、通用門はかんぬきがかかっているだけだった。ここは庭が広いので、町民の要望でいつでも散歩ができるようになっているのだ。キキッと甲高い音をさせて外して、敷地に入る。
図書館の入口の手前側に事務室があって、馴染みの司書さんの姿があった。彼女は手を振るあたしに気づくと、窓をからりと開けてくれた。
「あの本のこと?」
「あ、いいえ。トイレに忘れ物をしたかもしれないので、見てきていいですか」
「いいわよ。ちょっと待ってね」
すぐそばの職員出入口のドアを開けて、手招きする。あたしに続いて斗真も中へ入ろうとすると、
「片時も離れたくないのはわかるけど、おトイレに付き添いは無用よー。ここで待っておいてね」
にこやかに引き止められてしまった。しまった、トイレに忘れ物だなんて言わなきゃよかった。
ひとりで向こうの世界に由真ちゃんがいるかどうか見てくるなんて、あたしにできるだろうか。
斗真を見上げると、とんでもない、とばかりに顔色を変えた。そして、上半身を折ってあたしに耳打ちする。
「まだ向こうとつながっていそうかどうかだけ見てきてくれ。絶対にひとりで行くな」
冗談でなく身の危険を感じるので、あたしは力いっぱい頷いた。由真ちゃんのことは気にかかるけれど、明日なら図書館は六時まであいているのだから、改めてふたりでくればいい。
あたしは女子トイレに直行した。
右奥の個室のドアを、恐る恐るあけてみる。なんの変哲もない狭い空間に、白い便座が鎮座している。空気はいくらか淀んでいるけれど、もやもやは見えない。
金曜日にこの個室に入ったとき、最初はどこもおかしなところはなかったことを思い出す。慌ててドアノブから手を離して後退る。
何か確かめる手段はないかとトイレ内を見回して、手洗い場に生けてあった花を一輪、失敬した。それを、息を詰めて個室に投げ入れる。
花はぽとりと水の中に落ち、いくえにか波紋を作った。しばらく見つめていたけれど何も起こらない。
「人じゃないとだめなのかな……」
どうしたものかと迷っていると、司書さんがやってきた。
「忘れ物、あった?」
「あ、はい。大丈夫です」
「彼氏さんが待ちくたびれてるわよー。早く行ってあげなさいな」
彼女は肩をすくめて、んふふ、と笑う。そして、右奥の個室に足を踏み入れた。思わず声を上げたあたしを振り返り、不思議そうに目を丸くする。
「どうしたの? あー、花がこんなところに」
司書さんはさっさとドアを閉めてしまった。