17
コーヒーをたしなみながら由真ちゃんのことを聞いた斗真は、ただひとこと、
「こっちの生活があるなら、そっとしておこう」
と呟いた。
「一花と仲がいいんだったらいいじゃないか。同じクラスになりそうなのか」
「たぶん。うちの担任と話してたから」
「そうか」
斗真の視線がうろうろしている。無理に、平気なふりをしなくてもいいのに。
あたしはミルクレープにフォークを入れた。運ばれてきてからずいぶん時間がたっていたので、くにゃりと層が崩れてしまう。口に入れると、クリームがいとも簡単に溶けて舌を控えめな甘さで包む。
アイスティーで唇を湿らせて、斗真、と名前を呼ぶ。
「あの、ね。別人の可能性もあると思わない?」
慰めるためというより、頭の隅でくすぶって仕方がない考えを吐き出すためにあたしは言った。
「ただのそっくりさんかもしれない。性格、違うもの」
「けど、俺と同じ名前の兄貴もいるんだろ? 名字も住吉だし」
「うん。でも、こっちの由真ちゃんのお兄さんと、斗真とは別人でしょ?」
「確かにそうだが」
斗真の目がこちらをまっすぐに向いた。カップを置き、テーブルの上で腕組みをする。
「俺の妹のほうの由真は、別のところにいるんじゃないかってことか」
「うん。ついさっきまでは、由真ちゃんが、こっちの由真ちゃんになったのかなと思ってたんだけど……。だとしたら、元からいたはずのこっちの由真ちゃんはどうなったのかな、って」
「そうだな。むしろ、由真は向こうの世界にとどまってるとも考えられるよな。手をつないでいたわけじゃないし」
確かめるには、また向こうへ行けばいい。一緒に個室に飛び込んだのでなければ、神隠しに遭ったのは斗真だけということになる。
「図書館……もう閉まってるけど、忘れ物をしたとか言えば入れてくれるかもしれない」
まだ五時にもなっていない。残っている司書さんがいるかもしれない。
斗真が喉を見せてコーヒーをあおった。あたしも急いでゆるゆるのミルクレープを平らげる。
ベルを鳴らしてカフェを出て、図書館へ走った。
ほとんどあたしは全速力だった。斗真が手を引いていてくれたから少しはましだったけれど、門のところに着いたときにはすっかり息が上がっていた。