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「こういうとこに気を遣わなくていい」
「……、あっ。あたし、気の利かないことしてた? 昨日とか一昨日とか」
あたしは恥ずかしくなって両手で顔を隠した。やっぱりあたし、失態を犯していたんだ。斗真を困らせたり、嫌な思いをさせていたりすることに気づかずにいたのかもしれない。
こんなでは愛想をつかされてしまう。そう思うと怖くて仕方がなかった。
「ごめんなさい……」
声が震えた。じわじわと目頭が熱くなってきて、斗真の顔を見上げることができない。
「いや、一花。そうじゃないって」
慌てた声が近くで聞こえる。斗真が腰をかがめて、あたしを覗き込もうとする。
今までにないぐらい顔が近づいて、あたしはふいに下半身から力が抜けるのを感じた。へたへたとへたり込み、呆然とする。あたしを見下ろして、斗真も驚いた表情。
腰が抜けたとは、すぐにはわからなかった。
斗真はぷっと噴きだすと、片膝を立ててしゃがみ、あたしの頭を撫でた。
「一花は鈍いとこあるけど、それで嫌になることはないから。なんだ、気にしてたのか?」
「……鈍い、かな?」
「あー、言葉が悪かったな。ごめん。ん、のんびりしてるってこと」
鈍いものんびりしてるも大差なかったけれど、彼がげんなりしているのではないと知って、あたしは深く息を吐く。足の感覚が戻ってきて、手を引かれるとちゃんと立てた。
「というわけで、行こうか」
斗真は親指の腹であたしの目尻に触れ、その手で頬をなでる。
「泣かないでいいから。な」
目は潤んでいたかもしれないけれど、あたしは泣いてはいないとばかり思っていたのに。現に、彼が触れなかったほうの目元は濡れていなかった。
「泣いてないもの」
反論してみたけれど、斗真は知らぬふりをしてはぐらかす。
「もー!」
恥ずかしさとやるせなさでいっぱいになる。彼の胸を叩こうとした手は、いとも簡単に受け止められてしまった。
こぶしをほどかれて、手をつながれて。
「そんなふうに、もっと感情を出せばいい」
ははっ、と笑って歩き出した彼の横顔は、すごく、愉快そうだった。