92
お風呂から戻った宏志さんがどんなにか驚いて、途方にくれたか……想像すると総毛立つ。おとなしく官邸にいるとも思えないし、春日江さんがフォローにまわってくれる可能性も薄い。宏志さんは無極でもなんでもなく、陽の世界では疎まれるだけの陰の人間。それなのに、彼を置いてあたしだけが、陰の世界へ戻ってきてしまっていた。
「そんなにしょぼくれてんなよ」
「大の大人の男なんだから、なんとかするでしょ」
「また忍び込んでやるから」
「ちょっとまずは、おれたちの話を聞いてよ」
ふたりの少年はいちいち交互に喋る。ぱっと見は髪型や服装が違うけれど、声のトーンや顔の造作はよく似ている。兄弟か双子だろうか。こざっぱりとした格好をして短髪なほうは、なんとなくあたしを気遣ってくれているようだったけれど、着崩して、ちゃらちゃらしているほうは、早く用事を済ませてしまいたそうな雰囲気がぷんぷんとしている。
鬱蒼と暗い、ひなびた小さな神社だった。あたしたちは手水舎の脇の石畳で、向かい合って立っていた。どの道ふたりの話は聞かねばならないと思って、クラクラする頭を押さえながら頷く。
「じゃ、まずは自己紹介な。おれはシリウス」
「シ……っ」
外見はともかく、どう見ても日本人なのに横文字の名前を告げられて、思わず顔を上げてしまった。
「んだよ。便宜上の名前だ。文句はこっちの天狼に言え」
不良じみたほうがシリウスで、もうひとりのほうが天狼というらしい。天狼は心外そうに眉をしかめ、腕組みをした。
「ちょうどいい名前だと思ったんだけどな」
「キラキラしすぎてんだよ」
「そもそも元の名前が大概なんだから、文句つけるんなら親につければいいだろー」
「それはそうだけど責任転嫁するなっ!」
内輪揉め……だろうか。
「あの、名前はわかったから、用件をお願い」
ふたりが揉み合いはじめたので、仕方がないので間に割って入った。同年代の男の子は、悠星もだけど、よくわからない……あんまり関わりたくないのに。