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「これから私は官邸へ向かうが、君たちは客人として公邸に迎え入れられることになっている」
「のわりに、連行されてる感が否めないんですけど」
はす向かいから宏志さんが噛みつく。
「もう少し事情を説明してもらいたいもんだ」
「なかなか肝が座っているね。いいだろう」
脚を組み、春日江さんはシートに深く背をもたれかけた。
「すぐ着いてしまうから手短かに言うが、ここは陽の世界でもトップシークレットにあたる地下地区だ。君たちに陽の世界をうろつかれると、我々にとっても都合が悪いのでね。だから特別にきていただいた。条件が合えば、ここで暮らすこともできるだろう」
「元の世界……陰の世界へ、帰していただけるんですか」
意を決して訊ねたあたしに、春日江さんたちはなんともいえない、と申し訳なさそうな表情をした。
「君は、陰の世界の住人というわけでもないから……しばらくはここにいてもらおうと思っている」
「無極だから、ですか」
「理解しているのだね。そうだよ、無極は珍しい。我々にとって重要極まりない存在だ」
予想はしていたけれど、こうなった以上は簡単には戻れないらしい。あたしはともかく、宏志さんはどうにかしないと。
「宏志さんは、帰していただけますよね」
「おとなしく帰ってもらえるなら……ね」
春日江さんがチラリと視線を宏志さんに向けた。宏志さんはふんぞり返るようにしていて、とても反抗的な態度である。
「宏志さん……」
「なんだよ一花、おエラ方の前では猫かぶれっていうの」
「そんなんじゃ」
「あー、いやいや。心配してくれてんのな、悪い」
思わず泣きそうになったあたしに気をつかったのか、宏志さんは姿勢を正して頭をかいた。あたしを残して帰るという選択肢が、彼にはないことはわかっているけれど……。