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商店街を歩いていると、春日江さんに気づいた住人たちがお辞儀をしたり、気安く声をかけたり、小さな子どもは手をふったりしていた。中には、そそくさと店内や路地に隠れていく人もいる。有名人のようだ。春日江さんは、お辞儀を返したり返事をすることもなかったけれど、求められるほうへ顔を向け、たまには笑顔を見せる。
ここには、あたしや宏志さんを奇異の目で見るような人はいない。ちょっとぐらいは「誰かしら」という雰囲気はあっただろうけれど、春日江さんに集まる視線ばかり気になって、自分のことどころではなかった。どこへゆくのかという不安も忘れていた。
商店街は長々とつづき、コンビニや大規模なショッピングモールこそないものの、どの店にも活気があって、生活に必要なものはここで揃いそうだった。制服姿の中高生はゲームセンターやファストフード店、本屋なんかで寄り道をしているみたい。
通りを突き当たるとT字路になっていて、正面にはカフェがあり、その向こうはオフィス街になっていた。さほど高層ではないビルが立ち並び、鏡面らしい壁がテカテカと輝いている。
緑にあふれた並木道を迂回して、ビル群の手前に停まっていた黒い車に乗った。リムジンなんて、テレビで見たことしかない……。
「それなりによい街だろう?」
春日江さんが微笑んだ。