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廃図書館は、少しまた崩れたようだった。近くを通るだけでポロポロと石クズがこぼれ落ちてきたり、ガラスのない窓枠が軋む音を立てたり……日が高いうちでないと恐ろしくて近づけない雰囲気だ。もはやトイレは個室の中身が丸見えの状態で、早くも風化してしまったように、白い表面はくすんで一見しただけでザラザラしているのがわかる。
あたしたちのうしろから風が吹き抜けていった。
「……飛ばされちゃったのかな……」
しゃがみ込みそうになるのをすんでのところでこらえ、あたしは、宏志さんを見上げた。
「ごめんなさい。こんなところまで連れてきてしまったのに、帰り道が……なくなってる」
陰と陽をつなぐ空間の歪みは、四方を見回したところでどこにも見当たらない。消えてしまった。むしろ、長く存在しつづけることのほうが珍しかったのかもしれない。ヒロさんのマンションとつながっていた歪みは、せいぜい一日でなくなったのだから。
「またあたしが作れるならいいのですけど、ちょっと、わからなくて……」
「作るって……その、帰り道をか」
「こっちにくる道は、あたしの中からできた気がするんです」
「そ、そうなん……、か」
「ごめんなさい。わけのわからないことに巻き込んで」
謝るしかできなくなったあたしに、宏志さんは困ったようにライオンヘアーをがしがしかき回しながら苦笑いをしている。あたしを慰める言葉を探しているのだろうな、でもあたしに気を遣うより、もっと自分の心配をしなくちゃ、宏志さん……。