10
「頼みがあるんだけど」
土曜日、日曜日と数時間のお散歩デートをして、最後の別れ際に斗真が言った。
「もし、由真をまた見かけることがあったら教えてほしい」
すっかり彼女の存在が頭から飛んでいたあたしは、恥ずかしさを押し隠して頷いた。兄である斗真が、由真ちゃんを気にしていないわけがなかったのだ。
こっちの世界で、斗真の携帯は使えない。由真ちゃんはふつうに使っていたのに、何が違うんだろう。
あたしから斗真に連絡をとる手段は今のところなかった。とりあえず、待ち合わせ場所は図書館前のバス停だ。明日はあたしは中間考査初日だから三限で終わる。斗真は夕方までバイトだ。工事現場での作業で、体力を使うみたい。会うのも、あまり無理させないようにしなきゃ……。
学校の自習室に寄って勉強してから帰ると、両親とも家にいた。母親は夕飯の準備をしていて、父親は居間でテレビを見ていた。
ふたりともあたしにおかえりを言うと、またすぐにそれぞれの時間に戻る。あたしも洗面所に直行して、お風呂に入る。そしてごはん。解散。平日も休日も大差ない時が流れる。
部屋にあかりを灯して、机についた。日記を書く習慣はなかったのだけれど、斗真に会ってからはなんとなく気持ちを書きとめておきたくて、お気に入りで使わないでいたノートに万年筆で丁寧に綴る。三日目のページは、前日までのより彼の名前が増えていた。
もう少し、勉強してから寝ることにする。徹夜はしない主義だけれど、あまりにもな成績をとってしまったら、さすがにうちの親たちも厳しく追求するだろう。斗真のことが知れたら、付き合うことに口を出される可能性だってあるのだ。
夜が更けた頃、また地震があった。
あたしにとってはただ地面が揺れるだけのことでも、向こうの世界ではかなり重大なことのようだった。そして、地震という言葉を彼は知らなかった。
「ちゃんと、訊いたほうがよかったかな」
斗真の深刻そうな気配を見過ごしてしまったことを今さら反省する。一緒にいることに浮かれて、ほかにも何かヘマをやらかしていないだろうか。
もともとあたしはクラスでも浮いていて、人付き合いに自信があるほうじゃない。そんなあたしが、いきなり男の人と交際しようだなんておこがましかったのかもしれないな……。
明日はうまくコミュニケーションできますように、と願って布団に入った。