真実は小説より奇なり
放課後の教室。
絶対的強者と対峙するのだ。
生存確率を高めるために一対一の場面は避けねばならない。
つまり、こういう場面でのお約束である屋上は今回にかぎり最悪の場所といえる。
むろん、教室が最高の場所かといえばそうでもない。
なにしろ可和羅にはあの能力があるのだから。
そして、当然のようにそれは発動される。
「人殺しをするには絶好の能力ですね。もしかして、私の同僚もこのような形で殺したのですか?」
「そのとおり」
綺羅はプラスの要素など一パーセントも含まれない言葉を口にすると、可和羅は黒い笑みで応じる。
「むろん殺すのは簡単だ。だが、後始末を考えれば多くの人間がいる中で殺すなど愚か者のやることだ。その死すら隠蔽する。これこそが最高のやり方だ」
「私もここで殺すわけですか」
「どうしてもというお望みなら」
「だが、せっかく日本に来て、わざわざ高校に入学したのだ。死ぬのはもう少し楽しんだ後でもいいだろう」
可和羅はそう言ったところで大きく息を吐く。
その顔には西日が当たる。
「太陽が気にならないようね」
「もちろんだ。これでも元は人間だからな」
「でも、あなたの同胞の大部分はそうではないようだけど」
「あれは血の劣化によるもの。高位の吸血鬼が昼間に活動できるのはそのためだ」
「では、他の弱点は?」
「十字架やニンニクか?」
「私は観光でバチカンに行ったこともあるし、ラーメンやピザ、パスタも好きだ。むろん、ニンニク抜きなどではない」
「まるで無敵ね。というより、パスポートを持っているの?」
「もちろんだ。もっともそんなものがなくても行くことは可能だが」
「便利なこと」
「まあな。だが、便利であればすべてがいいわけではない。不便さに喜びを感じることもある」
「たとえば?」
「料理」
「はあ?」
綺羅は胡散臭そうに相手の顔を見る。
可和羅はため息をつく。
「もしかして、私が人間の血で飲んで生きていると思っているのか?」
「もちろん」
「冗談ではない。人間の血で栄養を取り、空腹を満たそうとしたら毎日数人の血を吸わねばならないではないか。それに毎日血ばかり飲んでいては飽きるだろうが。私はこれでもグルメを自認している。ありえん話だ」
「では、何から」
「さっき言っただろうが。ラーメンだのピザだのと。当然人間が食べるものだ」
「まさか……」
「それはこっちのセリフだ。ヴァンパイアハンターなどと言いながらそんなことも知らんのか。おまえたちは」
「では、何のために吸血を……」
「僕にするためだな。ちなみに、同類をつくるのは自身の血を与える」
「えっ」
「こんな無知だとは思わなかったぞ」
「で、でも、吸血鬼に襲われた人の多くは血がなくなっているのは事実でしょう」
「まあ、吸血鬼にも馬鹿はいる。本当に人間の血を飲んでいる奴もいるかもしれない。だが、実際に血を飲んでいる大部分は吸血鬼ではなく人間だ」
「人間?」
「そうだ。お前たちと同じように吸血鬼は人間の血を吸っていると信じている吸血鬼に憧れた人間がやっている。それと、我々とは別の種族の中には人間の血肉を好む者もいる。人狼とか食人鬼とか。そいつらならそれくらいのことをやるだろう」
「本当なの?……」
「もちろんだ。ついでに言っておけば、おまえたちヴァンパイアハンターは我々の同族だ。つまり、有能なヴァンパイアハンターであるおまえも吸血鬼だということだ」
ヴァンパイアハンターは吸血鬼と同類。
可和羅はそう言った。
「あり得ません。私が吸血鬼など」
「わかりました。そう言って私を惑わすつもりなのですね。ですが、そのような小細工に私は……」
「普通の人間なら、ハンターが持つ特別な能力などあるはずがないだろう。それは吸血鬼と同じ能力。逆に言えば、吸血鬼だと言った方が筋は通る」
綺羅の必死の反論を遮るように可和羅は言葉を加える。
「例えば、ヴァンパイアハンターの必須条件である吸血鬼を見つけるために嗅覚。だが、それは我々が同族を見分けるためのもの。その証拠に我々もすぐにお前の存在に気づいた」
「つまり、おまえ自身もその匂いを発していたのだ」
「実は気づいていたのではないのか?ヴァンパイアハンターの同僚たちから発する匂いを。そして、それが吸血鬼と同じであることに。どうだ?」
否定できなかった。
確かに仲間たちからは吸血鬼と同じ匂いがしていることに気づいていた。
だが、それはその仕事の結果染みついたものだと思っていた。
「要するに、ヴァンパイアハンター協会の幹部たちは吸血鬼同士をかみ合わせていたのだ」
「なぜ?」
「血統が劣る自分たちが吸血鬼界の頂点に立つために」
「そして、その目的はほぼ達成できたと言っていいだろう。なにしろ、私の直系、その第一世代に当たる真祖、その一族を狩りつくしたのだから」
「だが、残念ながら始祖である私はこうして健在。そして、この日本で直系の第二世代が育っている。言っておくが、第二世代は真祖より数段上。何しろ、彼らには真祖たちより多くの能力を与えているのだから」
「嘘だ。すべて嘘だ」
「そう思いたいのはわかる。なにしろ、それはこれまでの自分をすべて否定するようなものなのだから。だが、これはすべて真実だ」
「……一見すると筋が通っている話です。ですが、おまえの話には穴がある」
「聞こう」
「もし、私や私の仲間がおまえたちと同じ吸血鬼なら、私たちヴァンパイアハンターも不死ということになります。ですが、実際は違う。もちろん多くのヴァンパイアハンターがおまえたち吸血鬼との戦いで命を落としています」
「だが、そうではなく自然死の者もいる。不死の存在である吸血鬼の一族であるならそれはあり得ないと言いたいのだな」
「そういうことです」
「なかなか頭が回るようだな。この短い時間でそこまで辿り着くとは正直驚いた」
「だが、残念だが、その程度で事実は曲げられぬ」
論破。
むろん論破した先にあるのは自身の死なのだが、どちらにしても死が待っているのなら嫌がらせのひとつでもしておきたい。
自身のその願望を叶えたつもりだった綺羅の指摘に可和羅はそう返した。
「どういうことですか?」
「私はすでにその答えとなるものを口にしていたのだが、気がつかなかったようだな。では、もう一度言う」
「私の血は継承によって劣化する」
「自身の血を与えることと吸血。この違いを言ってみろ」
「吸血鬼に血を吸われた人間はその者の僕になる。ですが、同族にする場合、自らの血を与える。おまえはそう言っていました」
「そう。そして、広い意味での同族を増やす方法はもうひとつある。言うまでもない、人間が通常おこなう生殖活動だ」
「つまり、吸血鬼という種族を増やす方法は三つあるわけだ。だが、同じ吸血鬼という種族であるものの、方法により血の濃さは変わってくる。そして、その言葉だけを考えれば一番血が濃いように思える通常の生殖行為により生まれた吸血鬼の血が一番薄いということになる。当然おまえたちヴァンパイアハンターはここに属している」
「だが、同じ方法で生まれても、すべてが同じ血の濃さというわけではない」
「より純血種に近い親から生まれれば血は濃くなり、父親と母親、その両方に吸血鬼の血が流れていればさらに血は濃くなる」
「どうやらそのいい例がおまえのようだな」
「ついでに言っておけば、一番血が濃いのは当然私が直接血を与えた者たちとなる。もっとも、おまえたちが倒した真祖の第一世代にはそれほど多くの血は与えていない。当然血が薄ければ受け継ぐ能力を少ない」
流れる水のように言葉を語り続ける可和羅は、それを聞く綺羅に目をやる。
「そして……」
「おまえの言う寿命であるが、不死となるのは血を与えられた者のみで、血を吸われ僕になった者も長命であるが不死というわけではない。当然もうひとつの方法で吸血鬼の能力を得た者は不死ではないし、その寿命も他の人間と変わらぬ。だから、おまえはどれだけ能力が高くても見た目上は人間であり、その生涯も周りの人間と同じ。短い一生ということになる。よかったな」




