表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

悪役令嬢は、推しカプの恋愛を見守りたい

作者: Suzuno

【エリアーナ・フォン・ヴァインベルク侯爵令嬢視点】

「……っててて」

 大理石の階段の、一番下。そこで私は、なんとも締まらない体勢で倒れていた。どうやら足を滑らせて、盛大に転げ落ちたらしい。侍女の悲鳴が遠くに聞こえる。ああ、完璧淑女のわたしがなんたる失態!

 そう思った瞬間、頭の中に、今まで知るはずもなかった膨大な記憶が、濁流のように流れ込んできた。

 ―――渡辺恵里。享年21歳。短大出の新人OL。激務の帰り道、トラックに轢かれ……。

「……はっ!」

 思い出した。いや、思い出した、なんて生易しいものではない。私は、現代日本で生きていた、ただの会社員だったのだ!


 そして、この世界。金糸の髪に紫の瞳を持つ絶世の美少女(私)!豪華絢爛な侯爵家、そして、私の婚約者である第二王子アルフレッド様……間違いない。ここは、前世の私が心の支えにしていた恋愛小説、『星降る夜に君を想う』の世界だ!

 それは、新人OLだった私を何度も救ってくれた、特別な物語。仕事で辛いことがあった夜も、この物語を読めば、登場人物たちが健気に恋をする姿に勇気をもらえた。私にとって、ただの小説じゃない。いわば『聖書(バイブル)』なのだ。


 物語は、平民上がりの男爵令嬢リリエルが、王立学園で第二王子のアルフレッド様と出会い、様々な困難を乗り越えて結ばれる、王道シンデレラストーリー。

 そして、私、エリアーナ・フォン・ヴァインベルクは、二人の恋路を邪魔する、所謂「悪役令嬢」。プライドが高く、王子を独占しようとするあまり、最後はヒロインのリリエルをいじめた罰として、辺境の修道院に送られてしまう……。


「……えー!そんなの、ないわー!」

 思わず叫ぶと、駆け寄ってきた侍女が「お嬢様!?」と顔を覗き込んできた。

 やばい、やばい。取り乱すな、わたし!

 でも、事態は深刻だ。もうすぐ15歳。私はアルフレッド様やリリエルと同じ、王立学園に入学する。そこから、怒涛の断罪フラグが乱立するのだ。

 

 どうしよう……。いや、待てよ?

 悪役令嬢の役目を(形だけ)こなしつつ、二人の邪魔をしなければいいのでは?

 というか、むしろ……。

「推しカプの恋を、特等席で見られるってことじゃない!?」


 アルフレッド様とリリエルが、初めて廊下でぶつかるシーン。図書館で二人きりになるシーン。そして、ダンスパーティーで手を取り合うシーン……!あの胸キュンシーンの数々が、三次元で、生で、見られる!こんなチャンス、他にない!


 でも、断罪はいやよねー。それに、可愛いリリエルをいじめるなんてとんでもない。

 としたら…リリエルと友達になって、フラグ立てを手伝ってあげれば良くない?そしたら、推しカプの三次元シーン特等席で見放題?

 え、わたしったら天才かも…

 それでいこう!アルフレッド様、リリエル、全力で応援させていただきます!


「ふふっ、ふふふふふ!」

「お、お嬢様……?頭を打たれたのでは……」

 心配する侍女をよそに、私の心は決まった。

 目標は、穏便かつ速やかな婚約破棄!そして、原作の再現!

 さあ、これから忙しくなるわよ!


【リリエル・ブラウン男爵令嬢視点】

 鏡に映るのは、栗色の髪に、少し気が強そうな翠の瞳を持つ少女。男爵令嬢、リリエル・ブラウン。それが、今の私の名前。


 私が前世の記憶――OLとして十数年も生きていた記憶を思い出したのは、ほんの数ヶ月前のこと。そして、この世界が、前世で流行っていた『星降る夜に君を想う』という小説の舞台だと気づき困惑した。

 だって!あれって二次創作小説たくさん出てて、ほとんどが悪役令嬢主役の”ざまぁ”ものなんだもん!特に有名な『偽りの聖女に鉄槌を』だったら絶望的だ…


 その小説は、王道の恋愛小説をベースに、「もしも悪役令嬢が聡明で、ヒロインが腹黒だったら?」という設定で書かれていて、リリエルは、その腹黒ヒロイン。第二王子に取り入ろうと画策するも、聡明な侯爵令嬢エリアーナ様にことごとく手口を見破られ、最後は公の場で断罪され、家族共々斬首刑!悲惨な末路を辿るのだ。


「冗談じゃない……!」

 なんで私がそんな目に!私はただ、静かに暮らしたいだけなのに!

 幸い、まだ物語は始まっていない。もうすぐ、王立学園に入学する。そこが、全ての始まりの場所。

 ならば、私のやるべきことは一つ。

「絶対に、第二王子アルフレッド様と、侯爵令嬢エリアーナ様には関わらない!」

 原作知識が、私にはある。二人が接触してくるであろうイベントの場所、時間、シチュエーションは全て頭に入っている。それを徹底的に避ければいいのだ。


 王子なんてとんでもない。私は、学園の図書館で本を読んで、たまにお友達とお茶をするような、そんな穏やかな生活がしたい。目立たず、騒がず、空気のように三年間を過ごし、卒業したら、穏やかな人と結婚するんだ!

 そうと決まれば、対策を練らなければ。まずは、学園の地図を頭に叩き込んで、危険地帯(王子とエリアーナ様の出現ポイント)をマッピングすることから始めよう。

 私の平穏な学園生活は、私が守る!絶対に、断罪フラグなんて立てさせてたまるものですか!


【エリアーナ視点】

 王立学園に入学し、リリエルさんと同じクラスになった。なんという神の采配!これは、近くで推しカプを見守れとの啓示なのでは?


「あなた、リリエル・ブラウン男爵令嬢ですわね?なんでも、数年前まで平民でらしたとか…貴族の振る舞いを教えて差し上げてよ?」

 すごく、悪役令嬢っぽくも友達になれる状況を作りあげるのに成功してるんじゃない?何度も練習したんだもの!

「い、いえ…そんな恐れ多いので…」

 ふ、断られるのは想定内よ!

「生徒を導くのも、王子の婚約者の務め。常に、つねに!わたくしの側で振る舞いを学びなさい!」

「…い、あ、ありがたいお言葉ですが…ヴァインベルク侯爵令嬢のお側にいるには、もっと聡明で爵位の上の御令嬢がふさわしいかと…」

 い、意外と粘るわね…

「あら?王立学園は開かれた場所。爵位関係なく平等なところですのよ?わたくしのことはぜひ、ぜひ!エリアーナとお呼びくださいな!」

「え?!…………はい…エリアーナ様…では、わたくしのことはリリエルと、呼び捨てで!呼び捨てで!お呼びいただければ…」

 えーーー!ヒロインから、名前呼び捨て許可きたー!親友じゃない?これ、もうマブダチじゃない?

 周囲はざわざわとしているが知ったことではない。

 これも、わたしが推しカプを愛でるためよ!


【リリエル視点】

 王立学園に入学し、エリアーナ様と同じクラスになった。なってしまった…


「あなた、リリエル・ブラウン男爵令嬢ですわね?なんでも、数年前まで平民でらしたとか…貴族の振る舞いを教えて差し上げてよ?」

 こんなシーン、『星降る夜に君を想う』なかったよね?やっぱり二次創作の方か!

 できるだけ、できるだけ関わらないようにしないと!

「い、いえ…そんな恐れ多いので…」

「生徒を導くのも、王子の婚約者の務め。常に、つねに!わたくしの側で振る舞いを学びなさい!」

 え?グイグイくるよね?なんで?あ…なるべく近くで見張って、余計なことをしないように監視するつもり?王子には近寄らないから!勘弁してください!


「…い、あ、ありがたいお言葉ですが…ヴァインベルク侯爵令嬢のお側にいるには、もっと聡明で爵位の上の御令嬢がふさわしいかと…」

「あら?王立学園は開かれた場所。爵位関係なく平等なところですのよ?わたくしのことはぜひ、ぜひ!エリアーナとお呼びくださいな!」

 えーー!めっちゃグイグイくるんだけど?


「え?!…………はい…エリアーナ様…では、わたくしのことはリリエルと、呼び捨てで!呼び捨てで!お呼びいただければ…」

 逆らうわけにもいかないし…とりあえず、呼び捨てで呼んでもらって『わたしは身分を弁えている常識人ですよ!』アピールしないと!

 周囲はざわざわと、特に、取り巻きになりたい御令嬢にめっちゃ睨まれてる。勘弁してよー!


【エリアーナ視点】

 西棟2階の廊下。ここが、記念すべき最初の原作イベント発生地点。

 王子とヒロインが、曲がり角で運命の出会いを果たす…!


「リリエル、急ぎましょう!次の歴史学の教室はこちらですわ!」

 私は、親友リリエルの腕を引き、ずんずんと廊下を進む。もちろん、これは計算通り。私の懐中時計によれば、あと15秒で、アルフレッド様が角の向こうから現れるはず!

 さあ、リリエル!行って、王子とぶつかるのです!

「え、あ、エリアーナ様!?そちらは逆です!」

「いいから、さあ!」

 角を曲がる寸前、私はリリエルの背中を、そっと、しかし力強く押した。完璧なタイミング!さあ、来い、運命の出会い…!


 しかし、リリエルは、ありえない動きを見せた。

 彼女は、私の手を振り払うと、壁をトンッと蹴り、まるで猫のように宙を舞って、私の頭上を飛び越えていったのだ。

「え?」

 あまりのことに呆然とし、前のめりになった私の身体は、支えを失って角の向こう側へと倒れ込む。

 そして、ふわりと、優しい花の香りと共に、たくましい胸板に受け止められた。

「…エリアーナ?急に飛び出してきて、どうしたんだい?」

 見上げれば、そこには驚いた顔のアルフレッド様。


 ……ちがう。違う、そうじゃない。ここにいるべきは、リリエルなのに。

 どうしてこうなったの!?


【リリエル視点】

 エリアーナ様が、私の腕を引いてぐんぐん進んでいく。その先は、教室とは逆方向。そして、この場所は…西棟の曲がり角!

 間違いない、”ざまぁ小説”で、私が王子にぶつかったフリをして気を引こうとしたと、エリアーナ様に因縁をつけられる、最初の断罪フラグポイント!


「さあ!」という声と共に、背中に強い衝撃を感じる。

 まずい!このままでは、計画通り王子と衝突してしまう!

 こうなったら…!

 私は前世で、OLの傍ら、趣味でパルクールを少々嗜んでいた。まさか、こんなところで役に立つなんて!

 咄嗟にエリアーナ様の手を振りほどき、壁を蹴る。身体を捻り、エリアーナ様の頭上を飛び越えて、後方に着地。よし、完璧な回避!


 .……ふう。危なかった。これで断罪フラグを一本、へし折ることができたわ。

 振り返ると、なぜかエリアーナ様が王子に抱きとめられていたけれど…まあいいか。私には関係ないもの。

 それにしても、一体どうしてエリアーナ様は私を突き飛ばそうと…?まさか、断罪フラグをわざと立てようとして?エリアーナ様も転生者??いやいや、物語の強制力ってやつかも…

 ああ、やっぱりこの学園は危険だわ!


【エリアーナ視点】

 次のイベントは、図書館。勉強が苦手なリリエルに、アルフレッド様が優しく教えるという、全読者が胸キュンした名シーンだ。


「リリエル、ここの席が空いてますわ」

 私は、窓際の、日差しが綺麗に差し込む特等席を確保し、リリエルを手招きする。よし、あとはアルフレッド様をここに誘導すれば、作戦完了!

 しかし、リリエルは、その席を見るなり、サッと顔を青くした。

「わ、私、急用を思い出しました!司書の先生のお手伝いをしないと!」

 そう言うやいなや、彼女は脱兎のごとく走り去り、司書の先生のところへと消えてしまった。


「ええ……」

 一人、ぽつんと席に残される私。どうしよう、主役がいないじゃない……。

 途方に暮れていると、ふわりと、頭上から影が落ちた。

「君も勉強かい?奇遇だな、僕もだよ」

 そこに立っていたのは、柔らかな笑みを浮かべたアルフレッド様だった。

「よかったら、隣に座っても?」と言われ、断れるわけもなく。

 かくして、王子と私の、静かな勉強会が始まってしまった。わからない問題を、彼が身を寄せて、わたしにもわかりやすく、優しい声で教えてくれる。それに…近い。顔が、近いんですけど……!

 計画と違う!違うし、ちょっと、心臓がうるさいんですけど!?


【リリエル視点】

 エリアーナ様に案内された席。窓際、二人掛け、周囲から少し孤立した場所……。

 間違いない!ここは、私が王子を誘惑した(と濡れ衣を着せられ)、反論もできずに泣き寝入り(のフリ)するイベントの発生場所!


 こんな罠に、私が引っかかると思った!?

「わ、私、急用を思い出しました!司書の先生のお手伝いをしないと!」

 私は完璧な言い訳を思いつき、すぐさまその場を離脱。司書の先生に「何でも手伝います!」と申し出て、一番安全な場所――書庫の奥深くへと避難した。

 大量の古文書に囲まれて、私は安堵のため息をつく。

 ふふん。これで、エリアーナ様も手出しはできないでしょう。今日の私も、完璧な危機回避だったわ。


【エリアーナ視点】

 .……これまでの作戦は、ことごとく失敗に終わっている。

 こうなれば、もっと直接的なイベントを仕掛けるしかない!

 次なる原作再現は、中庭でのランチタイム。ヒロインであるリリエルが作ったサンドイッチを、アルフレッド様が「美味しい」と褒める、初期の重要ほのぼのシーンだ。


「さあ、リリエル!今日は中庭でランチですわよ!」

 私は、前日からリリエルに「得意料理は何ですか?」と聞き出し、「わたしも作るから!」とサンドイッチを作ってきてもらうよう、念入りに誘導しておいた。完璧な下準備だ。


 そして、飲み物を買うことを口実に、食堂に寄る。後、数秒で王子が王族専用の食堂へ向かうはず!何気なくを装って、中庭ランチに誘い出すのよ!

「あら、アルフレッド殿下!今からランチですの?わたくしとリリエルは中庭でサンドイッチを頂こうと思ってますの。よろしければご一緒にいかがですか?」

 完璧!リリエルのアピール、サンドイッチは王子の好きな食べ物!そして、食べる時に『リリエルが作った』と聞けば、王子的には『リリエル→サンドイッチ美味しい→女子力高め→好き!』のコンボ達成よ!

 あー、何回も練習してよかった!

「それでは、お邪魔しようかな」

 優しげな笑顔で快諾する王子…これを見たら、どんな女子でもクラっとくるわね!


 中庭の大きな木の下にシートを広げ、ランチバスケットを開ける。

 さあ、リリエル、そのサンドイッチを王子に!

 そう促そうとした瞬間、リリエルが、急に「うっ…!」と口元を押さえてうずくまった。

「きゅ、急にお腹が……わ、わたくし、保健室に行きますわ!」

「え、ええっ!?リリエル!だいじょう……」

 私の言葉も聞かず、彼女は嵐のように去っていった。


 ……またしても、主役不在。残されたのは、私とアルフレッド様、そして私が作った(念のために持ってきた)サンドイッチ。

「……ブラウン嬢、大丈夫だろうか」

「え、ええ、きっと…」

 .……気まずい。気まずすぎる。

「エリアーナ」

「は、はい!」

「君のバスケット、空けてくれないか?お腹が空いてしまって」

 悪戯っぽく笑う王子に逆らえるはずもなく、私はおずおずと自分のサンドイッチを差し出した。

 ハムと卵だけの、ごく普通のサンドイッチ。それを、王子は美味しそうに一口食べると、ふわりと微笑んだ。

「うん、美味しい。君の作ったものなら、何でも美味しいよ」


 その、あまりにも甘い声と表情に、私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

「…ずるいです。そんなの…」

 顔が真っ赤になっている自覚はある。こんなの王子に見せられないので、俯くしかない。

 だめだ。私は、ただの観客のはずなのに。こんなの、聞いてない……!


【リリエル視点】

 エリアーナ様の、妙にキラキラした笑顔が怖い。

 中庭ランチ?サンドイッチ?このキーワードの組み合わせは、まさか…!

 ”ざまぁ小説”で、私が王子に媚薬を盛った(と濡れ衣を着せられる)、「媚薬入りサンドイッチ事件」!


 断るわけにも行かず、渋々作ってきたサンドイッチ…エリアーナ様は悪い人じゃないのよ。むしろ、なんか、ちょっと天然というか…

 まあ、いつも王子はランチはご一緒ではないし、気のせいかもしれない…


 って、誘うの?王子誘っちゃうの?うわー、王子快諾してるじゃん!

 王子の笑顔が悪魔の微笑みにしか見えない…

 これ、絶対「媚薬入りサンドイッチ事件」よね!


 バスケットが開けられ、私が作ったサンドイッチが陽の光に晒される。

 だめだ、あれを王子が口にした瞬間、私の断罪フラグが確定してしまう!

 こうなったら、最終手段!

「うっ…!」

 私は、前世で培った迫真の演技力で、腹痛を訴える。

「きゅ、急にお腹が……わ、わたくし、保健室に行きますわ!」

 エリアーナ様の戸惑う声を背中で聞きながら、私は全力でその場を離脱。保健室のベッドに潜り込み、安堵のため息をついた。

 危なかった……。本当に危なかった。


 それにしても、エリアーナ様の執拗なまでのイベント再現……。まるで、私を断罪ルートに引きずり込もうとしているかのよう。

 なんて恐ろしい人なの!あれは天然じゃない!計算づくだわ!ふー…騙されるところだった…危ない危ない。あれは、やっぱり転生者で、わたしに断罪フラグを踏ませようとしてるのよ!わたしは、絶対に、負けるわけにはいかない!


【リリエル視点】

 学園祭のダンスパーティー。

 それは、”ざまぁ小説”において、私の悪事がすべて白日の下に晒され、王子から「断罪」を言い渡される、クライマックスの舞台。

 ……行けるわけがない!


「ごめんなさい、皆さん…。今朝からひどい眩暈と吐き気が…。とても、パーティーになど…」

 私は完璧な演技で仮病を使い、寮のベッドに潜り込んだ。友人たちの心配を背に受けながら、心の中でガッツポーズをする。これで最大の断罪フラグを回避できる!

 …はずだったのに。


「リリエル!大変!王太子殿下が、視察で学園に来てるんですって!最初のごあいさつだけでも全員参加よ!辛いかもしれないけど…参加して、ごあいさつ後すぐに休めばいいわ!」

「え?!」

「さあ、早くドレスに着替えましょ!」

「いや、あの、わたくしの身分で王太子殿下にご挨拶なんて、恐れ多くて…」

「何言ってるのよ!あなた、第二王子殿下の婚約者のエリアーナ様のお気に入りなのよ?今後、エリアーナ様が王子妃になられたら、あなたも王宮勤になるかもしれないのよ?挨拶しておかなければいけないのではなくて?ほら!」


 善意100%の友人たちの手によって、私は、半ば引きずるようにパーティー会場へと連行された。

 絶望。人生最大のピンチ。

 会場の隅、大きな柱の影に隠れて、ひたすら息を潜める。


 その時、ふと視線を感じた。

 視線の先には、見慣れない、精悍な顔つきの青年騎士がいた。彼は、私を驚いたように見つめていたが、すぐに同僚に呼ばれ、雑踏の中に消えていった。(誰だろう…?) 


 一瞬、不思議に思ったが、今はそれどころではない。とにかく隠れないと…!

「――リリエル、みつけましたわ」

 すぐ背後からの声に、心臓が凍り付いた。

 振り返ると、そこには完璧に着飾ったエリアーナ様が、なぜか「やっと見つけた!」とでも言いたげな、キラキラした瞳で私を見ていた。


 ああ、終わりだ。皆の前で、私を王子の前に突き出して、罪を暴くつもりなんだわ。

「さあ、行きますわよ!」

「いやっ!」

 腕を掴まれ、私は思わずその場にへたり込んだ。涙が、勝手に溢れてくる。

「お願いです…!お願いですから、見逃してください…!王子には近づきませんから!」

 もうプライドも何もなかった。私は、ただただ断罪を回避したかった。


【エリアーナ視点】

 やった!やっとリリエルを見つけた!

 原作知識によれば、彼女は体調不良でパーティーを欠席するはずだった。でも、何故か会場にいる。これは、神様がくれたチャンスに違いない!

 ここで、私が少し意地悪な言葉をかければ、アルフレッド様が「彼女をいじめるな」と庇って、そのままダンスに誘う…という、あの感動的なクライマックスが再現できる!

 これで、二人はきっとラブラブカップルになれるのだ!

 そう考えて、ちくっと胸がいたむ…いいの?本当に…


 逡巡する中、柱の影に隠れるリリエルを見る。

 そうだ、私は推しカプのために!自分のできることをするだけだ。笑顔で二人を送り出さねば!


 私は満面の笑みでリリエルの腕を掴んだ。

「さあ、行きますわよ!」

「いやっ!」

 突然、彼女はその場にへたり込み、ボロボロと涙を流し始めた。

「お願いです…!お願いですから、見逃してください…!」

「……え?」

 予想外すぎる反応に、私の頭は真っ白になる。見逃す?何を?

 私が戸惑っていると、リリエルの背後から、すっと伸びてきた手に、私の腕が強く掴まれた。


「――いい加減にしろ」

 地を這うような低い声。

 振り向くと、そこには、見たこともないほど冷たい怒りをたたえた瞳の、アルフレッド様が立っていた。


【アルフレッド視点】

 幼い頃から、僕はずっとエリアーナが好きだった。


 先日、階段から落ちて頭を打ったと聞いて肝を冷やしたが、幸い大事には至らなかったらしい。しかし、その日を境に、彼女はなんだか、とても楽しそうになった。

「アルフレッド様、もうすぐ学園です!とっても!もう、楽しみで楽しみで、夜も眠れないくらいですわ!」

 キラキラした瞳で、僕を見つめてくる。今までは、どこか一歩引いたような態度だったのに、僕の隣にぴったりと寄り添っては、学園での生活を夢見て、熱っぽく語るのだ。

「学園の廊下は、歴史を感じますわよね!特に、あの西棟の曲がり角とか!」

 かと思えば、「アルフレッド様は、どんな食べ物がお好きですか?」なんて、今まで聞いたこともないようなことを尋ねてきたり。

 ああ、早く学園が始まらないだろうかとエリアーナと過ごす日々を楽しみにしていたのに…


 学園に入学すると、エリアーナはリリエルという、平民あがりの男爵令嬢と仲良くなったらしい。王子妃の側仕えになるには少し身分が足らない気がするが、身分に関わらず、誰にでも優しくできるエリアーナは素敵だと思う。そして、可愛い…

 しかし、蓋を開けてみれば、教室移動もブラウン嬢と一緒、図書館で勉強するにも、ブラウン嬢と、挙げ句の果てに、ランチも毎日、ブラウン嬢と!


 そしてダンスパーティー当日。

 パーティーが始まってから、僕の視線はずっとエリアーナを追っていた。

 今夜こそ、彼女に本当の気持ちを伝え、ダンスを申し込む。そう、決めていた。

 だというのに、当の彼女は、僕を一瞥もせず、必死に誰かを探している。…また、ブラウン嬢だ。

 なぜ、いつもいつも、彼女を追いかけてるんだ?僕の気を引くための、ただの駆け引きか?

 まさか…好き…なのか?いやいや…でも…だとしたら…


 何にせよ、もう我慢の限界だった。

 エリアーナが、柱の影で泣き崩れるブラウン嬢の腕を引いているのを見て、僕の中の何かが、ぷつりと切れた。


「――いい加減にしろ」

 僕は、エリアーナの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。驚いたような紫の瞳が、僕を映した。

「君は、いつもそうだ。いつも、僕以外の誰かのことばかり見ている」

「ア、アルフレッド、様…?」

「僕が、誰と踊りたいと思っているか。…まだ、わからないのか?」


 僕は、彼女の答えを待たずに、その手を取ってホールの中心へと導いた。

 呆然とする彼女の腰に手を回し、流れ始めたワルツに合わせて、ゆっくりとステップを踏む。

 腕の中で、彼女が息を呑むのが分かった。

 ようやく、君は、僕だけを見てくれたね。エリアーナ。


【リリエル視点】

 目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。

 怒りを滲ませた王子が、エリアーナ様の手を引いて、ダンスを…。

 …あれ?断罪は?私の罪状の告発は?


 王子は、エリアーナ様を、すごく…すごく、愛おしいものを見るような目で見ている。エリアーナ様も、戸惑いながら、顔を真っ赤にしている。

 雰囲気が、甘い。甘すぎる。

 これは、”ざまぁ小説”のクライマックスじゃない。


 じゃあ、もしかして…。

 廊下で、私を突き飛ばそうとしたこと。

 図書館で、席を用意してくれたこと。

 ランチに、サンドイッチを用意させようとしたこと。


 あれは全部、断罪するための布石なんかじゃなくて…。

 ただ、私と王子を、くっつけようとしてくれてただけ…?

 エリアーナ様が知っているのは、”ざまぁ小説”じゃなくて、元の、王道の恋愛小説の方…!?


「……え、うそ……」

 私の、今までの必死の回避行動って、一体…。

 壮大な勘違いの果てに、私はただ、二人の仲を取り持とうとする健気な侯爵令嬢から、全力で逃げ回っていただけ…?

 柱の影で、私は一人、顔から火が出るほどの羞恥に襲われるのだった。


【エリアーナ視点】

 アルフレッド様の腕に抱かれながら、私はワルツの調べに身を任せていた。

 ホールのきらびやかな照明も、周囲の囁き声も、もう何も聞こえない。ただ、私をまっすぐに見つめる、真剣な青い瞳だけが、私の世界のすべてだった。

 いつも、婚約者として隣にいるのが当たり前だし、政略結婚だからと、彼自身を見ようともしてなかった。彼の優しさも、笑顔も、私に向けられても、義務だろうと決めつけていた。


 ただ見ているだけで満足なはずだったのに。

 原作通りに、彼がリリエルと結ばれるのを、応援するはずだったのに。

 彼が他の誰かのものになるのを想像すると、胸が、ぎゅっと苦しくなる。

 彼が私に向けてくれる笑顔を、誰にも渡したくない。


「……私、この人のことが……」

 好きだ。

 その気持ちを自覚した瞬間、頬に熱が集まっていくのがわかった。ああ、もうダメだ。私は、ただの観客ではいられない。


【リリエル視点】

 私は、ダンスを終えて、テラスで涼んでいるエリアーナ様のもとへ、意を決して向かった。もう、逃げている場合じゃない。


「あの、エリアーナ様…!」

「リリエル!ごめんなさい、私…!」

 お互いに、何かを言いかけて、言葉に詰まる。

 沈黙を破ったのは、私の方だった。


「もしかして、ですけど…。エリアーナ様、転生者です?『偽りの聖女に鉄槌を』って話知ってます…?」

「?!え?リリエルも転生者?……『偽りの聖女に鉄槌を』??あのね、ここは、『星降る夜に君を想う』っていう、素敵な恋物語の世界なんですよ?」

「やっぱり…」

「えっ」

「私が知っているのは、腹黒ヒロインの私が、聡明な悪役令嬢のエリアーナ様に悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ小説で…」

「私が知っているのは、健気なヒロインのリリエルが、意地悪な悪役令嬢の私に邪魔されながらも王子と結ばれる、王道恋愛小説ですわ!」


 私たちは、お互いの知る物語の情報を交換し始めた。

「私の知る物語では、廊下で王子とぶつかって、『なんて失礼な人!』『君こそ!』ってなるはずなのよ!王道の出会いフラグよ!」

「私の物語では、『計画通り…』って私がほくそ笑んで、それをエリアーナ様が『あの女…!』って睨むシーンです!」

「図書館では、王子がヒロインに優しく勉強を教えてくれるはずなのに!」

「そこは、私が王子を誘惑して、エリアーナ様が『ふしだらな!』って一喝する場面です!」

「中庭ランチでは、王子が自分の好きなサンドイッチをわざわざ作ってきたヒロインにキュンときて、ヒロインの手からサンドイッチを食べる胸キュンシーンなのよ!」

「そこは、王子をリリエルが騙して媚薬入りサンドイッチを食べさせるんだけど、王子の貞操の危機にエリアーナ様が助けにくるっていう…」


 食い違う内容、食い違う展開。

 全ての辻褄があった瞬間、私たちは顔を見合わせた。そして、数秒後。

「「ぷっ……あははははははは!」」

 どちらからともなく、私たちは吹き出した。お腹を抱えて、涙が出るほど笑った。

 なんだ、そうだったんだ。

 私たちの、必死の攻防戦は、すべてが勘違いだったなんて!


 涙を拭いながら、私たちは顔を見合わせ、固い握手を交わした。今日この瞬間、私たちは本当の意味で、親友になったのだ。


【アルフレッド視点】

 テラスで、エリアーナとブラウン嬢が、とても楽しそうに笑い合っているのが見え、僕は、そっとエリアーナの隣に歩み寄った。

「話は、終わったかい?」

「アルフレッド様…!」

 ブラウン嬢は「お邪魔虫は退散しますわ」と、にこやかに去っていった。


 二人きりになったテラスで、僕は改めてエリアーナに向き合う。

「もう一度、言わせてほしい」

 僕は彼女の手を取り、その紫の瞳をまっすぐに見つめた。

「君が誰を見ていても、私はずっと、君だけを見ていた。私の隣にいてほしいのは、他の誰でもない。エリアーナ、君なんだ」

 僕の告白に、彼女は目を見開いた後、花が綻ぶように、ふわりと微笑んだ。

 それは、僕が今まで見た中で、一番美しい笑顔だった。

「……はい。喜んで、アルフレッド様の隣に」


【エリアーナ視点】

 私の「推しカプ見守り計画」は、予想だにしない形で幕を閉じた。

「エリアーナ、今日の君も可愛いね」

「!あ、ありがとうございます…!」

 政略の婚約者から、恋人になったアルフレッド様の、遠慮のない甘い言葉に、毎日心臓が持たない。


 まさか、私がヒーローとくっつくなんて。

 悪役令嬢にもならず、ヒロインと親友になり、穏やかに婚約者と結ばれるなんて。

「……本当に、どうしてこうなったのかしら?」

 隣を歩く彼の腕にそっと寄り添いながら、私は誰にも聞こえない声で呟く。

 でも、まあいっか。

 だって、こんなにも幸せなのだから。


【リリエル視点】

 断罪フラグから解放された私は、学園生活を謳歌していた。

 そんなある日、図書館で本を探していると、ふと視線を感じた。見上げると、そこにいたのは、あのパーティーの夜に見かけた、精悍な顔つきの青年騎士だった。

 彼は、少し気まずそうに、しかし真剣な眼差しで私を見ていた。

「…先日のパーティーで、お見かけした。その…もし、迷惑でなければ、君の名前を教えてくれないだろうか」 

 堅物の騎士団長として有名な彼が見せた、初々しい一面。 どうやら、私にも新しい物語が始まりそうな予感がする。


 勘違いから始まった私たちの物語は、それぞれが主役となって、まだ始まったばかりだ。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ