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07 千晃の現状

 時の流れは速い。新しい環境になれるべく悪戦苦闘している千晃にとってはなおさらだ。


 ルキフェルに起こされて支度をし、寮から学園に登校して、授業を受け、寮に帰って課題をし、眠る。その繰り返しで千晃の学園生活は目まぐるしく過ぎていった。


 今日もまた、一日が終わる。千晃はパジャマに着替え、あくびをしながらベッドにもぐりこんだ。ルキフェルは従者用の別室に引っ込んでいる。


 千晃は天井を見上げながら、呟くように唱えた。


「『光よ、しばしの安らぎを』」


 途端に照明が消え、部屋を暗闇が包む。照明のスイッチまで行くのが面倒な千晃は、この生活魔法を習ってから使わない日はなかったほどだ。

 この魔法は、光っているものに消えた状態を付与する、という原理らしい。同級生のカロンにコツを習ったこともあるだろうが、不思議とこの魔法は最初からつつがなく使えたのである。


 あのきらきらしい先輩のカミーユによれば、このような状態を付与する魔法を得意とする者は、持つ色彩が暗い者に多いとのことだ。付与魔法は応用が効きやすく、これを極めれば元の魔法の出力が低くても実生活で困ることはないとも聞き、千晃はこの類の魔法を頑張って練習しているところである。


「……」


 千晃は目を閉じる。思えばこの一か月ほど、本当に色々なことがあった。


 突然異世界に飛ばされて、いきなり出くわした王子フレデリクに曲者と間違われて剣を突き付けられたかと思えば、マレビトだとか魔法がどうとか言われて学園に入学させられて。

 そこで黒髪黒目の千晃はこの世界で蔑まれる対象であると知ったものの、後見であるフレデリクの顔を立てて無難にやって行こうと当初は思っていた。それが落とし物を拾ったことから悪魔ルキフェルと契約してしまい、千晃の平穏な異世界生活の計画は水の泡へ。


「うーん……」


 千晃の脳裏に冷たく微笑むルキフェルの姿が浮かぶ。

 ルキフェルともそれなりの付き合いになった。千晃も最初こそ彼の威圧的な雰囲気に委縮していたけれど、段々彼の存在に慣れてきた。彼はやはり千晃の“ひとりは嫌だ”という願いを叶えるつもりでいるらしく、学園にいる間、そして寮で過ごす間も、彼女の傍を離れたことはない。

 この世界で浮いている千晃にとって、なんだかんだ言いながらも傍にいてくれる人がいることは心の安らぎに繋がっていた。


「ふふ」


 それに、入学当初と違って話せる相手も増えた。


 授業で二人組を組んでくれたカロンはもちろん、あれから教会の大司教ユストに何か言われたのか、司祭であるあの銀髪の青年、エゼキエルも千晃に声を掛けてくることが多くなったのである。

 彼なりに心配もしてくれているのか、何か困ったことはないか、悪魔を退治しなくて大丈夫かと尋ねてくるのだ。千晃は今のところルキフェルとの契約には満足しているので、退治については断っているが、そうした会話を通じて多少の世間話をする程度の仲にもなった。相変わらずルキフェルへの当たりは強いが、ルキフェル自身は歯牙にもかけていない様子なので大丈夫だろう。


 加えて、上級生の知り合いもできた。二年生のカミーユだ。

 あの先輩は、どうやら見た目に似合わず学者気質のようで、千晃の持つ色彩やルキフェルとの契約のことも研究対象としか思っていないらしい。今までにないデータが取れる! と喜んでいた。少々先鋭的に過ぎる変わり者ではあるが、千晃の色彩やルキフェルとの契約を蔑んだり怯えたりする者よりはよほど付き合いやすい。


 千晃の周囲はすっかり賑やかになった。それはこの世界に来てからだけではなく、元の世界のときよりも、ですらある。


「…………」


 春からは一人暮らしだよ、と寄越された部屋。味気ないカップラーメンと、付けっ放しの動画投稿サイト。ろくに連絡も取れない親戚連中と、腫れ物を扱うような同級生たちの目。

 そう、あの頃に比べたら、こちらのほうがよほど――。


「……はあ」


 千晃はため息を吐いた。

 やめだ。こんなことを考えてもしょうがない。夜は物思いに耽ってしまいがちで困る。とっとと寝て、明日に備えるに限るのだ。


 千晃は寝返りを打つと、今度こそ眠りに沈んでいった。




「チアキ」

「わっ!?」


 学園から寮に戻る途中の夕暮れ時。

 突然背後から声を掛けられて千晃は身を揺らした。振り返れば、白銀の煌めきが目に映る。エゼキエルだ。


「驚かせてすまない」

「な、なんだ、エゼキエルか。どうしたの?」


 千晃は飛び跳ねる心臓を押さえながら問うた。


「少々気になることがあってな」


 エゼキエルは真面目な顔でそう言うと、千晃の隣に並ぶルキフェルをちらりと見る。ルキフェルが片眉を上げた。


「お前たちは、いつも共にいるな?」

「? うん」

「そうとも」


 千晃は頷いた。一体何を確かめたいのか知らないが、ルキフェルは契約してから此の方、やむを得ないときを除いて――入浴の際や就寝の際だ――千晃の傍を離れたことがない。


「そして、チアキ。お前は学園から離れていないか」

「え? うーん、ルキフェルと契約したとき以外は、入学してからずっと学園にいたと思うけど」


 あのときはフレデリクに連れられて王宮へと訪れたのだった。

 あのとき以来、フレデリクに呼び出されたことはない。それに休日も、外出申請を出すのが面倒で学園外へ出かけたことはない千晃であった。ものぐさだ。


「……それなら、良い」


 エゼキエルはひとつ頷くと、じっと千晃の目を見つめた。


「ここ最近、学園の周りでアート……魔獣が増えている。今のところ、街の教会が被害を抑えてはいるが、今後どうなるかはわからない。お前も気を付けろ」

「えっ、う、うん」

「それだけだ。ではな」


 エゼキエルは簡潔にそれだけ述べると、踵を返して去っていった。

 千晃はぽかんとしながらその背中を見送る。どうやらわざわざ忠告に来てくれたらしい。厳格な彼であるが、やはり根は優しい人物のようだ。


「魔獣かあ」


 学園の実戦魔法の授業で話は聞くものの、千晃はこの世界に来てから魔獣の姿を見たことがない。だから、実際に生きて動く魔獣がどれほど恐ろしいのかも知らないのである。


 魔獣は悪魔の眷属だとも言われている。千晃は隣のルキフェルを窺った。彼は千晃と目が合うと、いつもと変わりない様子でどこか冷たい笑みを浮かべる。


「学園に迷い込んでこないといいけど」


 千晃は独りごちる。夕暮れの陽の光が、二人の影を長く伸ばしていた。




 翌日、千晃は例のごとくルキフェルに起こされ、身支度をし、寮から学舎までの道のりを歩いていた。

 昨日はエゼキエルに言われたことが気になって眠れず、少し寝不足気味である。千晃があくびをしながら舗装された道を歩いていた、そのときだった。


 突然、ルキフェルが立ち止まって空を見上げる。何事かとそれに倣った千晃は、青空に浮かぶ白い点に気付いた。それはどんどんとその大きさを増していく。――近づいてきている。


「えっ、な、何あれ?」


 ぎょっとした千晃の前に、それは緩やかに停止する。

 それは一見、白い鳥のように見えた。しかし、それは瞬きの間にその身をほどいていく。どうやら正体は鳥の形に折られた紙だったようだ。


 一枚の紙の姿になったそれは千晃の手元に滑り込んでくる。慌てて受け止めると、紙に書かれた文字列が光った。と、同時に見知った声が流れ出す。


『至急、生徒会室へ来られたし』

「わっ」


 淡々とした声音。それは久しく聞いていなかった、第一王子フレデリクの声であった。

本日より一話ずつの投稿になります。

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