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06 華の侯爵令息

「魔法ならば、俺も見せただろうに」


 千晃とルキフェルは食堂にやって来ていた。王立コロル魔法学園は広く、何個か食堂が設置されている。千晃は出されるものが美味しいと噂の第一食堂にいた。


「あれだけの炎を出せるのは俺くらいだぞ。だというのに、契約者はあんな平凡な小僧を褒めそやして」


 千晃はとろとろの卵にデミグラスソースの掛けられた、芳醇な香りを放つオムライスを頼んだ。ルキフェルは何をどうやって出したのか、真っ赤な液体の入ったグラスを片手に千晃に絡んでいる。その液体、人の生き血とかではなかろうな。


「契約者、聞いているのか」

「はいはい、聞いてる聞いてる」

「ならばもっと俺を崇めるべきだ。お前のためにあのちんけな板切れを焼いてやったのだぞ、もう少し――」

「え、私のために?」


 千晃がオムライスに舌鼓を打ちながらルキフェルをからかうと、彼はしかめ面をした。


「……違う。俺のためだ。この世界の物分かりの悪い奴らに、このルキフェルの威容を見せつけるため」

「なーんだ、私のためじゃないじゃん」


 言いながらオムライスを頬張ると、ルキフェルは沈黙した。千晃は気にせず食事を味わう。やはり噂になっていただけあって美味しい。口の中で柔らかく肉がほどけ、コクのあるデミグラスソースがお米と絡まり、優しい味わいを口内に残していく。


 そうして千晃がルキフェルをあしらいながら食事を楽しんでいると、不意に千晃の隣の椅子を引く者がいた。


「失礼、ここ、いいかな」

「あ、どうぞ」


 千晃は反射的に返事をして、ん? と首をかしげた。先の授業ではカロンが声を掛けてくれたといえど、千晃の学園での浮きっぷりは健在である。実際、先ほどまで千晃の周囲の席はがらんとしていた。食堂は広いので、皆彼女の近くを避けて座るのだ。


 それなのに、わざわざ千晃の隣を選んで座るとは物好きな。一体どういう人物なのだろう、と千晃は顔を上げて――目を細めた。


「感謝するよ」


 ま、眩しい。いや、物理的な眩しさではない。何というか……背景が眩しい。何を言っているのか意味がわからないだろうが、千晃にも意味がわからない。こんな人は初めて見た。


「お前、マレビトのチアキだよね? 向かいに座っているのは悪魔のルキフェル」


 気障ったらしく微笑む男子生徒。淡い水色の柔らかそうな髪はふわふわとしていて、白い頬に繊細な影を落としている。長い睫毛の下の垂れ目は空を映したような澄んだ青色で、何が楽しいのかきらきらと輝いていた。


 そして、その背景には花が咲いている。さながら昔の少女漫画のごとく……あれは白百合? それとも薔薇? ああ……訳がわからない、千晃の目はおかしくなってしまったのだろうか。存在しないものが見える。


 そんな眩いオーラを背負った男子生徒に、ルキフェルは眉を寄せて威嚇した。


「気安く呼ぶな、痴れ者め」

「おや、失礼。僕はカミーユ・ド・アンペール。この学園の二年生だ。面白い生徒が入学したと聞いてね」


 カミーユは不機嫌なルキフェルをものともせずに千晃の隣に座った。肝の太い人物である。千晃が唖然としていると、軽い足音が聞こえた。


「カミーユ先輩、待ってください……あ」


 見れば、そこにいたのは緑がかった短髪のカロンであった。どうやら彼はこのきらきらしいカミーユを追いかけてきたようだ。


「カロン。さっきぶりだね」

「そうですね……ええっと……隣座ってもいいですか?」


 カロンは千晃に微笑むと、埋まった席に戸惑ったようにルキフェルに問いかけた。ルキフェルは鷹揚に返す。


「構わない」


 さっきまであれほど文句を言っていたのにこの言いざまである。千晃はルキフェルを半目で見た。ルキフェルはしれっとした顔でグラスを傾ける。

 カロンが千晃のはす向かいに座ると、一気に食卓が賑やかになった。千晃は先輩であるらしいカミーユを窺う。


「えっと、何か私たちにご用ですか?」

「ああ、そうだとも! 用も用、とってもご用さ!」


 カミーユは目を輝かせた。


「お前たちに聞きたいことがあってね。何せ、マレビトも悪魔も、生きていて早々会えるものじゃあない。だからね、ぜひとも僕の研究に協力してほしいんだ」

「はあ」


 どうやらカミーユは好奇心から千晃たちに近づいてきたようである。


「一体何を研究してるんですか?」

「よくぞ聞いてくれた! 僕の研究はね――」


 カミーユは胸を張る。


「神の祝福とは何か、だ!」


 千晃は瞬きをした。そのまま首をかしげる。それは、ずいぶんと抽象的な研究テーマではなかろうか?


「それって、どうやって研究するんですか?」

「地道な調査だよ。チアキくんは知っているかな? この世界では、髪や目の色が淡い者ほど神聖な力を持ち、神に祝福されていると言われている」


 そんなような話は聞いていたので、千晃は頷いた。彼女が皆に避けられる原因ともなっている言説である。


「でも、こうは思わないか? 一体何を以って、神の祝福を受けていると判断したのか」

「それは……やっぱり、魔法の強さなんじゃ」

「ナンセンス!」

「うわっ」


 カミーユの張りのある声に千晃は肩を揺らした。見れば、ルキフェルも目を丸くしている。カロンだけが慣れたように食事を口に運んでいた。


「チアキくん、この言説が支持されるに至るまでに、何千何百万の人々の歴史が積み重なっている――そんな中で、持つ色彩の淡い者と濃く暗い者の違いは何だと思う?」

「えっ? えーと……」

「ふふん、わからないかな? 答えはね、数だよ、数」


 カミーユは得意げに言った。


「持つ色彩がとびぬけて白に近い者の数は少ない、濃く暗い者と同様に……だけれども、ただ淡い色というだけなら、意外と多くいるものなのさ」


 僕とかね、とカミーユは自らの髪をつまむ。


「人間は自分と違うものを嫌う生き物だ。そんな中、排除されるのはいつだって少数者のほう。……しかし、それにしたっておかしなところがある」

「……それで暗い色の人が排除されるのなら、白に近い色を持つ人も排除されないと変だから?」

「その通り!」


 目で尋ねられた千晃がなんとなく思ったことを答えると、カミーユは品よく目を細める。千晃には背景に薔薇が散る幻覚が見えた。


「そこで選択があったはずだ――白と黒。もちろん、神を象徴する色が白で、魔獣に多い色が黒だということは考慮しなければならない。だけれども、そこで関わってくるものがあったはず」

「それが、神の祝福?」

「そうだとも!」


 千晃は首をかしげた。


「神の祝福を与えられたから、魔法が強い。神の祝福を与えられなかったから、魔法が弱い。そんなことはありえない。事実、色彩が暗かろうとも、再現性のある方法で魔法を成長させることは可能だった」


 はっとして千晃はカロンを見た。目が合った彼が困ったように口角を上げる。先の授業でカロンが千晃にしてくれたことだ。


「では、色彩が白に近い者に与えられ、暗い者に与えられないものは何か? 答えは簡単、世間からの称賛の目、魔獣討伐の義務、そして――とある組織からの選抜」

「……あっ」


 千晃は気付いて、嫌な顔をした。


「わかるかい? 髪色が白に近い者は、選ばれるのだ。そして、選ばれた先で特別な修練を積むとされる――僕はね、これこそが神の祝福の正体なのではないかと睨んでいるのだよ」

「な、なるほど~……」


 話がとってもきな臭くなってきた。千晃はルキフェルに助けを求める視線を送ったが、彼は知らん顔して窓の外を眺めている。さっきからかったからって無視しなくてもいいではないか!


「そんな訳だから、僕はね、神の祝福を受けてこの世界にやって来たとされるマレビト、それに神に反逆して祝福を失ったという悪魔についても調査したいのだ! ということでチアキくん、ルキフェル、僕の質問に答えてほしいのだが――」


 ずずいと身を乗り出すカミーユに、千晃は何と答えたものか困り果てた。

 そのとき、天の助けのように次の授業の予鈴が鳴る。


「おっと、もうこんな時間か」

「――カミーユ先輩、もう移動しないと次の授業に遅れてしまいますよ。話を聞くのは次の機会にしたらどうですか」

「それもそうだね。失敬! 邪魔したな、またお前たちの話を聞きに伺わせてもらおう」


 カロンの口添えもあり、カミーユは今日のところは退散することにしたらしい。千晃の口から安堵のため息が漏れる。


 カミーユは食事を終えた皿――なんとあのマシンガンのような話しぶりで食事も同時に平らげたようだ。しかも少しの優雅さも欠かすことない完璧なマナーであった――をまとめて去っていった。


 千晃も食器を片付けようと立ち上がる。そこに、カロンがそっと声を掛けた。


「カミーユ先輩、あんなんだけど、悪い人じゃないんで」

「ああ、うん」


 千晃は曖昧に頷いた。


「一応あの人もアンペール侯爵のご子息なんですけど、知的好奇心が人一倍強くて……」


 千晃は目を瞬かせた。侯爵……とは上から何番目だか忘れたが、要するに貴族の息子、偉い人だということだ。だからあんな口調だったのか、と千晃は得心した。


「まあでも、魔法を教えてくれたり、研究手伝ったらお菓子とかくれたりしますし。チアキも、ちょっと話してみるといいです」


 それじゃあ、とカロンも去っていく。千晃は立ち上がってぐっと伸びをした。


「はあ、休み時間なのになんだか疲れたな」

「違いない」


 グラスをどこかに片付けたルキフェルが、眉間にシワを寄せながら言った。

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