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20 後始末

「実は、カロンの沙汰にフレデリク殿下が口利きをしてね。彼の境遇には情状酌量の余地があるのではないかと」

「殿下が……」

「えええ」


 千晃は目を丸くする。常に淡々として冷静なフレデリクが、まさかそんなことを言うなんて。


「それに、大きな被害も出ていないからね。殿下の口利きもあって、厳重な注意と、今後の監視といった形に収まったんだ」


 カミーユは肩をすくめる。


「それに、元々、グリモワールをその辺にほっぽっていた僕にも責任がある。ひいては、グリモワールを所有していながら持ち出しに気付けなかったアンペール侯爵家にも責はあると」

「う、うわあ……」


 彼女の想像もしなかったところにまで累が及んでいて、千晃は顔をしかめた。


「だから、カロンだけでなく、僕とアンペール侯爵家も責任を取る必要が出てきた訳だ。そこで父上が言い出したのが、アンペール家が今後の彼の監視を引き受けるということでね」

「な、なるほど~」

「それで……」


 千晃とエゼキエルは得心する。


「それでもって、自分の不始末は自分で片を付けろという意味合いもあり、僕が彼の主人になった訳だよ」


 二人は言葉もなく頷いていたが、やがて、エゼキエルが口を開いた。


「カロンがカミーユ先輩の従者になるということは、カロンの学園の生徒としての籍は消されるということですか?」

「あっ」


 千晃ははっとした。確かに、そこは気になるところだ。


「それなんだけどね、結構議論があったみたいなんだけど……最終的には生徒としての籍も置いたままにすることになったんだ。彼は優秀だったし。力の使い方だけ間違えないよう監視しておこうと」

「そうなんだ……!」

「なるほど……。ありがとうございます」


 ほっと表情を緩める千晃に、カロンが複雑そうな顔で言う。


「いいんですか? そんなふうに喜んで。あんな事件を起こしたおれと同級生か、とか、またおれが何か仕出かしたらとか、思わないんですか」

「ええ? うーん、そりゃあ確かにまたあんな事件を起こされたら困っちゃうけど……」


 千晃は口元に手をやった。


「でもそんなことがないように、カミーユ先輩が付いてる訳だし。それよりも、カロンが優秀だって評価されていたことのほうが嬉しいよ。カロンのこれまでの努力が認められたってことだから」

「……あんたはお人好しですね。待ってるだなんて、そんなことを言っていたくらいですし」


 カロンは一歩前に出ると、千晃の手を取った。


「――でもまあ、そう言ってくれるのは、おれとしては嬉しいですけどね。チアキ、あんたは特別だから」


 目を細めるカロンに、千晃はまたそれかと眉を上げた。


「おれはあんたがこの先どうなっていくのかを見たい。最初はただの異色なマレビトだったあんたが、悪魔を召喚して、そして、この先もっと研ぎ澄まされていく様子を。あんたがもっと力を付けて、魔法を自在に操れるようになったら、きっと素敵なものが見られますよ」


 カロンのどこか夢見心地な様子に、千晃を首を横に振った。


「別に、大したものは見られないと思うけど」

「そんなことないです」


 カロンは即座に否定すると、金色の目をとろけさせる。


「おれと一緒に、世界を変えてくれるんですもんね?」

「!」


 千晃は目を見開いた。確かに言った。確かに、それはあのとき千晃がカロンに掛けた言葉だ。


「あんたが言ったことです。約束ですよ、破ったら許さないです。……でも、あんたがおれのことを好意的に思っていてくれるのなら、やっぱり嬉しいです。だって――」


 カロンはうっとりと頬を染めて、言った。


「おれはあんたのことが、好きなんだから」


 一拍。


「はあ!?」

「おや」

「ほう?」


 珍しく大きな声を上げるエゼキエルに、目を丸くするカミーユ。そして、興味深げにこちらを観察するルキフェル。


 そして肝心の千晃はといえば……。


「……え?」


 突然のカロンの告白に、ぽかんと口を開けて呆けていた。




「いけませんね」


 ティーカップがソーサーに置かれる高い音。フレデリクは眉を上げた。


「いけない、とは?」

「おわかりでしょう。今回のこと、王立コロル魔法学園の生徒による事件だったという点ですよ」


 フレデリクは目を伏せ、ティーカップに口をつけた。


「本当に悲しいことです。学園の生徒という前途ある若者が、このような蛮行を働くなんて」

「……」

「教皇聖下は憂慮しておられます。これも、学園の監督不行き届きによるものではないか、と」


 瞼を持ち上げる。視界の先、向かい合う人物は穏やかに微笑んでいる。


「然るべきところに、然るべき処置を与える。それが、我らの望むところです」


 フレデリクはひとつため息を吐いた。


「既に然るべき処置は取られている。件の生徒には侯爵家の監視が付いた。生徒も監視という罰を受け、侯爵家もその責を負っている。これ以上何が不満であるというのか」


 柔らかい笑い声が上がる。


「何も、既に下された沙汰に不満があるという訳ではありませんとも。ええ、もちろんです」

「であるならば、何と?」


 フレデリクは口角を上げた。


「まさか、これ以外に責を問いたい相手がいるのでもあるまい」

「ふふ。ええ、そうですね。その通りです」


 相手もおっとりと目を細める。


「私はただ、一度、現状を見直す必要があるのではないかと申し上げたいだけです。事件が起こったというのに現状維持では、問題の根本的解決には繋がりません」

「……ああ。そうだな」


 しばし沈黙が降りた。フレデリクは目をすがめる。


「君たちの言い分は覚えておこう。――退出するがいい」

「ええ。よろしくお願いいたします」


 相手が部屋を出て行き、ドアがゆっくりと閉まる。フレデリクは腕を組んだ。


「さて……」


 まだまだやるべきことは山積している。フレデリクは目を閉じると、長く息を吐いた。


「まずは、近いパーティーだな」


 瞼を持ち上げる。その視界に未来を見据えて、フレデリクは動き出した。




 寮の自室。赤い瞳がつんとそっぽを向いている。


「ルキフェル」

「……」

「ルキフェル?」

「……」


 千晃は肩をすくめた。


「ちょっと、なんで拗ねてるの」

「……」

「ねえ~」


 沈黙を貫くルキフェルに、千晃は彼の腕を掴んで揺さぶる。ルキフェルはされるがままだが、頑なに口をつぐんでいる。


「何が気に食わないの。事件のとき怪我したこと? それとも――」

「それは済んだことだ」


 ようやく口を開いたかと思えば、ルキフェルは高慢に千晃を見下ろした。千晃の言葉が気に入らないようだ。


「わからないのか? 契約者」

「わかんないよ。降参!」


 だから教えて、とルキフェルを見上げる千晃に、彼は大きなため息を吐いた。


「お前が言ったのだろう。あれこれ目移りせずに、お前の魂だけを狙っているといい、と」

「? ああ、言ったね」


 首を傾げる千晃を、ルキフェルはじっとりと睨む。


「その割に、お前はあれこれ目移りしているようだ。それはフェアじゃないのではないか?」

「目移り?」


 千晃はぽかんと口を開ける。全く心当たりがないです、と言いたげなその態度に、ルキフェルは眉を寄せる。


「ずいぶんと多情なのだな。その割に忘れっぽい。そのような振る舞いを人は軽薄と呼ぶのだろう」

「ええ?」


 千晃は困惑した。どうやら己はなじられているらしい。だが、その原因が全くわからない。そんな彼女の様子を見て、ルキフェルは口角を下げる。


「ある者には自分に頼れ、自分が傍にいることを忘れるなと言い。ある者には、一緒に世界を変えよう、待っているから、と言う。これを軽薄と言わず何と言う?」


 千晃は目を瞬かせる。確かにその言葉には聞き覚えがあった。彼女がエゼキエルとカロンに掛けた言葉であろう。だが、それの何が問題だというのだ。


「だって、友達だから。わかるでしょ? こっちに来てから仲良くしてくれる人が少ないの。数少ない友達は大事にしたい――」

「その友達とやらの一人には好きだと言われていたようだが。ん? これをどう説明するんだ」

「どう説明するんだって言われても……」


 ルキフェルは首を横に振った。


「しかも、お前はその言葉にどうとも答えなかっただろう。期待を持たせてどうする。俺の契約者なのだから、他の人間に渡す時間はないのだ。きっぱり断るのが礼儀というものではないか」

「い、色々ツッコミどころはあるけど。カロンは別に、好きだからどうこうしてくださいとか言った訳じゃないじゃん。それじゃあ断りようもないし、あまりに突然すぎたし、というか、ルキフェルの契約者だからってどういうこと」

「お前の魂は俺のものなのだから、お前の時間も、お前の感情も、全て俺のものと決まっている」

「ええ……」


 千晃は呆れた。とんだジャイアン理論だ。千晃の時間も、千晃の感情も、全て千晃のものであるというのに。


 ルキフェルはまるで彼女が浮気でもしたかのように冷たい瞳で千晃を睥睨している。千晃はどう宥めたものかと頭を捻った。


「ルキフェル」

「……」


 千晃は背伸びをしてルキフェルの肩に手を置き、彼と目を合わせた。


「ねえ、どんなふうに言おうと、これだけは確実でしょ。――私が魂をあげるのは、ルキフェルなんだよ」

「……」

「最終的に私という存在を手にするのは、ルキフェルなんだから。私が何を言おうと、どんなふうに振る舞おうと、その事実は覆らない。そうだよね」


 ルキフェルは思案気に目を細めている。


「私たちは契約という太い鎖でお互いに繋がれている。その鎖の伸びる分、どこに行こうと、最終的にはお互いから離れられない」


千晃は囁いた。


「それに……誰よりも私の傍にいるのはあなた。そして、私が――ずっと待っていたのも、ルキフェル、あなただよ。……それじゃ駄目?」


 ちょっと苦しい言い訳だったかな、と思いながら千晃は背伸びしていた爪先を戻そうとした。その瞬間、ルキフェルの腕が千晃の腰に回る。


「わっ」

「……いいだろう」


 バランスを崩した千晃の体を抱きとめて、ルキフェルは笑った。


「騙されておいてやる。契約者、忘れるな。お前は……俺のものなのだから」


 魂は、ね。

 千晃はそう思ったが、せっかく直ったらしいルキフェルの機嫌を損ねたくなかったので黙っておいた。

これにて第一部完結です!

次回から第二部開始の予定ですが、開始まで一~二週間ほどお休みをいただきます。


「面白かった!」「続きが気になる!」と思いましたら、

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白ければ星5つ、つまらなかったら星1つ、正直なお気持ちで大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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