15 アートルム
「……そうです。おれが犯人ですよ」
静寂を打ち破って紡がれた言葉に、千晃は目を見開く。
「そ、そんな……」
「おれがアートルムを召喚しました。騒ぎを起こすためにです」
千晃は言葉を失った。ルキフェルが愉しげに口角をつり上げる。
「お察しの通り、おれはカミーユ先輩の部屋でグリモワールを見ました。先輩が席を外している隙にアートルムのシジルを書き写して、そして何食わぬ顔で帰ったんです。……これで、と思いました。これでようやく、復讐ができると」
「……復讐?」
千晃は眉を寄せたが、カロンは気にすることなく言葉を続ける。
「そして、おれは街に出て、こっそりナイフで腕を切りました。流した血を代償に、アートルムを召喚したんです」
どうやら彼の犯行で間違いはないらしい。千晃は頭を押さえた。
「で、でも、一体どうして。それに復讐ってどういうこと?」
「……」
カロンは黙っている。千晃はどうしたものかと、助けを求めてエゼキエルに視線をやった。エゼキエルは変わらず厳しい顔をしていたが、やがてそっと口を開く。
「それは……お前の髪の色と関係していることか」
「……」
「?」
千晃は首を傾げた。カロンを見やる。木漏れ日を受けて煌めく彼の髪の色は、緑がかった暗い色だ。ともすれば黒髪にさえ見えるような……。そこまで考えて、千晃ははっとした。
「もしかして、髪が黒に近い色だから、ってこと……?」
「…………」
カロンは俯き黙り込んだままだ。しかし、ちらりと覗く目が心なしか憎々しげに歪んで見える。千晃はまさか、と思った。
「この国では……髪や目の色は白に近いほど、神に祝福されていると言われている。反対に、黒に近ければ近いほど――」
「神から遠いとして、蔑まれる……」
千晃はエゼキエルの言葉の続きを補った。この世界特有のこの風潮は、黒髪黒目の千晃自身がその身で味わったものである。
そう言われてみれば、確かに千晃もカロンの髪色は珍しいと思ったのだ。千晃ほど真っ黒ではないにしても、ここまで暗い色の人はこちらに来てから見たことがなかった。やはり、カロンの髪色はこちらでは珍しいものだったのだ。
「……だが、それはあくまで俗説だ。主は、あまねく全ての人に祝福を与えられる。どのような色彩を持っていようとも――」
「――嘘を吐くな」
鋭い声がエゼキエルの言葉を遮った。顔を上げたカロンが、目をつり上げてエゼキエルをねめつけている。
「神の祝福? くだらない。あんたら教会こそ、その言説を広めているくせに」
「何?」
「あんな迷信なんかのせいで、おれは家族に捨てられたんだ。あんな……教会の連中があんな噂を流さなければ、母さんや父さんだって……!!」
「!」
千晃は息を呑んだ。一体何が起こったのか、カロンの言葉から何となく推測できてしまったからだ。
エゼキエルは一層険しい顔になった。
「……聞いたことがある。心ない者たちの噂だと思っていたが──カロン、お前は孤児院からここに入学したと」
カロンは顔を歪める。
「はん、あんな場所、こっちだって御免ですよ。おれを疎んでごちゃごちゃ言いがかりをつけてくるガキども……おれを遠ざけておきながら、良い子でいるよう押し付ける職員……うんざりです」
どうやらカロンは、その髪の色のせいで孤児院で疎まれていたようだ。
「だから、この学園に来たんです。おれは孤児院から早く出たかったし、孤児院側だっておれを早く追い出したかった。その点、寮制のこの学園はちょうど良かったんですよ」
吐き捨てるように言うカロン。
「でも……ここも変わらなかった。馬鹿の一つ覚えみたいに淡い色を信仰する生徒たち。学園は教会の教えを鵜呑みにするやつらだらけ。おまけに――」
彼の中にも、環境が変われば、もしかしたら……という思いがあったのかもしれない。千晃は眉を下げた。
カロンは黙り込んでいたエゼキエルをぎろりと睨む。
「教会で頭角を現す、あんたの存在。……馬鹿げてる。片や髪の色のせいで家族に見捨てられ、片や髪の色で讃えられ教会に引き取られ、今や若きエース扱い。――たかが、髪の色ごときで!」
「カロン……」
千晃は思わずカロンの名を呼んでいた。
「だから、思ったんです。グリモワールを見つけたあのとき……これがあれば、ってね。それで、おれはアートルムを召喚しました」
「……だから、教会の近くや、教会所属の人が近くにいるときにアートルムを召喚したの?」
学園外で起きた事件のときは、教会の手によってアートルムは退治されている。学園の中ではエゼキエルが。わざわざ教会関係者の近くで事件が発生していたのはこのためだったようだ。
「そうです。これを続けていれば、教会関係者の周りにはアートルムが出るって噂になる。そうすれば、今度は忌避されるのは教会のほうだ。身から出た錆だ、少しは同じ苦しみを味わえばいいってね」
カロンはせせら笑った。しかし、ふと笑みを引っ込めて真顔になる。
「でも、それも失敗したようですがね。チアキ――あんたのおかげで」
「!」
水を向けられて、千晃は肩を跳ねさせた。
「チアキ、あんたは特別だ。その真っ黒な髪と目……この世界で忌避される性質を持ちながら、あんたは悪魔を召喚できるほどの魔力を持っている。魔法だって、最初はへっぽこでしたけど、ちゃんと意識すれば悪くない。きちんと教えを受けたら、きっと、あんたは伸びるはずだ――そして、いずれはあんたの時代が来ます。淡い色彩がどうとか嘯いてた連中の鼻を明かせますよ」
カロンはうっとりと言った。千晃は困惑する。
「え、いや……」
「まあ、今やったって悪くないですけどね」
「え?」
「簡単な話です。あんたの悪魔に命じればいい。――この世界をめちゃくちゃにしてくれってね」
「!?」
千晃は仰け反った。彼女にはそんなつもりがなかったからだ。
「そ、そんなこと」
「ねえ、思いませんか? チアキ。おれの境遇を聞いて、もしかしたら……って。もしあんたが元々この世界に生まれていたら、おれと同じような人生を送ったかもしれない。もし何かが違っていたら、ルキフェルと契約していなかったら……あんたはこの世界を許せていたでしょうか」
「……っ」
千晃は怯んだ。
確かに、ルキフェルと契約していなかった頃、この世界に来たばかりの千晃は正真正銘独りだった。後見だというフレデリクは何を考えているのかわからないし、学園では黒髪だアートルムだと疎まれ、避けられていた。もしその状態がずっと続いていたら? 彼女も世界を憎むようになっていたかもしれない。千晃はぞっとした。
「チアキ――」
「一緒にこの世界を壊してやりましょうよ、チアキ。別に悪いことをしているんじゃない、間違っているのを正すだけです。何も怖いことはないですよ」
気遣わしげにこちらを窺うエゼキエルの呼びかけを遮って、カロンは千晃に手を差し伸べた。
「ねえ、おれの手を取って」
「わ、私は――」
千晃は助けを求めるように周囲を見回した。エゼキエルは険しい顔をしている。千晃と目が合うと、ゆっくり首を横に振った。
「チアキ、惑わされてはいけない。いくらこの世界に問題があるとしても……正すのは、悪魔やアートルムの手ではなく、人の手でなければ」
「うん……」
そのまま隣にいるルキフェルに視線を移せば、彼は変わらず愉しげに笑みを浮かべている。そして、千晃を見て言った。
「さあ、契約者。お前は一体どうしたい?」




