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とある元夫婦による奇妙な関係の幕開け

作者: 森永ダリオ

pixiv様主催の『執筆応援プロジェクト~帰ってきたあの人~』に参加する為に書き下ろした作品です。

より多くの方達に読んで頂きたいと思いこちらにも掲載する事にしました。

それではごゆっくりどうぞ・・・。

「独りの時間を優先しよう。」


その言葉に合意する形で俺、谷口省吾は妻である香純と夫婦としての関係にピリオドを打った。

広告代理店に勤務する俺は取引先である化粧品メーカーの広報部に勤務する彼女と両社共同のプロジェクトを通じて出会う。

次第に気心知れた仲になると自然に交際へと発展していき数年後に結婚。

それから、大きな喧嘩も無ければ、お互いに対しての不満を抱える事無く平穏な夫婦生活を送っていた筈なのだが、人生何処で何が起こるか分からない。

こんな紙切れ一枚で夫婦という関係を解消してしまうのだから、まるで自分達を自分達で否定している様な気分に陥ってしまう。

ちなみに、俺達の間に子供は産まれなかった。

子供が居ればまだ違う結果になっていたかも知れないが、今となってはそんな事は全く持ってどうでも良い事となってしまった。


それから何年経つのだろう。

俺は相変わらず彼女と暮らしていたこの部屋で文字通り『独りの時間』を優先した生活を送っている。

仕事が終われば、誰が待っている訳でも無いのに真っ直ぐ帰宅し、最寄りのスーパーで購入した見切り品の総菜を夕飯として食べた後は、読書や動画サイトを観覧。

そして、22時が近付いてきた頃にシャワーを浴び就寝。

翌朝の起床後は菓子パンと珈琲を朝食として胃の中に入れ、身支度をして会社に向かうという毎日を送っている。


今日までこの生活に対してネガティブな感情は一切抱いた事が無い。

これは決して負け惜しみではなく俺自身、本心で言っているのだ。

だが、ポジティブな感情も一切抱いた事が無い。

矛盾している様だが、本当のところ俺が一番分からないのだ。

言ってしまえば、意味も無くただ毎日を何も考えず過ごしているのだろう。

その証拠にさっきまで読書に勤しんでいたはずなのに気が付けば同じページを開いたまま、電池が切れた玩具の様に椅子に座ったまま放心状態になっている。


「はぁ・・・。」


溜め息を一つ着くとしおり代わりにスーパーのレシートを挟め、文庫本をパタンと閉じ机の上に置いた。

そして、恐らく間抜け面をぶら下げているのであろう俺は先程の様に今度は自分の意志で放心状態になる為、休日の夕方であるこの時間を暫く無駄に過ごす事にする。


『ピンポーン!』

玄関から呼び鈴が聞こえる。

「(amazonで注文した日用品が届いたのだろう・・・。)」

宅配業者が荷物を持って来たと予想した俺は玄関のドアを開けると一瞬、思考が停止してしまう程の出来事が起こるのだった。


「省吾くん、元気だった?」


目の前で微笑を浮かべそう尋ねる人物は恋人としての関係から夫婦としての関係になり、俺の妻としてこの部屋で衣食住を共にした香純であった。

元々の苗字である天野姓に改めてからは彼女からかけて来た電話にてやり取りをする程度でそれ以外は俺から連絡する事も無ければましてや直接会う事も無かった。


「香純・・・。どうしたんだい?急に来るから驚いたよ・・・。」


突然の訪問に驚くあまり気の利いた事が言えない俺を見ての事なのだろうか、彼女は我慢しきれなくなったかの様にクスクスと笑う。


「私も来るつもりは無かったんだけど、気が付いたら買い物して此処に来てたんだ・・・。」

「気が付いたらって・・・。買い物までして・・・。」

「それに、連絡入れたとしても省吾くん、気付かないフリして出ないでしょ?」


彼女がこの部屋に突然帰って来た・・・。

基、突然やって来た上にかなり無理の有る言い分を述べる事に対し疑問を感じずには居られなかったが、続け様にして問い掛けて来たその言葉に俺は図星を付かれた気分になった。


「取り敢えず、上がりなよ。」


相手のペースに飲まれつつある事を自覚しながらも折角来た彼女を帰す訳にもいかなくなった俺は観念したかの様にそのまま部屋に上げるのだった。


「私が出て行った時とあんまりレイアウト変わってないんだね?」

「ああ・・・。」

「それに掃除もきちんとしているし・・・。」

「ああ・・・。」

「あ、私が使っていたコップも残してくれてるんだね?」

「ああ・・・。」

そんな当たり障りの無い会話をした後、彼女は徐に台所の収納スペースに手をかけ調理器具を取り出した。

恐らく、食事を作ってくれようとしているのだろう。


「(どういう風の吹き回しなのだろうか?)」


そんな疑問が湧いて来た俺は今まさに調理に取り掛かろうとしている彼女を呼び止める形で質問を投げかけた。


「なぁ、香純。君はどうして今日、此処に来たんだい?」

「言ったじゃない。気が付いたら買い物をして此処に来たって・・・。」

「まぁ、確かに君はさっきそう言ったけど、まるで俺の事をはぐらかしている様に思えるんだけど・・・。」

「省吾くん、話は後にしましょう?今からご飯作るんだから・・・。」


そう言うと彼女はシステムキッチンの引き戸から探し出すかの様にして調理器具を取り出し始めた。

宛ら母親に窘められた聞き分けの無い子供の様な心境になった俺は口を巾着袋の様につむぐとこの時間をやり過ごす為机の上に置いた文庫本に手を取り読書の続きをする事にした。


数分後。

短時間で三品程の副菜を調理した彼女はそれらを皿に盛りキッチンへとやって来た。


「ねぇ、今もお酒飲んでるの?」

「いや、今は飲んでいない。酒はもう止めたんだ。」

「へぇ、そうなんだ?実は私も止めたんだ。」


何気無い会話で互いに酒を断った事実を知るも、彼女はこの話題についてそれ以上特に触れる事無く、レジ袋に入っていたパックご飯を二人分取り出し電子レンジで加熱すると茶碗に盛った。


「はい、お待たせ!」

「ありがとう・・・。」


此方に対し両手で茶碗を差し出す彼女に対しどの様に反応して良いか分からずいた俺だったが、恥ずかしそうにしながらも一先ず一言お礼を言いながら受け取ると彼女が着席したタイミングで手を合わせると、

「いただきます!」

と、声を揃えた。


「(何年ぶりだろうか、声を揃えて食事の前の挨拶をするのは・・・。)」


不思議と懐かしい感情を覚えるそんな事を思う俺は久々に温かい手料理を口にするのだった。


食事をしながら互いの近況報告等を中心とした話をする。

彼女は先日、自分が企画したプレゼンが大成功を収めた様で、仕事も人間関係も良好でかなり充実した毎日を送っているらしくはつらつとした表情で俺に語り掛けている。


それに比べ、会社での俺の話など改めてこの場で話す様な代物では無い。

始業時間になれば仕事を始め、終業時間になれば仕事を終わらせ帰宅。

そして、月に数回程は残業をするという毎日を繰り返しているのに他ならないのだから。


しかし、折角『元』自宅である『現』俺の自宅に『元』妻である香純が(突然ではある物の)来ているというのにそんな話をしようものなら場が白け兼ねないので、「まずまずだよ。」とお茶を濁す様に言うと彼女が来た理由を聞く事を思い出し、真意を尋ねる為こちらから切り出す。


「ねぇ・・・。」

「あぁ、今日此処に来た理由でしょ?」

見透かされていた様だ。

まぁ、一度聞こうとしたのだから無理も無いかも知れないが。


「うん。そろそろ本当の事を教えてくれないか?」

「そう言われても・・・。本当に理由が無くて困っているのよね。」

難しい顔をしながらそう答える彼女に嘘を付いている素振りは見られなかった。

恐らく本当に意思とは無関係にこの部屋に帰ってきてしまった様だ。


「そうか・・・。悪かったね、変な事を聞いて・・・。」

「良いのよ、別に。」

俺はこの時、理由は分からないが後ろめたさに似た気持ちを覚えてしまい、別の話題にするべく普段動かさずにいてだれ切った有様になっている脳味噌を精一杯回転させた。

しかし、そんな苦労も結果的に必要無いらしく、今度は彼女の方から俺に対して質問を投げかけた。


「それよりどう?誰か良い人見付かった?」

「良い人?」

何か確信に触れたいのか、真相を探りたい俺は彼女の質問に対しわざととぼけたフリをする。


「決まってるでしょ?『ガールフレンド』よ。省吾くん程の人ならそんな人、幾らでもいるでしょ?」

「ははは。いやぁ、居ないよそんな人。それに君と別れる時言ったじゃないか?『独りの時間を優先したい』って。」

僅かに警戒しながらも苦笑いしつつ彼女の質問に正直に答える。


「そう・・・。」

「それより香純の方こそ居ないのかい?『ボーイフレンド』。君程、仕事が出来て器量の良い子を男が放っておく訳ないだろう?」


彼女が隙を作った様に見えた俺はこれ以上探りを入れられたくないという思いも有り、気分を害さない事を心掛けつつ同様の質問をしてみる事にする。


「ふふふ。ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。」

「いやぁ、別にお世辞を言った訳では・・・。」


お世辞と捉えた彼女は目を細めながら笑うとこちらに礼を言った。

それに対し俺は飽くまでも本心で言ったに過ぎないという意味を込めフォローすると少し間を空けた後、彼女は続けた。


「もう私みたいなおばさんなんて、誰も相手にしてくれないわ。同期の男の子達も殆ど、結婚しちゃってるし。それに私も『独りの時間』したいって気持ちに変わりは無いわ。」

そう言うと彼女は此方に対し微笑みながら話すも、その表情に何処か淋しさを感じずにはいられなかった。


「今日は泊っていくのかい?」

「いいえ、あなたの迷惑になるから帰るわ。」


再び調理スペースに立った彼女は2人分の食器を洗いながら俺の質問に淡々と答えた。

彼女の口から『帰る』と聞いた時、変な話だが正直安心した。

何故なら、俺達はもう既に『夫婦』では無く、何でも無いただの『男』と『女』という関係に他ならないのだから。

もし仮に彼女が『泊まる』と答えたのならば、『独り』で居る事に慣れてしまった俺は様々な事を考え過ぎるあまりろくに眠れないまま朝を迎える羽目になっていただろう。


俺は心の中で今夜も何時も通り平穏に眠りに就く事が出来ると確信していると不意に先程彼女がふと見せた何処か淋しさを秘めた笑顔を思い出した。

すると自分自身、一体何を思ったのか彼女に対し何か提案するかの様な口調で話しかけた。


「俺達さぁ・・・。」

「止めましょうよ、『復縁』なんて。省吾くん、そんな事望んでないでしょ?」


「(言うんじゃなかった・・・。)」

勘の良い彼女は瞬時にそれを否定すると俺は猛烈に後悔した。

だが、それは彼女によって却下されたからではない。

『復縁したい』等思ってもいないのにそんな提案をしてしまった事と何故それを言葉にして伝えようとしたのかという事、そして彼女の気持ちを無視する様な真似をしてしまったという事に対してだ。

俺はこんな一面が有る自分にほとほと呆れつつも顔を歪ませながら溜め息をせずにはいられなかった。


「でもその代わり、たまにこうして一緒の時間を過ごしましょう。ね?」

「あ、あぁ。」

そんな俺の心境を察したのか彼女から妥協案の様な提案をされ、俺は曇った気持ちを抑えつつ返事をした。

しかし、心の中にかかった雨雲は一向に晴れる事無く寧ろその色をより濃い物にして光を遮っている様に思えてならない俺は終始、主導権を彼女が握ったままでいる状況に気付いた。

そして再びフラストレーションの坩堝にこの身を置くと彼女から目を背けると暫くの間、屍の様に時を過ごすのであった。


時刻は21時に近付こうとした頃。

自分が住むアパートの部屋へ帰宅する彼女を見送る為、玄関前まで移動する。


「今日はありがとう。久しぶりに君の手料理を食べたけど、やっぱり美味しかったよ。」

「本当?嬉しい。」


数分前に自らが犯してしまった失敗を受け、今度は当たり障りの無い発言をする様に心掛ける俺。

だが、本当にこのままで良いのだろうか。

唐突に自分自身へこんな疑問をぶつける俺は覚悟を決めると彼女に対し本当に伝えたい想いを言葉にする事にした。


「あの・・・。」

「なに・・・?」


しかし、いざ伝えようとするも怖気付いてしまったのか、何者かに口を塞がれたかの如く言葉が出て来なくなってしまった。

いい歳をして全く持って情けない。

そんな自分へ苛立ちを覚えた俺は決心が付いたのか、改めて彼女に向け想いを述べる。


「俺達、もう既に『夫婦』でも無いし、『恋人』に戻った訳でも無い。ましてや『友達』と呼べる様な関係なのかも分からないところだけど、俺としては香純さえ良ければこの関係のままで居させて欲しいんだ。」


彼女は微笑を浮かべつつ少しだけ右に首を傾けながら此方の話を理解しようとしている様で、その気持ちに応えるべく俺は続ける。


「『独りの時間を優先したい』って言った割には矛盾しているという事は勿論、分かっている。

だけど、今日突然君が来て正直驚いたけど、久しぶりに夕食を共にして気付かない内に『心地良さ』みたいな物を感じている自分が居たんだ。

だから、今後は互いに『独りの時間』というのを優先しつつ君とはどのカテゴリーにも当てはまらない関係を築いていきたいと思うんだ。」


一字一句残さない様に懸命に伝えようとする俺の言葉を彼女は真剣ながらも優しい表情で聞いていた。

しかし、そんな彼女の表情が想定していた物とは違っていた事実に俺は少しうろたえてしまった。


「あ、すまない。変な事を言った様だね・・・。」

「いいえ。省吾くんの言いたい事はちゃんと伝わったわ。私の方こそ、省吾くんさえ良ければこの関係のままで居させて欲しいなって思ってたの・・・。」


「(何年ぶりだろうか、彼女のこんな笑顔を見るのは・・・。)」

俺の告白を受け、彼女は恋人同士だった頃に見せていた笑顔を浮かべると俺は意図せず『はっ』としながらもそんな事を思ってしまう。


「そうか・・・。」

「ええ。そうよ。」

自分の意識を素早くこちらに戻した俺はこの場に相応しい気の利いた言葉が思い付かず、取り敢えずそれらしい返事をするとまるで満たされた様な印象を受ける彼女はその余韻を纏ったまま玄関のドアを開けた。


「なぁ、今度来る時は連絡してよ。」

「えぇ。でもその代わりちゃんと電話に出てよ?」

「あぁ、勿論だよ。約束する。」

「うん。約束だよ。」


そんな約束を交わし彼女は嘗ての住居を後にし、現在の住居へと帰って行った。

再び独りだけになった俺はシャワーを浴びると眠りに就く為、布団に中に入り心の中で秘かに我々元夫婦による奇妙な関係が幕を開けた様に思うと結果としてロクに眠れないまま朝を迎える事となったのであった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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