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8. 公爵家から抜け出して

 



(……え? 嘘でしょう!?)


 邸を抜け出して逃亡を図ろうとした私。

 しかし、その逃亡劇はあまりにも簡単すぎて驚きが隠せなかった。


────



 よし、行くわよ!

 そう覚悟を決めてそっと物置部屋を抜け出し廊下に出てみる。

 しかし、廊下に人の気配は全く無かった。


「ちょっと待って……? びっくりするぐらい警備も人も手薄なんだけど……」


 領地について行った使用人が多くいるにしても、さすがにこれはおかしい。

 びっくりするぐらい人がいなさすぎる。


(まさか皆、サボっているの?)


 叔父も叔母もお嬢様もいないことから、完全に気が抜けているのかもしれない。


「……つまり、今ここで働いている使用人たちは、仕えている家……今のサスビリティ公爵家に対する忠誠心なんか持ち合わせていないということ?」


 主人が留守の間のこの家は自分達がしっかり守るんだ!

 そんな気持ちがまるで感じられない。

 昔、ここで働いていて私たちに仕えてくれていた使用人たちとは雲泥の差。

 あの頃の使用人たちは、私たちが領地に行っている間もしっかり仕事して管理してくれていたはずだ。


 ──お任せ下さい! 旦那様たちが留守の間は我々がしっかりこの家を守ります!


(あんなに誇らしげに働いてくれる人たちばかりだったのに)


 自分達の欲望の為に叔父夫婦は全て理不尽な理由を突き付けて彼らを解雇した。

 私はそのことが今も許せない。


「……この様子ならお嬢様……いえ、ドリーが戻って来るまで私が抜け出したことにも気付かれないのではないかしら?」


 そもそもドリーは私のことを目の敵にしている侍女は全て連れて行っている。

 残っているのは私に無関心か、仕事上全く関わらない使用人だけ。


「……本当に分かりやすいわよね」


 ウキウキしながら今回出かける為の荷物の準備をさせていたドリーは、私に向かって勝ち誇ったような顔で言った。


『残念だけど~、あんたは連れて行けないわ。私はあんた以外の皆とゆ~~っくり観光して楽しんでくるわね。ふふふふ、どう? 羨ましいでしょう?』

『お嬢様、ありがとうございます! 嬉しいです』

『楽しみですね! やっぱり日頃の行いって大事なんですね~』


 ドリーのその言葉に侍女達ははしゃいでいた。

 もちろん、一緒に私をバカにするのも忘れない。


『そうね、ふふふ、皆もどうか楽しんで頂戴ね? ふふふ』



「ドリー……ものすごい勝ち誇った顔をしていたわ」


 まさか私が心の中で“抜け出すチャンスをありがとう”と思っていたなんて夢にも思ってないだろう。

 悔しさ? そんなものは全く感じなかった。

 私の頭の中は“チャンスだわ”

 ただ、それだけ。


 そんな事を思い出しながら私は拍子抜けする程の簡単さと早さで、あっさりと邸を抜け出す事に成功した。


(門番すら仕事してないとかどうなの? ……門壁乗り越えるくらいの覚悟だったのに……)


 こんなのもはや、笑うしかなかった。

 でも、おかげで私は堂々と門から外に出ることが出来た。


「……」


 そして、道に出てから数歩進んだ所でそっと振り返る。

 

「……お父様、お母様……」


 両親と過ごした思い出がたくさんつまった家。

 虐げられた辛い記憶の多い場所にもなってしまったけれど、至る所にまだまだ両親との思い出が残っている。


(泣くものですか!)


 私は涙を堪えてギュッと拳を強く握る。


(───ここにはもう戻らない)


 今度は連れ戻されるつもりなんか絶対にないから。

 だけど、もしも……もしも再び私がここに戻る時があるとするならば。

 その時は…………


「───あの人たちから奪われた物を全て取り返した時よ」


 それだけ呟いた私は前を向いて歩き出した。



───



「静かね、そして真っ暗……」


 昔、抜け出した時は昼間だったから、全然違う。

 夜は闇に紛れられるけれど、その分危険も多い。

 女性が夜に一人で歩く事がどれだけ危険なのかはもちろん分かっている。


「でも、こんなに拍子抜けする程、簡単に抜けられるのなら逃亡は昼間でも良かった気がするわね……」


 思わず苦笑した。

 計画を練った時間を返してよ、と思いたくなったけれど、とにかく今はこのまま突き進むしかない。


「とりあえず、今晩は予定通り森で過ごす! 夜が明けて明るくなったら街に移動する。これは変えないわ」


 公爵邸を出て少し歩くと、そこには大きな森が広がっている。

 お金の節約をしなくてはならない私は今夜は最初からその森で野宿するつもりでいた。


(小さい頃は何度も遊びに来ていた森だもの!)


 入口から真っ直ぐ進んでいくと、そんなに奥までいかなくても開けた場所がある。

 そこまでなら危険も少ないので、今夜の寝床にちょうどいいはず。


「寝心地なんて関係ないわ。どうせ眠ることなんて出来そうにないし」


 そう言いながら、私はそっと森へと足を踏み入れた。

 森の中に踏み入った後、思った通りの場所に出た私はそっと木の麓に腰を下ろした。

 そこで、これからの事を考えようと思ったけれど、緊張疲れからかウトウトし始めてしまった。


(───きっと眠れない、そう思ったのに……)



────……



『……!? ねえ、大丈夫!?』

『……』


 その日、お父様にくっついて王宮を訪ねていた私。

 お父様が仕事をしている間、遊んで過ごすために向かった庭園で苦しそうに蹲っている男の子を発見した。


『苦しいの!? 誰か呼ぶ??』

『……』


 慌てて駆け寄って声をかけるけど、その男の子は苦しそうに呻くばかり。


『どうしよう……とにかく人を、人を呼ばなくちゃ』

『…………っ』


 私がそう言って誰かを呼びに行こうとした時、男の子の手ががしっと私の腕を掴んだ。

 その子が必死に首を横に振る。


『大、丈夫……だ。だ、れも呼ぶな……ケホッゴホッ……』


 全然、大丈夫そうじゃない顔色と声でその子は私を止めてくる。


『でも、全然大丈夫そうじゃないわよ?』

『い……から。少し休めば……よくなる……慣れて、る……ケホッ』

『……』


 そうまでして、人を呼ばれたくないなんて……本当にいいのかしら?

 そう思ったけれどここはその男の子の言うことに従う事にした。


『じゃあ、私が背中をさすってあげるわ!』

『……せ、なかを?』

『そうよ! 私が苦しんでいる時にお母様がよくしてくれるのよ! これ凄い効くんだから!』


 私のお母様はすごいのよ、と胸を張る。

 でも、男の子は怪訝そう。


『ケホッ……そんなことでよくなるとか……ゴホッゴホッ』

『ああ、もう! ほら!』


 そう言って私はいつもお母様がしてくれるみたいに、男の子の背中をさすってあげた。

 それからもしばらくの間、男の子は苦しそうに咳をしていたけれど……


『…………あれ?』

『どうかしたの? 大丈夫?』

『……さっきより、苦しくない……』

『ふふ! ほらね? 効いたでしょう!』


 私が得意そうに笑うと男の子が驚いた顔で私を見る。


『き……君、はだれ?』

『私? 私はローラよ』

『え?』


 私は本名の“ドロレス”よりも“ローラ”と呼ばれる事の方が多かった為、名前を聞かれた時、自然とそう答えていた。


『ローラ? だって、き、君はそ……その瞳……』

『瞳? どうかした?』


 私が首を傾げると男の子は、いや……勘違いかもと小さく呟く。


『……ありがとうローラ。僕はレックス』

『レックス?』

『君のおかげで本当に落ち着いたよ、ありがとう!』


 レックスは先程まで苦しそうだったのが嘘のように笑った。


『よかったわ』


 私も嬉しくて満面の笑みを浮かべた。



───……



「……ん? やだ、うたた寝しちゃった?」


 こんな時でも眠れてしまうなんて、私の心臓は思っていたよりも図太かったらしい。


「だけど、懐かしい夢。レックスとの出会いの時よね」


 小柄ですごく綺麗で女の子みたいな顔をした見た目の男の子だった。

 そのまま仲良くなって“お友達第一号”になって……


 ───ローラ! どこに行って遊んでいたんだって……ええぇえ!? で! あ……!

 ───お父様??


 あの時、私を探しに来たお父様は凄い驚いた顔をしていた。

 レックスとお友達になったの! そう言ったら目を丸くしていた。


(懐かしいわ。本当に)


「今の私を見たら、あまりのみすぼらしさにレックスの方が驚いてしまうかもね。でも……また、会いたいわ」


 そんな事を呟いていたら、段々と空が明るくなって来た。

 

「……朝ね。さて、行かなくちゃ」


 大丈夫だとは思うけれど、万が一追っ手がいたら困る。

 移動するなら早い方がいいはず。

 私は立ち上がって前を向いて森の外に向かって歩き出した。




◆◆◆◆◆◆



  ────その頃の王子と側近は。



「殿下!? まさか、外に出かけられるつもりですか!?」

「ん? ダメかな」


 クォンはクラッと目眩がした。

 まだ、体力だって完全ではないだろうに、何を呑気な事を言っているんだ!

 と、怒鳴ってやりたい気持ちになる。


「大丈夫、大丈夫。ちゃんと護衛を連れて行くから」

「そこを心配しているわけじゃないんですよ!! 身体! 身体ですよ!?」

「あはは」


 アレクサンドルはひとしきり笑った後は、分かってるよと微笑んだ。


「無茶はしないよ。でも、そろそろ街に行って“ローラ”の為に出来る事をしておかないといけない」

「それなら自分が……!」

「いいや、ダメだ。僕がやりたい」


 アレクサンドルは頑として譲らない。


「クォンに任せたら、ローラが見せてくれるかもしれない可愛い笑顔と“ありがとう”が全部クォンのものになっちゃうじゃないか。それは狡いからダメだ」

「狡い!? 子供ですか!? あなたはいい歳して子供なんですか!?」

「あはは」


 この主はどこまで本気で言っているんだろう?

 クォンは本気で悩む。

 すると、アレクサンドルは小さく微笑みながら言った。


「……僕はね、どんな形でもローラが元気で笑っている姿がとにかく見たいんだ」

「殿下……」


 アレクサンドルはそう言って窓の外を見上げた。


 

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