閑話 王子と側近
「───殿下、戻りました!」
サスビリティ公爵家への訪問を終えて王宮へと戻ったクォンは真っ先に殿下の元へと向かった。
この公爵家への訪問は殿下の命令を受けてのものだった。
(殿下本人はもう大丈夫、元気になったと口では言っているが……急にどうしたというのか)
頼むから側近としては無茶をしないでくれと思う。
だが、殿下から聞いた話は放っておけるものでもなかった。
(今、殿下の婚約者は入れ替わっていて“偽者”となっている可能性がある? だと!?)
そんな馬鹿な事があるものか!
人が入れ替わっているのに周りが気付かないなんて事があるはずないだろう。
そもそも、殿下はそれをどこで知ったんだ───?
クォンはそんな大きな疑問を抱えながら、サスビリティ公爵家を訪問していた。
そして……
「ああ、クォン、お帰り。サスビリティ公爵家はどうだった?」
「……」
にこやかに自分を迎える殿下。
何から話せばいいのだろうか。
クォンは黙り込んだ。
「それで、僕の婚約者とは会えたかい?」
「……まぁ、はい、そうですね……」
「歯切れの悪い返事だね。で? 偽者はどうだった?」
「!」
(直球!)
クォンは大きなため息を吐きながら、アレクサンドルの顔を見た。
サスビリティ公爵家での様子を思い出しながら報告を進める。
「……親子共々、色々と揺さぶってはみましたが、決定的なボロは出さなかったですね」
「そうか。まぁ、そうだろうね。そうでなきゃ、こんな何年も…………そしてあんな事をするはずがない……」
アレクサンドルがギリッと唇を噛んで悔しそうに呟く。
何年も? そんなに長く入れ替わっていたのか? と、クォンは心の中で驚く。
それにあんな事とは何だろう?
そう思いながらも報告は続けた。
「ですが、娘の方は時折、動揺している様子が見て取れたので……案外、もっと突っつけばいけるかもしれません」
クォンはゴテゴテに着飾り、頭の飾りが重そうだった令嬢の姿を思い出し苦笑した。
あれは金にものを言わせて、何でも豪勢にすればいいと思っているかのような考えが透けて見えた。
正直、あの姿はしっかり教育された公爵令嬢には見えなかったし、こんな女が殿下の婚約者なのか? とすぐに思った。
(……確かにあれでは偽者だと言われて納得出来る)
「なるほどね。それで? その彼女は“ドロレス”だったかい?」
「……まぁ、交流はなくとも、うっすら記憶しているドロレス嬢とは確かによく似てはいました。ただ、化粧も服装もゴテゴテだったので……」
「……ゴテゴテか」
アレクサンドルが思いっ切り嫌そうな顔をした。
大事な女性の名を名乗っているだけでなく、その似ている顔が化粧でゴテゴテ。
想像したら、大事な彼女が汚されたような気持ちになったのかもしれない。
なぜなら自分は殿下がどれだけ“彼女”に、恋い焦がれているかを知っている。
(だって、殿下は発作でうなされる度にいつも彼女の名前をを呼んでいるんだ)
話によると当時、いつどうなってもおかしくなかった殿下を偶然救ったという彼女。
もちろん、彼女本人はそんな事は知らない。
父親の公爵閣下もまだ娘に話す気はない、と言っていたそうだから。
そして、おそらく公爵閣下はその事実を娘に伝える前に亡くなられてしまったそうだ……
殿下はいつもこう言う。
『あの日、出会っていなければきっと僕は死んでいた』
それ程までに彼女に秘められた力は凄いものなのだろうか?
「本物の彼女はそんなにゴテゴテと着飾らなくても美しいだろうに───いたんだろう? サスビリティ公爵家使用人の中に」
「…………」
クォンは静かに頷く。
殿下の言う“本物の彼女”は挨拶の時にあそこにいた女性だろう。
すぐに分かった。
果たして彼女は自分の事を覚えていただろうか?
本物の彼女は、他の使用人よりも何だかみすぼらしい格好に見えた。
だが、すぐに彼女だと分かったのは他の使用人とは纏う雰囲気がそもそも違っていたからだ。
(さすが殿下の大事な人───)
クォンは思う。
殿下には彼女が必要だ。
なんとしても二人を早く再会させたい!
「……とりあえず、彼女が公爵家の中で生きてくれている事が分かって良かったよ……そう、生きて……」
遠い目をして何故かそこで言葉を詰まらせる殿下。
その表情が何だか苦しそうに見える。
(まさか、発作!?)
「殿下、大丈夫───」
「ああ、大丈夫だ。発作じゃない」
クォンはその言葉にホッとする。
「では、それで? ……殿下はこれからどうされるんですか?」
「ん……そうだね」
────謎めいたアレクサンドル王子とその側近クォン。
二人の密談は夜まで続いた。