6. 前回の人生では起こらなかった事
(あれ? おかしいわ。こんな事あったかしら?)
その日。色々な決意をし、逃げ出す為の計画を練り始めた私だったけれど、これは“私の覚えている前回の人生の記憶には無かった出来事”
そう感じて首を傾げた事が起きた。
それは────……
「え? 王宮から? お父様、本当の本当に私……ドロレス宛に連絡が来たの??」
「ああ」
「まあ! それで? それで殿下はなんて言っているの?? 早く私に会いたい?」
王宮からドロレス宛に手紙が届いたという。
お嬢様の声がそれはそれは嬉しそうに弾んでいるけれど、実は今、私も内心で大きな衝撃を受けている。
(まさか……こんなことが!)
アレクサンドル殿下が“ドロレス”に連絡を寄越すなんて!
こんなことは全ての過去を振り返っても一度も起きなかったのに。
いったいなんの気まぐれ……
と、思ったのだけれど。
「あー、いや、そんなに喜んでいるのにすまないが、これは直接の“殿下”からの連絡ではないんだ」
「は? 違うの?? どういうことですの? お父様!!」
叔父のその言葉を聞いた瞬間、お嬢様の表情が分かりやすく変わった。
一気に声も表情も不満そうなものになる。
「そんな顔をするな。何か意味があって代わりに連絡を寄越しただけかもしれんだろう?」
「っ! …………それなら、いったいなんの連絡なのよ、お父様」
「あぁ、それが──……」
─────
「ったく、ふざけんじゃないわよ! 殿下ではなく、“殿下の側近”が訪ねてくるですって? 何で“本人”が来ないのよーー!! ここは本人が来るところでしょーー!!」
「っっ!!」
「避けてんじゃないわよ! この愚図!!」
父親から説明を聞き、荒れに荒れて怒り狂ったお嬢様は、ブンッとその辺にある物を全部私に向かって投げつけて来た。
何とか避けられたし殺傷能力は低いものばかりだったけれど、当たると確実にどこかは怪我をしそうなものばかり選んで投げている所がこのお嬢様らしいと思う。
「何で訪問連絡も殿下からの手紙じゃないのよ……! 自分の側近でしょ!? 殿下が手紙を書きなさいよーー!」
「……」
お嬢様はそこにもご立腹のようだけど、そんなことは正直どうでもいい。
私が気になるのは、どうして前の人生では起きかった事が起きているのか、そのことのみ。
(まだ、巻き戻ったばかりで私は何もしていないのに、もう未来が変わっている? まさかね……)
「……」
変に期待すればするほど後が辛くなるので、とりあえず今は考えるのをやめることにする。
「お嬢様、もしかしたら、側近の方は殿下からのお手紙を持って訪問されるかもしれませんよ!」
「え……あ、そっか! その可能性もあるわよね?」
「はい、そうですよ!」
「ちゃんとお嬢様のこと気にしていますよ!」
他の侍女たちにたくさん慰められてようやくお嬢様は落ち着いた。
そんなこんなで“殿下の側近”とやらを迎える事になったサスビリティ公爵家。
その当日は朝からてんやわんやだった。
「いいこと? 側近から私の話が殿下に伝わるかもしれないもの! だから、うんと綺麗にして頂戴!」
お嬢様は張り切ってそんな命令をし、どこかのパーティーにでも参加するのかと聞きたくなるほど盛り盛りに着飾っていた。
「───初めまして、本日は突然の訪問失礼致します。アレクサンドル殿下の側近、クォン・ロヴィーノと申します」
「ようこそ、いらっしゃいました」
殿下の側近はお父様を中心として家族、使用人総出で手厚く迎えた。
そんなアレクサンドル殿下の側近クォンと名乗ったその男性は、薄い青色の髪が特徴的な男性だった。
私は彼の姿を見てハッとする。
(誰かと思えば……ロヴィーノ侯爵家の嫡男……)
彼が殿下の側近になっていたのね?
彼のことは、まだ私が“ドロレス”だった子どもの頃に何度か参加した子女の集まりの中で見かけた事がある。
彼は参加者の中でも年長で面倒見が良い人だったからよく覚えている。
(……って、あまりじろじろ見て変に思われてしまうわね)
私は慌てて顔を伏せて他の使用人の中に静かに紛れ込んだ。
当時、会話らしい会話を彼とした覚えはないけれど、本当の“ドロレス”と会ったことのある人がここにいる。
そう思うと、なんだかとても不思議な気持ちになった。
「……ドロレス嬢は美しくなられましたね。昔、集まりの中で何度か姿はお見かけしていたのですが」
「ま、まぁ! あ、ありがとうございます。えっと、私、当時の事を、あ、あまり覚えていなくて……申し訳ございませんわ! オホホ」
「そうでしたか、それは残念です」
お嬢様はクォン様の発した“昔の集まり”という言葉に、一瞬動揺を見せたものの“記憶にございません”で乗り切ることにしたらしい。
多少、顔を引き攣らせながらも何とか答えていた。
「当時から、ドロレス嬢はアレクサンドル殿下の美しい婚約者として有名でしたからね」
「ま、まあ! 美しいだなんて……ふふ」
褒められて頬を褒めるお嬢様。
そんなお嬢様をクォン様はじっと見つめると言った。
「サスビリティ公爵家のドロレス様と言えば……甘い蜂蜜の様な金色の髪に宝石のような翡翠色の瞳が有名で……あれ?」
「な、なんですの……!?」
クォン様が不思議そうな顔をしたのでお嬢様の声が上擦る。
「…………いえ、昔のことですからね。記憶も曖昧なのですが、何だかドロレス嬢の色合いが昔に見た頃と違うような気がしまして……うーん、不思議ですね?」
「……っ! せ、成長したからですわ、きっと! そういう事もありますわ!!」
その指摘にお嬢様は明らかに動揺を見せたけれど、必死に誤魔化していた。
「……」
(ねぇ、ドリー。他人の人生を奪って生きるってそういう事なのよ?)
いくら、まだ人との交流が少なかった子供時代に私と入れ替わったとからと言っても、“本物”を覚えている人は覚えているかもしれない。
あなたはその覚悟があって“ドロレス”になろうとしているの?
……確かに私達は色合い、顔立ちもかなり似ていると思っているけれど、何もかもそっくりな双子や姉妹なわけではないから……
もしかしたら、この先だって同じ事があるかもしれないのよ───?
私は笑顔を引き攣らせているお嬢様の姿を見ながらそう思った。
クォン様の出迎えの挨拶が終わると使用人の私は部屋に戻ることになっている。
挨拶だけとはいえ、てっきり人前には出るな! と言われると思っていたけれど幸い公爵家の使用人は多い。
木の葉を隠すなら森の中……一人だけ異質な行動をさせるよりも、多くの使用人の中に紛れ込ませてしまえ! という方針にしたらしい。
そうして挨拶と出迎えが終わる。
お嬢様たち三人はそのまま応接間に移動して引き続きクォン様と話をする。
(さて、私も部屋に戻らなくちゃ)
それぞれの持ち場に私を含めた使用人たちが戻ろうとしたその時、クォン様がキョロキョロしながら弾んだ声で言った。
「いや~、さすがサスビリティ公爵家です、使用人の皆様も美しい方が多いですね」
「え?」
クォン様のその言葉に、お嬢様がヒクヒクと顔を引き攣らせながら訊ねた。
「……ク、クォン様? 突然何を仰ってますの……?」
「ああ、失礼しました。あまりにもお綺麗な方が多くて思わず見惚れてしまいましたよ」
そう言って彼はもう一度、挨拶のために出迎えた使用人である私たちの方に視線を向ける。
「!」
(──え? 今……)
そして、私の気のせいや勘違いでなければ、クォン様のその視線が一瞬、私の所で止まったような気がした───……




