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5. 今度は生き抜くために

 


「やっぱり、半年前だった……」


 お嬢様の朝の支度を終えて、さり気なく新聞で今日の日付を確認した私は、自分の部屋に戻ると固いベッドに腰掛けながらそう呟いた。


(半年……)


 ついでにここまでの間、邸の者たちを注意深く観察をしてみた。

 けれど、私以外におかしな様子や戸惑った様子、もしくは怪しい素振りを見せている様子の人はいなかった。


(つまり、記憶があるのは私だけ?)


「……」


 何で? どうして?

 そんな疑問がたくさん頭の中に浮かぶ。

 でも、やっぱり理由に思い当たる事はない。


「でも、どうせ時が戻るのなら……」


 お父様やお母様の生きていた頃まで戻れていたなら……

 あの日、出掛けようとした二人をどんな事をしても止めるのに。

 そうしたら今頃───


 そこまで考えて勢いよく頭を横に振る。


「……ダメ。そこまで考えるのは図々しいわ…………私が今、こうして生きていることだけでも感謝しなくてはいけないのに」


 私は静かに瞳を閉じる。

 あの時、毒を飲まされて苦しかった感覚は今も身体がはっきりと覚えている。

 その感覚が私に“あれは夢なんかじゃない”という事を教えてくれていた。


「……殺されることはないだろうなんて考えは甘かったわ」


 叔父夫婦は“ドロレス”の社交界デビューの日をずっと待っていただけ。

 そう。偽りの“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”を世間にお披露目する時を。

 世間から彼女がドロレスだと認められれば、本物の私は邪魔なだけ。だから殺した。


「つまり、半年後。このまま何もしなければ、また同じ事が繰り返される」


 私はスっと立ち上がり、固く両拳を握りしめる。


「誰が同じ道なんて歩むものですか!」


 生きてやる!

 今度は絶対にあの人達の思い通りになんかさせてやらない!


「……そうと決まったら。このままボケっとして毎日を過ごすわけにはいかないわ」


 半年なんてきっとあっという間に来てしまう。


「……お父様、お母様……レックス! 見ていてね! 私、今度は殺されたりなんかしないで絶対に生き抜いてみせるから!」


 半年後に殺される、ということは“ドロレス”のデビューの日までなら私の命は保証されているはず。

 昔、連れ戻された時のことを考えてもそうだと思った。

 

「とは言っても。悔しいけれど今の私に出来ることと言えばやっぱり“逃げる”しかないのよね」


 だからと言って、昔みたいに無計画に逃げ出しても意味がない。


(今度はちゃんと考えなくちゃ!)



────



 ガシャーーーン!


「あぁ、もう! 本当に何なのよぉぉーー!!」


 花瓶が壁に投げられて粉々に割れた。

 今日のお嬢様もとっても機嫌が悪い。

 

「どれだけ送っても全然手紙の返事をくれないから、訪問の連絡を取り付けようとしたのに、“忙しい”ですって!? 全然人前に出てこないくせにどこが忙しいのよーー!!」


 パリーンッ!

 今度は別の花瓶が宙を舞う。


(今更ながら思うけれど)


 お嬢様の気に入らない事があると、こうして物に当たる癖は昔からなのかしら?

 こんなにしょっちゅう物を壊されていたら出費が大変だと思う。


「どうして“何もしてくれない”のよ!? 殿下は“私の”婚約者でしょう!?」


 今の今まで知らなかったけれど、お嬢様はどうやら殿下に訪問の連絡まで取り付けていたらしい。

 そして断られた。


(本当に殿下は徹底しているわね……)


 私は呆れ半分で肩を竦める。

 アレクサンドル殿下のこの冷たい対応は今に始まった事ではないけれど、(一応)婚約者である“ドロレス”の前だけでなく、彼は本当に()()()()()現れない。

 姿絵さえ出回らないから、一時本気で死亡説が流れた事もあるほど。

 私も子供の頃、何度存在を疑ったことか……

 そして両親にそんなことを言ってはダメだと怒られた。


(でも、お父様は何か事情を知っているような様子だったのよね)


 ───いいかい? ローラ。アレクサンドル殿下はとてもとても重い物を背負っているんだ


 私によくそう言っていた。

 殿下の背負う重い物……それは何だったのかしら。

 きっと、いつかは話してくれるつもりだったのだと思う。

 でも、お父様はその詳しい内容を語る前に亡くなってしまった。

 

 ───ローラは一緒に殿下のその荷物を持ってあげられるかい?


(殿下の荷物ってなんだろう……)


 ヒュンッ


「……ひっ!?」


 バリーン!


 そんなお父様の言葉を懐かしい気持ちで思い出していたら、私の目の前にお嬢様が投げつけて来た次の花瓶が飛んで来た。

 すんでのところでどうにか避けられたので、花瓶は壁に当たって再び粉々に砕け散っている。


(さすがに危な……)


「ちょっと! 避けているんじゃないわよ!」


 どうやら今のは完全に私に当てる気だったらしい。


「……」

「どいつもこいつも腹立つわね! 気分が悪いわ。私、もう寝るので邪魔しないで頂戴!!」


 お嬢様は暴れるだけ暴れてそのままふて寝した。



────



「私が持っているお金は、これだけ……」


 お嬢様がふて寝した為、側にいる必要がなくなった私は部屋に戻り、脱走計画を立てることにした。

 その為にまず自分の持っている物を確認する。

 そして、あまりの少なさに愕然とした。


「お金も……この金額では宿に泊まることは無理だし、食料は買えても数日分……」


 とてもとても生きていける額ではない。

 貴金属は売ればお金になるけれど、そこから足がつきやすいというのは、昔の逃亡失敗の後に知ったことだ。


「昔の私は何も知らないまま、無鉄砲すぎたわね……」


 だけど、ここから逃げ出そうと思うほどのガッツだけはあった。

 それは殺される直前の何もかも諦めていた私がもう失くしてしまっていたもの。

 舞い戻った今の私はまた、あの時の気持ちを思い出している。


(絶対にここから出て行く!)


「……お金は逃亡成功後にどうにか働き口を探すしかない……え、でも働けるのかしら私……」


 貴族が働くのと違って平民は身辺調査などはそこまでしっかり行わないと聞いている。

 けれど、使用人の仕事すら満足に出来ない私が仕事をする……?

 雇ってもらう───それは可能なのか?

 でも、どんなことでもいい。

 やるしかない。


「そして、何より一番の問題は外に出る方法なのよね」


 叔父夫婦は頑なに私を外に出そうとしない。

 普段からボロボロの誰かの着古した服を着せて、外への用事は絶対に私に持って来ないようにと徹底している。


(そうだ、服……!)


 このボロボロの服のままでは外に出られたとしても完全に不審者だわ!


「あ! でも……ちょうど、もうすぐ新しい……と言っても古着だけど、服の支給があるはずだわ。その服はいざという時の為にとっておくことにして……」


 こうして私は、頼りないながらもどうにかしてここから逃げ出す計画を練り始めた。


 

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