閑話 偽者令嬢たちの誤算
「まだ、見つからないのーー!? あんたたちはどこに目をつけているのよっ!?」
あの愚図女が消えて半月以上経った。
その行方は相変わらず知れない。
おかげで私の苛立ちは最高潮だった。
身元不明の女の遺体が見つかった……なんて話も聞かない。
金もコネも、何一つ持っていないはずの、あの愚図女はどこに消えたと言うの?
「ド、ドロレスお嬢様……申し訳ごさいません……」
「言われた通りの場所も懸命に探したのですが」
「行方は、分かりません」
「……」
どいつもこいつも無能、無能、無能!
本当に使えない!
「ふざけないで! そもそも、あんたたちがあの愚図が家から抜け出すのに気付かなかったから、こんな事になっているんでしょ!!」
苛立ちが消えない私は手元のカップをブンッと使用人の一人に向かって投げつける。
そのカップは見事に命中した。
「熱っ……」
「お嬢様! な、なんてことをするのですか……!」
「や、火傷してしまいますよ!?」
あら? どうやら中身は思ったより熱かったみたいね。
でも、だから何だというの?
しかし、なんなのかしらね? 最近、使用人たちも随分と反抗的なのよねぇ……
(腹が立つ……)
そう思った私はとってもとっても優しく微笑んだ。
「そんなに文句があるなら、お父様に言ってクビにしてあげるわよ? もうすぐ領地から帰って来るみたいだしね」
「そ、そんな……!」
「……ドロレス様! そ、それだけは……」
焦る使用人たちの顔を見て溜飲が下がる。
当然よね、コイツらはクビになったら生きていくのも大変だものね。それは必死にもなるわよね。
(平民は可哀想ね?)
でも、お父様から帰ると連絡があったのは本当。
“これ以上、領民共の要望など聞いていられんから一度帰る”ってね!
(あぁ、早く具図女を連れ戻さないと私も怒られちゃうわ)
項垂れる使用人共を見ながら、私の内心はそんな事を考えていた。
───
そうして結局、愚図女は見つからず、また行方の手がかりも何一つ見つけられないまま、お父様とお母様が戻ってくる日がやって来てしまった。
「お父様、お母様、お帰りなさいませ!」
「……おぉ、可愛い娘よ。ただいま戻ったぞ。変わりはなかったか?」
「!」
お父様のその言葉に私の顔が引き攣る。
「……むっ? どうしたのだ、その顔は。何かあったのか?」
「…………えっと」
私は言葉を濁して目を逸らす。
(愚図女のこと、何て説明すれば……いい?)
「ふむ……様子が変だな」
「……」
(もう、誤魔化せないわ……)
どうせ、隠したってすぐに分かってしまうこと。
仕方なく、私はお父様に愚図女が脱走し行方が分からなくなった事を説明する。
最初は澄まして話を聞いていたお父様の顔が段々と怒りの表情へと変わっていく。
(あぁ、ほらやっぱり……!)
「っっ! お、お前たち、いったい何処に目をつけていたんだぁぁ!!」
案の定、お父様は怒り狂った。
その場で使用人を袋叩きにした後、青白い顔でブツブツと何やら呟いている。
「……まだ、アレを奪っていないのに……なんてことだ」
「お父様……?」
「どこかに隠し持っていたはずなんだ、きっと……畜生……どこに逃げやがったんだ」
(なんの話かしら? アレ? 奪う??)
私にはお父様の呟きが何の事かさっぱり分からなかった。
その後、無能の使用人と共に私まで怒られた。
どうしても許せなくて腹が立ったので私はお父様にお願いして無能の使用人たち数人をクビにしてやった。
───
「~~なんて下手くそなのよ!! まともに髪のセットも出来ないわけ!?」
「も、申し訳ごさいません……」
「あんた……使用人として失格よ?」
「……申し訳ございません」
私は内心でため息を吐く。
(使えない……こいつも、もう要らないわね)
私の怒鳴り声に脅える使用人を見るのは最高に楽しかったけれど、最近は飽きて来た。
(やっぱり、あの愚図女でないと楽しめないわぁ~)
あれから、お父様も必死に手を尽くして愚図女の行方を探している。
だけど、全然見つからないらしい。
唯一の目撃情報とも思われた、街のどこかの食堂とやらにも人をやったらしいけど、二度目は見かけなかったという。
また、そこは宿とセットになっていたそうなので、宿の方に泊まっているのでは? と、探りも入れたらしいけど、結局それらしき女はいなくて何も分からなかったそう。
(どうせ、あの愚図女は金なんて持っていないんだから、宿になんか泊まれるはずないのにね? ……お父様ったら……)
ならば、売られて落ちぶれたかと思って娼館も調べたけど、それらしい特徴の女はいない。
修道院もくまなく探したけど、やっぱりいない。
まさか国境超えた!? と思って調べさせたけど、該当者はいなかった。
(本当にどこに消えたのよ!?)
あの愚図女が、サスビリティ公爵家の本物の娘だと知っている私たちのイライラは完全にピークに達していた。
それから数日後。
「……お父様。今日の食事、とっても不味いですわよ」
「…………あぁ」
「何なのこれ? スープは味がしないし! 肉も生焼けじゃないの!!」
食事にうるさいお母様が怒り出した。
まだ食べていなかったけど、肉が生焼けとか勘弁してよ!!
「おい! これはどういう事なんだ! 厨房の奴らは何をしている!!」
お父様が家令に向かって怒鳴ると、家令は顔色一つ変えずに言った。
「いません」
「「「は?」」」
私たち、三人の声が重なる。
それでも、家令の顔色は変わらず淡々と説明してくる。
「昨日付で、先日雇った見習いの料理人以外、全員辞めています」
「「「は!?」」」
辞めた……ですって? 意味が分からない!!
「ついでに、庭師、お嬢様付きの侍女……などなど、ここ数日で大量の退職者が……」
「待て! 何を勝手に辞めさせているんだ!?」
お父様が、慌てた様子で家令を問いつめる。
でも、家令はまたしても顔色一つ変えずに淡々とした様子で答えた。
「ですが、旦那様が辞めたい奴は好きにしろと仰いましたので」
「なっ……!」
私は驚いた。
しかも、こいつ……家令のくせに、
「旦那様、自分の発言には責任をもってもらいたいものです」
なんてお父様に口答えまでしているわ!
「~~な、ならば! 新しく人を雇え! それで解決する話だろう!?」
「募集はしていますが……応募はゼロです」
「「「はぁ!?」」」
またしても私たちの声が重なる。
「今も退職希望者の声が殺到しております。おそらく応募がゼロなのは先に辞めた者たちから、噂が広がっているのでしょう」
「「「~~っっ!!?」」」
順風満帆だと思われていた、サスビリティ公爵家の乗っ取りだったのに……
私は相変わらず“婚約者”からは無視されたまま。
(ほぼ毎日手紙送っているのに全無視って、どういう事なのよ!!)
そして、次々と辞めていく使用人たち。
処分する前に行方不明になった具図女───本物のドロレス。
私───偽、ドロレス・サスビリティ公爵令嬢の社交界デビューの前には、暗雲がたちこめていた。