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11. 彼の異変

 


「た、食べ過ぎました……」


 アレク様が終始あんな調子だったから本当に食べ過ぎてしまった。

 お腹が苦しくて動けなくなった私は机に突っ伏す。


「いい食べっぷりだったよ?」

「……」


 アレク様の声が笑っている。

 どうしてそんなに嬉しそうなのかと文句を言いたくなった。


「なんで笑うんですか……」

「え? ……だって、元気なのはいいことだろう?」

「……」


 アレク様は何だか少し寂しそうな顔でそう言うと意味深に笑った。


「それに、ローラはこれからはもっとたくさん食べていいと思う」

「……そうですか?」

「うん、それに僕としてはローラが美味しそうにご飯を食べている所をもっと見ていたい、かな」

「えっ」


 アレク様は爽やかな笑顔でとんでもない発言を投下した。


(どうして、ま、まるで“次”があるみたいな言い方をするの……!)


 その言葉に大きく照れてしまった。

 また顔が、頬が熱い。


「……なっ!」

「……」

「ア、アレク様! それは──……」

「…………うっ、あ、ご、ごめん、ちょっと……」

「?」


 その言葉の真意を聞こうと思ったら、突然アレク様がゲホゴホと苦しそうに咳き込み始めた。


「アレク様……?」

「ゴホッ、あ…………す、すまない。ちょっと部屋に忘れ物をした……みたいだ。すぐ戻るから……ここで待ってて、くれる、かな?」

「え? あ、はい……」


(忘れ物……?)


 アレク様はそれだけ言って私の返答を聞くと軽く微笑んで席を立ってしまう。

 そして、ローブを再び被ると、何度も苦しそうに咳き込みながら行ってしまった。


(……気のせいかしら? 咳のせい? 顔色も悪かった気がするし、足取りもよくない……)


「……あ、そういえば、レックスも昔、出会った当初はあんな顔色をしていた気がする」


 初めはそんな様子だった彼は、それでも会う度に段々元気になっていったけれど。

 失礼だと分かっていても、何故かレックスとアレク様が私の中で重なってしまう。


「アレク様……大丈夫かしら? すごく苦しそうだったわ」


 言い知れぬ不安が私の中に渦巻いていた。



 少し時間を置いてからアレク様は戻って来た。

 顔色が悪いと思ったのは私の気の所為だった?

 そう思いたくなるほど元気な声で戻って来た。


「お待たせ! 急に席を外してごめんね、ローラ」

「いえ……それよりも、大丈夫ですか?」

「うん?」


 アレク様は私の質問にも何が? という顔をする。

 

(何となく分かる……これ、絶対に無理している)


「……」

「……ローラ?」


 私は、自分の手を伸ばしてそっとアレク様の額に触れる。


「ロ、ローラ!?」

「熱っ!? アレク様! 熱があるじゃないですか!!」

「え? そうかな?」


 ちょっと触っただけでも熱いと分かるくらいなのに、なぜ、この方はきょとんとした顔をしているの?


「すごく熱いですよ! ……早く部屋に戻って休んだ方がいいです!」

「……んー、そうかな? でも、いつも僕はこんな感じだけど……」

「そんな!」


(これが、いつもですって!?)


 嘘でしょう?

 この方はどれだけ自分のことに無頓着なの?

 こんなに具合が悪いならきっと、私のことを助けている場合なんかじゃなかったでしょうに!!

 早くに目が覚めてしまったと言っていたのも、具合が悪かったから眠れなかっただけなのでは?

 今更ながらそう気付いた。


「アレク様……部屋はここの二階だと言っていましたよね?」

「う、うん……」

「行きましょう! 戻りましょう! それで、今すぐ休んでください!」

「え? ちょっ……ローラ?」


 私は店員さんを呼んで手伝って貰いながら、戸惑うアレク様を強引に二階の部屋へと連れて行った。




「ローラは見た目に反して強引だ…………いや……変わって…………か」


 私……と言うより、店員さんの手によって宿泊している部屋に強引に運び込まれたアレク様はベッドに押し込められながら何やらブツブツ嘆いている。

 店員さんが仕事に戻ると、私はベッドの傍らでアレク様に向かって言う。


「自分のことに無頓着で見ず知らずの私を助けようとするなんて……! もっと自分を大事にして下さい!!」

「…………はは」

「……な、何を笑っているんですか」


 私はこんなにも怒っているのに何故か嬉しそうな様子のアレク様。

 こんな顔を見せられると怒りもどこかに行ってしまいそうになる。


「いや、ローラだな、と思って」

「??」


(どういう意味かしら?)


 意味がわからず首を傾げる。

 でも、アレク様はそれ以上は説明してくれなかった。


「……ローラ、手を」

「えっと……手、ですか?」


 アレク様が私に向かって手を伸ばした。


「…………少しの間でいい。僕の手を握っていてくれないか?」

「アレク様……?」


 そう請われて「嫌です」なんて言えない。

 嫌だという気持ちなんて初めから無いけれど。


「はい」


 そっと、私はアレク様の手を取り握る。


「……ありがとう」

「っ!」


 優しく微笑んだアレク様の顔があまりにも嬉しそうだったので、何故か私の方の胸がドキッとした。


(何これ……調子が狂う……)


 出会ってからずっと、アレク様のペースにのせられている気がする。

 でも、不思議。

 戸惑いはあっても全然不快感がうまれない。

 それはレックスに似た雰囲気のせいなのか、それとも餌付けされたからなのか……


 何であれ、早くよくなってと祈りを込めながらアレク様の手をしっかり握りしめた。



──────



(あぁ、やっぱり“彼女”はローラだ)


 握られた手から伝わって来る温もりが間違いないと僕に教えてくれる。


(……熱を出すなんて失敗した)


 ローラに絡んでいたあの二人組をどうにか追い払った時の体調は問題なかったはずなんだけど。

 あんな人を売り物のような目で見ているヤツらがローラに触れるなんて許せなかった。

 間に合って良かったと本当に思う。

 その後、かなりお腹を空かせているローラを食事に誘ったまでは良かった。

 美味しそうにご飯を食べるローラは可愛かったし。

 

(ムキになって食べる姿も、可愛かったな……)

 

 ……それなのに。

 本当にこの身体は昔から僕の言うことを全く聞いてくれない。


 特に今は、()()のせいで、更に症状が悪化した自覚はあるけれど、そのことに後悔はしていない。


 ──もっと自分を大事にして下さい!!

 ローラは僕にそう言った。でも、アレの代償は大きい。

 それでも僕は生きている彼女にもう一度会いたかった。

 そして、救いたかったんだ。

 彼女のいない孤独な世界を生きるより、たとえ、この命が尽きるまでの短い時間でもいいから彼女と過ごす未来がどうしても欲しかった。

 

(さっき、ローラは不審に思っただろうな……)


 まさかあの瞬間に“発作”が起きそうになるなんて思わなかった。

 慌てて薬を取りに部屋に戻ったけれど、一歩遅かったのかローラに見破られてしまったし。


(さすが…………だな)


「……」


 でも、ローラが生きている。

 心配そうな目で僕を見てこうして手を握ってくれている。

 そんな顔をさせているのに嬉しいなんて思ってしまい、涙が出そうになっている僕はなんて情けないのだろう……


(あの日の絶望は忘れない)


 あの()()()がいけしゃあしゃあとした様子で僕の目の前に現れた時、ようやく全てを悟った。


 ガラリと様子の変わった手紙。

 てっきり両親を亡くしショックを受けているせいだとばかり思っていた。

 だけど、同時にせっかく良くなったはずなのに何故かどんどん悪化していく自分の症状。

 ……歩くことは疎か、まともに起き上がることさえ出来なくなっていった。


(この時に変だと気付くべきだったんだ……)


 ドロレス・サスビリティ公爵令嬢の話は、自分が動けなくても周りが教えてくれたから、てっきり彼女は周囲の人達に助けられながら元気に過ごしてくれているのだとばかり思っていた。


(それがまさか、あんな目にあっていたなんて……)


 悔しい。

 何も気付けなかった自分に一番腹が立つ。


 ──お前は誰だ。偽者!

 そう告げた時のあの女とその両親の顔は凄かったな。




「……ローラ」

「っっ! アレク様? 大丈夫ですか??」

「……うん」


 ずっと会いたくて恋焦がれた彼女に向かってそっと微笑むと、僕は手を握られていない方の腕を彼女に向かって伸ばした。


 ───彼女が“生きている”のだということをもっと実感したくて。


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