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10. 美味しくて温かいご飯を

 


 自分のお腹の音に私は大きく焦る。


「っっ! えっと! あの……こ、これはですね……」


 ……きゅるるぅぅ


「!!」


 しかも、その私のお腹は一度だけではなく、なんと駄目押しのように二度目のお腹の音まで鳴らせて来た。


(は、は、恥ずかしい……!!)


 あまりの恥ずかしさに私の顔がカーッと熱くなる。

 顔を上げたままではいられず、慌てて下を向いた。


「……今のは」

「……」

「あー、なかなか、盛大な……ゴホン……」

「……し、失礼しましたーー! 本当にありがとうございました! で、ですので、わ、私はこれで失……」


(うう……無理! これ以上は恥ずかしくて無理!!)


 いたたまれなくなって、回れ右してこの場から急いで離れて逃げようとした私を謎の男性が慌てて引き止める。


「ちょっと待ってくれ!」

「?」


 その声に私は振り返った。



──────



「えっと? ……あの、これは?」


 何故か今、私の目の前には美味しそうな食事が並んでいる。


「遠慮なくどうぞ?」

「え! 遠慮なく? いえ、でもそういうわけにはいきません!」


 躊躇う私に彼は言う。


「ほらほら、さっきも言っただろう? 遠慮はいらない」

「で、でも……」


 この事態に私は戸惑いが隠せない。


(ど、どうしてこうなったんだっけ……?)



──…………



 盛大にお腹を鳴らせて、かつ、駄目押しの二度目の音まで鳴らせて来た私のお腹はすでに限界だった。

 そして、恥ずかしさのあまり逃げようとした私を慌てて引き止めたこの謎の男性は、


「僕の泊まっているそこの宿。一階が食事処なんだ。だから一緒においでよ」


 そう言った。

 お店を見てみれば確かに看板はその通り。この人は嘘は言っていない。

 そしてあれよあれよと……

 何より、目の前の建物なので、そのまま彼に連れられてやって来てみれば、この謎の男性はなんと食事をご馳走すると言い出した。


「お店そのものはお昼前からの営業だけど、朝は宿泊者向けにだけ営業してくれているんだ」

 

 だから遠慮しないで?

 謎の男性はそう言った。

 ついて来てしまっておいて今更だけど、助けてもらった挙句、ご飯までご馳走になるとかどう考えても図々しすぎる。


「いえ、その……え、遠慮ではなくて……」


 だから、断ろうと思った……のに!


 ぐーきゅるるるぅ~


「!!」

「あはは」


 まさかの私のお腹の三度目の主張!

 遂には謎の男性は耐え切れなくなったのかお腹を抱えて笑い出した。


(私のお腹ーー! もう少し我慢してよ!!)


「……くくっ! でも、君のお腹は正直みたいだよ?」

「うっ」

「…………あ、そうか! ごめん。僕が怪しくて警戒しているのか。すまない」


 そう言った謎の男性は、ようやくそこで纏っていたローブを脱ぐ。

 ずっと隠れていた彼の素顔が見えて、そこで私はハッと息を呑んだ。


(……! なんて、なんて綺麗な顔なの!)


 思わずそんな言葉が口から出そうになった。

 青灰色のサラサラの髪に金の瞳。

 特に珍しい金の瞳には思わず目を奪われた。


(こんな綺麗な瞳を持った人……初めて会ったわ)


「えっと? 僕の顔に何か付いている?」

「い、いえ……」


 ただただ、目が綺麗。

 そんな感想しか出なかった。


(それに……色合いが違うけど顔立ちはどことなくレックスに似ている気がする)


 妙に胸がドキドキするのもきっとそのせい。

 でも、レックスの髪は灰色だったし、瞳はもっと黄色に近かった。

 けれど、不思議とよく似ている……

 だからなのかしら?

 私は一気にこの人に親近感がわいてしまった。


(私ったら単純……本当ならもっと警戒すべきなのに)


 ここまで来てこの人のことを疑いたくはない。

 けれど、助けるフリをしてこの人も本当は私を売ろうとしていてもおかしくはないのだから───


「……? どうかした?」

「……っ!」

 

 彼の美しい金の瞳と優しげな雰囲気を見ていたら、きっと、そんな人じゃない。

 という思いの方が強くなった。


(レックスに似た顔はなんて恐ろしいのかしら……)


「あ、ごめん! そうか顔を見せておきながら名乗ってもいなかったよね。僕の名前はアレク。君は?」

「わ、私ですか?」


 名前を聞かれて焦ってしまう。

 私、私の名前は……

 “ドロレス”は名乗れない。

 それにもう、お父様とお母様がいなくなってから何年も私は人から名前で呼ばれていなかった事に今さら気が付いた。


 ───おい、お前、あんた、あなた……

 あの邸にいた人たちが私を呼ぶ時はその中のどれかだった。

 ……誰からも名前を呼んで貰えない私……そんな私の名前をこの人は知りたいという。


「……ラ」

「うん?」

「……ローラです。ア、アレク様」


 本名を名乗れないなら、もうローラ(これ)しかない。

 私がそう名乗ったらアレク様はちょっとだけ驚いた顔をして、でも直ぐに優しく微笑んでくれた。


「ローラか……いい名前だね、君によく似合ってる」

「あ、ありがとうございます」


 本当の名前よりも慣れ親しんでいたこの名をそう言って貰えた事が嬉しくて私も微笑み返した。


「……ローラ」


 何故かアレク様がポカンとした顔で私を見ている。

 私、何かおかしなことを言ったかしらと不思議に思う。


「あの……?」

「あ、いや、何でもない…………」


 そう言ったアレク様の顔は少し赤くなっているようにも見えた。



──…………



 これで、無事に自己紹介を終えたので、もう知り合いだからご馳走しても問題ないよね?

 と、いった謎の圧力があって、今、私の目の前にはホカホカの美味しそうなご飯が並ぶことに……


(ほ、本当にいいのかしら?)


「ローラ? どうかした? 食事が冷めてしまうよ。早く食べるといい」

「え? あ、はい……あ、ありがとうございます」


(さすがにもう、お腹が限界よ!)


 促された私はまずスープを手に取った。一口すくって飲み込む。


「……美味しい……温かい」


 久しぶりに食べた温かい食事がとても美味しくて涙が出そうになる。

 これを味わってしまうと、公爵家で出されていたスープはスープなんかじゃない。

 

「とても、美味しい……です」

「それは良かった。しっかり食べるといいよ。お腹の虫が大人しくなるように、ね」

「ひ、酷いです、アレク様!」

「あはは」


(そんな嬉しそうな顔して笑うなんて……! もう!)


「そ、そんなに笑うならいっぱい食べて差し上げます!」

「うん、それはいいね! そうするといいよ」

「!」

 

 アレク様はとってもいい笑顔で頷く。

 全然何を言っても堪えてくれないので、私はちょっとムキになって食べ続けた。



 ───だから、この時の私は気付かなかった。

 彼が……アレク様が、全く自分の食事には手をつけていなかったことに。


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