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1. 全てを奪われた令嬢

 


 ────それは突然だった。


「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 今日この日を持って君との長年結ばれていたこの婚約は破棄させてもらう!」


 その日、突然この国の王子、アレクサンドルが自分の婚約者に向かってそんな宣言をした為、パーティー会場は騒然となった。


 それもそのはず。

 本日のパーティーは、まさに今、婚約破棄を唱えているアレクサンドルと、たった今、婚約破棄を宣言された、サスリティ公爵令嬢ドロレスの二人揃って公の場に並ぶ、言わば初めての“婚約披露パーティー”となるはずだった。


 これまで人前に姿を見せる事の無かった引きこもり王子がようやく婚約披露パーティーを開く事になり姿を見せた!?

 と騒がせたと思えば……まさかの婚約破棄宣言。

 しかし、王家とサスビリティ公爵家のこの婚約が絶対的に約束されたものである事はこの場にいる者なら皆知っていた。

 何か理由があるにせよ、それを破ろうとするとはどういう事なのだ……と、誰もが王子の正気を疑う。


 一方で名指しされた、長年この王子、アレクサンドルの婚約者であったはずの公爵令嬢ドロレスは、先程まで周囲の人々にチヤホヤされて愉快そうに笑っていたが、突然のこの状況にまだ理解出来ていないのか、驚いて目を大きく見開いたままその場に固まっていた。



────……



(───まさか、本当にパーティーでこの宣言を聞く事になるなんて)


 私は堂々とした様子で婚約破棄宣言を唱える王子、アレクサンドル様を見上げながらそんなことを考えていた。

 会場の人達から様々な目を向けられているけれど、それでもアレクサンドル様の勢いは止まらない。

 これだけでも彼が相当お怒りなのだと分かる。


(そうなるわよね……)


 だって、アレクサンドル様は相当な準備と根回しをして今日という日を迎えているわけだし。

 そんなアレクサンドル様は更に言葉を続けるが、その声はとても冷たい。


「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 私の“大事な女性”を長年、虐げて傷付けて来たその罪は重い! 私は君を絶対に許さない!」


 殿下の大事な女性……?

 虐げて傷付けて来た……?

 誰のことだ?


 決して穏やかではない王子の発言に更に会場は騒がしくなる。

 王子は婚約者の公爵令嬢のことを責めているが、この言い方では、まるで王子が浮気していたと言っているようだ───……

 そんな声が聞こえてきそうだった。


「聞いているのか!? ドロレス・サスビリティ公爵令嬢!」

「──……っ」

「あぁ、失礼。君の()()()()は違ったそうだな。この大嘘つきめ!」

「!」


 本当の名?

 嘘つき……?

 どういうことだ……??


 そんな声があちらこちらから聞こえて来て、再び会場が騒がしくなる。


(大嘘つきと来たわ……まぁ、間違ってはいない……か)


 私はそんな事を思い、()()()()()()()を高らかに叫びながら、断罪劇を開始しようとする王子──婚約者でもあるアレクサンドル様の姿を静かに見つめ続けた。




◇◆◇◆◇◆◇




「あぁ……急がなくちゃ! また、どやされてしまう……」


 私は厨房から急いで食事を運んでいた。

 この家の“お嬢様”は1分でも遅れると必ず私に当たり散らして来る。

 だから、急がないといけない。


「お嬢様、遅くなって申し訳ございません。今夜のお食事の準備が整いました」

「……」


 準備が出来て“お嬢様”に声をかけながらその顔を見た時、私は思った。


(あぁ、やっぱり1分だけど遅れたのがいけなかったわ)

 

 “お嬢様”は既にお怒りの様子。

 これは今日もどやされる───……

 思った通り“お嬢様”は、スープの入った皿を手に取った。

 そして……

 

 ガッシャーン!


「────遅いわよ、この愚図! さっさとしなさいよ! 冷めちゃったじゃない!」

「熱っ……」


 投げつけられたスープのお皿が割れて、飛び散った熱々のスープが私の身体にかかる。

 お嬢様の言うように決して冷めてなどいない。

 むしろ火傷しそうなくらい熱々のスープだった。


「この愚図は、まともに料理の一つすら運べないわけ!?」

「……申し訳ございません、()()()()()()()


 私は必死に頭を下げるけれど、こんな謝罪でこの“お嬢様”の機嫌が治らないことはよーく知っている。


「はぁ? 謝れば何でも許されるとでも思ってるのかしら~?」

「…………申し訳ございません」

「これだから、“元お嬢様”は困るわねぇ。仕事は出来ない、誠意のこもった謝罪も出来ない。本当に愚図!」

「…………申し訳ございません」


 ひたすら謝ることしか出来ない私が再び、頭を下げたその時だった。


「そんなに騒いでどうしたんだ? ドロレス」

「まあ! スープが床に溢れているじゃないの! なんて汚らしいのかしら!」


 お嬢様の声を聞きつけた、この家……サスビリティ公爵家の当主代理夫妻が部屋に入って来る。

 面倒な所に面倒な人達がやって来たわと思った。


「お父様、お母様! 聞いて? 今日もそこの愚図が愚図なのよ!! 食事もまともに運べないの!」


 そう言って“ドロレスお嬢様”が自分の両親に泣きついた。

 可愛い自分の娘に泣きつかれた二人はじろりと私を睨んだ後、大きなため息を吐いた。


「全く……亡くなった人を悪くは言いたくはないが……兄さんは自分の子にどんな教育をしていたんだろうか」

「本当にねぇ、何年経っても使えない子。顔だけはこの子とよく似ているのに。顔だけは!」


 こうして……私にとって()()()()にあたる二人は今日も私を蔑む言葉を口にする。


「ねえ! いつまでこの愚図を我が家に置いておくの? さっさと追い出してしまえば良いのに!」

「まだ、駄目なの。でも、もう少しの我慢よ、ドリー……いえ、ドロレス」

「お母様……」


 叔母様はそう言って可愛い可愛い自分の娘、“サスビリティ公爵令嬢ドロレス”を慰める。


「ドリー、それでもあなたがサスビリティ公爵令嬢として、これからも生きていくのは変わらないのよ」

「ええ! 分かっているわ! お母様!」


 そう慰め合う叔母様と従姉妹を私はなんとも言えない思いで見つめる。


(お父様、お母様……どうして私を残して死んでしまったの)



 ───こんな事なら、あの日……私も。



 私の名前はドロレス・サスビリティ。

 由緒あるサスビリティ公爵家の令嬢()()()


 何故なら今の私は、もう“ドロレス”でも“サスビリティ公爵家の令嬢”でもない。


 今から五年前。

 大好きだった両親がある日突然、事故で亡くなった。

 まだ子供だった私は突然の事で何が何だか分からず、ふと気付いたら、お父様の弟である叔父夫婦とその娘が我が家にやって来ていた。

 そして、そこで私が成人するまで───つまり“サスビリティ公爵家”の跡を継ぐまでは叔父様が公爵代理となることを知らされた。


 親戚なのに何故かほとんど交流の無かった伯爵家の叔父夫婦とその娘、ドリー。

 彼らがやって来て私の生活は一変した────……



 始まりは叔母様のこの言葉だった。


『ねぇ、あなた。ドロレスとドリーはよく似ていると思うの』

『まぁ、従姉妹だしな』

『……それなら、もし、二人が入れ替わっても違和感なんて無いと思わない?』

『お前……』

『ふふふ』


 そんな怪しい企みを考えてしまうくらい、従姉妹同士の私たちはよく似ていた。

 それは多分、とちらも父親似で父親同士が双子だったから。

 

 ……そこまで似ていなかったら、きっとこんな事にはならなかったのに。

 

 その後の叔父夫婦の行動は素早かった。

 私が偶然立ち聞きしてしまった、ドリーと似ているという話の意味を考えているうちに、邸の使用人を全員解雇し、全て入れ替えてしまう。

 つまりこの段階で、“私”が誰なのかを知る人はこの邸には誰もいなくなった。

 その全ての企みが完了した日、伯爵令嬢だったドリーは、“サスビリティ公爵令嬢ドロレス”となり、私は名前も居場所も全て奪われ、名も無きただの使用人になった。



───



(あの頃に戻りたい……)


 叔父夫婦に全てを奪われて乗っ取られてから、もう五年。

 何も出来ずこんなに時だけが経ってしまった。

 両親が生きていれば、私───サスビリティ公爵令嬢ドロレスは社交界デビューを迎えて今頃は……

 そう思わずにはいられない。


 今は亡き、私の両親はいつだってたくさんの愛情を私に注いでくれた。

 そんなドロレスは優しい家族、使用人に守られ幸せに過ごしていた。

 ……たった一つの不満を除いて。

 


『あら? ローラ、今日も王宮で遊んで来たの?』


 お母様は私の事をドロレスではなく愛称のローラと呼んでいた。


『今日もお父様が連れて行ってくれたの! それでね? 今日は新しいお友達も出来たのよ』


 仕事で登城するお父様について遊びに行った先の王宮で、新しい友達が出来た事を報告するとお母様は少し困った顔をした。


『お友達? まさか男の子?』

『そうなの! あのね、ずっと病気でお友達がいなかったって言うのよ。だから、私がお友達第一号に立候補したの。ダメだった?』


 私がそう聞き返すとますますお母様が困った顔をする。


『駄目ではないけれど、ローラには婚約者の王子様がいるでしょう?』

『また、婚約者の王子様の話? 一度も会った事ないし、手紙もくれないし……本当に婚約者なの? ううん、そもそも実在しているの?』

『こら! そんな事を言っては駄目よ!』

『はーい』

 

(でも、王子様は本当に私に何もしてくれないんだもの)




 あの頃の私のたった一つの不満は、自分の婚約者のことだった。

 王家とサスビリティ公爵家の約束で私は生まれてすぐに王子であるアレクサンドル様の婚約者となった。

 しかし……

 肝心のその王子様は、私に関心を示さないだけでなく公の場にも姿を現さない。

 むしろ、存在すらも疑われているほど。

 だから、彼は子供の頃から私にとっては名ばかり婚約者だった。



 そんな彼は私が両親を亡くした時も追悼の意を表す手紙を寄越しただけで、それ以外は何もしてくれなかった。


 ───だから、彼はきっと今も知らないし、気付いていない。

 婚約者が入れ替わっていること。


 そして今、一応婚約者だったはずの私……本物のドロレスがどんな生活を送っているのかすらも───……

 

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