お出かけはデートなのでした?
翌日、オリアスと町に出かけるため、私はいつもとは少し違うローブを着て準備していた。
昨夜届けられたこのローブは、いつも着ているローブより上等な布で作られているらしい。
普段のも十分綺麗なものなんだけどね。
そして最大の違いは、フードが付いている点だ。
それ以外に関しては、正直違いが分からない。
着心地や動きやすさに関しても、普段のローブと変わらないように感じる。
髪を整え、そろそろ約束の時刻となったので、バルムを連れてオリアスの元へと向かった。
私はドアをノックして声をかけた。
「オリアス、私よ」
「入ってくれ」
中に入るとまだ着替えの途中のようだったが、いつもと違った雰囲気のオリアスといつも通りのアガレスが居た。
「すまんが、少し待ってくれるか」
いつもは黒基調とした、いかにも私が魔王ですという高貴な装いだが、今日のオリアスは私と似た白いローブを纏い、爽やかイケメンオーラ全開だった。
服装で印象というものは大きく変わるものなのだと、改めて思わされる。
ほんと、角生えてる以外は人間と見た目変わりないのよね。
「…ミズキ?」
「え?あ、ごめんなさい。いつもと服装が違ったから…」
私はそう言ってオリアスから視線を外した。
「あれは仕事着のようなものだからな、変か?」
「ううん、そんな事ない。似合ってる…と思う」
昨日イリスがあんなこと言うから、変に意識しちゃうじゃない。
「そうか…ミズキもよく似合っているぞ」
「うん、ありがと…」
何だろうこのふわふわした感じ。
「…はい、終わりましたよ」
オリアスの着替えを手伝っていたアガレスが準備ができた事を知らせる。
「では、行こうか。外に馬車を待たせている」
「ええ」
オリアスの後について部屋を出ようとした私に、アガレスが近づいてきてバルムに耳打ちした。
「バルム殿、お二人をお願いします」
「わん」
バルムさんは何を任されたんだか。
バルムの鳴き声を満足そうに聞いたアガレスに見送られて、私はオリアスとともに初めての城外へと踏み出した。
「おお」
初めて外から見た城の立派さに私は圧倒されていた。
「ミズキ、こっちだ」
「あ、うん」
オリアスの手を借り馬車に乗り込む。
そういや馬車も乗った事ないよね、今日は初めての事ばかりだ。
「出してくれ」
「はっ」
オリアスの合図に従い、馬車が動き出した。
「…お城ってあんなに立派だったのね」
私は遠ざかるお城を見ながらつぶやいた。
「そうか、外から見るのは初めてか」
「ええ。馬車に乗るのも実は初めてなの」
私はオリアスに向き直って伝えた。
「そうなのか?ミズキの居たところに馬車は無いのだな」
「そうね。乗り物と言えば…」
私とオリアスは、町に着くまでしばしの間、この世界と元の世界の事について語り合った。
「…そろそろ町の入り口だな」
オリアスのいう通り、少し先に大きな門のようなものが見える。
あれが入り口なのだろう。
「すまんがミズキ」
「なに?」
「馬車を下りる際に、フードを被って貰えぬか」
「フード?構わないけど…」
「今起きている問題を知る町の者は限られていてな。滅多に来ることのない人間を、我が連れていると知れると…」
「わかった。それ以上は言わなくても平気よ」
私が勇者だと分かれば、何か問題が起きていると勘ぐる者も少なくないだろう。
町の人たちに不安と混乱を広げたくないという事なのだろう。
「いろいろと窮屈な思いをさせてすまぬ」
オリアスがそう言って頭を下げた。
「ちょ、やめてよ。窮屈だなんてことないわ。こうやって町に連れ出してくれたのも、私の事を考えてくれたからなんでしょう?ありがとう」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「暗い話はやめて、楽しみましょう。こっちに来て初めてのお出かけなんだから」
「うむ、そうだな。いろいろ案内しよう」
「そういえばオリアス」
「なんだ?」
「急に王様が町に行って、騒ぎになったりしないの?」
「ああ、我が休日に町に行くのは珍しい事ではないからな」
「そうなんだ」
そうこうしているうちに町の入り口に馬車が到着した。
私は先ほど言われた通り、フードを被ってから馬車を下りた。
今思えば、昨日服装を確認したときにアガレスがしていた助言って、このフードの事だったのではないか。
さすができる宰相さんと言ったところか。
馬車は町の入り口近くにある駐車場のようなところに停めておくようだ。
御者さん達が馬の世話をする場所や、休憩できる建物もあるらしい。
帰りもよろしくね、御者さんとお馬さん達。
町の門の前には数人の人が並んでいた。
町に入るには、門のところで手続きをしないといけないらしい。
ここで感心したのは、オリアスがきちんと列の最後尾に並んだ事だった。
王様だからって並んでる人を無視して入ろうとしたら、私が咎めていたかもしれない。
それにしても今日はいい天気だ。
日差しが強めなので、フードを被るにも丁度いい。
列に並んで程なくして、私達の番が来た。
「これはオリアス陛下、お声がけくださればお通しいたしましたのに」
手続きを行っていた男性がオリアスを見てそう言った。
「気遣いはありがたいが、今日は公務ではないからな」
「そちらの方は、お連れ様ですか?」
「ああ」
「承知いたしました。どうぞお通りください」
さすがに王様の連れともなると、他の人たちがやってた署名みたいなものは必要ないんだね。
門を抜けて町に入ると、休日という事もあってか多くの人でにぎわっていた。
一目見ただけでも、色んな種族の人たちがいるのが分かる。
お城では会った事のない見た目の人も大勢いた。
オリアスに気づいた人々が挨拶をしてくる。
オリアスも町の人たちに笑顔で答えている。
だがオリアスの言った通り、人だかりができて騒ぎになったりするような事は無かった。
「さて、ミズキは花は好きか?」
キョロキョロと辺りを見まわす私にオリアスが聞いてきた。
「花?詳しい訳ではないけど、見るのは好きよ」
取り立てて花に対する知識がある訳では無いので、正直に答えた。
「そうか。ではまず町の中心に行こうか。噴水の周りに綺麗な花壇があってな、この町の自慢のひとつだ」
「そうなの?見てみたいわ」
オリアスの提案で、町の中心部へと向かった。
町はしっかりと区画整理されていて、先ほどの入り口から中心部へ続く道の周りは商業区で、宿屋やいろんなものを売っているお店、食堂や酒場などの飲食店が並んでいた。
どこからともなく香ってきた食欲をそそる匂いに誘われたバルムが『肉が食べたいですぞ』と言い出したが、まだお昼には早いので却下した。
まったくこの食いしん坊さんにも困ったものである。
私は見るものすべてが新鮮で、あれこれ見まわしているうち、あっという間に目的地に到着した。
そこにはオリアスが言った通り、中央に立派な噴水があり、その周りを色とりどりの花が咲く花壇が囲んでいた。
「きれい」
「うむ。気に入ったようでよかった」
花壇を見まわっている途中、最近食べ物にしか興味がないと思っていたバルムも『綺麗なものですぞ』と感嘆していた。
バルムが食べ物以外にも興味を示してくれて私は安心したよ。
「花を見ていると、なんだか気持ちが落ち着くわ」
私がそう感想を口にすると
「城の庭にも花を植えてある、今度見てみるといい」
とオリアスが教えてくれた。
お城の庭か、身近な場所だけど、そこにも私の見た事のないものが沢山あるんだろうな。
暇を見て色々見てまわろう。
花壇を一通り見終えた私たちは、そろそろ食事にしようと、オリアスおすすめの食堂に向かう事にした。
「陛下、いらっしゃいませ」
店に入ると、店主と思しき獣人の男性が声をかけてきた。
城の料理長ボビットさんも獣人だったけど、獣人は料理が上手なのだろうか。
「すまないが、奥の部屋を使わせてもらえるか」
「はい、もちろんです。どうぞこちらへ」
まだお昼には少し早い時間だからか、私たち以外のお客さんはいない。
にも関わらず、個室の使用をお願いしたという事は、私を気遣ってくれたのだろう。
フードを目深にかぶったままだと、正直食事はしにくいと思っていたので、ありがたい。
「オリアス、ありがと」
奥に向かう途中、私は小声でオリアスにお礼を言った。
するとオリアスは何も言わず頷いた。
通された個室は四人はゆうに入れると言った感じの広さだった。
「もうフードを取っても構わんぞ」
オリアスが私にそう言ったが、店主が居るのにいいのだろうか。
「この者は有事の際に迅速に動けるよう、町に置いている我の配下だ。今回の件も把握しておる」
なるほど、彼は数少ない事情を知る町の住人の一人って事か。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は陛下に仕えるガレットというものです。お目にかかれて光栄です。勇者様」
ガレットの挨拶に、私もフードを取って答えた。
「ミズキです。よろしく、ガレットさん」
挨拶も済んだところで私たちは席に着いた。
「いつもの煮込みを二つ頼む。霊獣殿は肉がいいのだろうか?」
「肉を沢山お願いするですぞ」
オリアスの問いにバルムが答えたが、沢山ってどのくらいなのよ。
「ええ、お肉がいいって」
「ご主人、沢山ですぞ、沢山」
私がオリアスに答えると、バルムが沢山だと強調してきた。
「足りなかったらおかわりすればいいでしょ」
「さすがご主人、賢いですぞ」
「いうほど賢い提案じゃないわよ」
ともあれ、どうやら納得してくれたようだ。
沢山ってお願いして、食べきれないほど出てきて残すのも申し訳ないからね。
「本当に霊獣と契約なされているのですね。驚きました」
私とバルムのやり取りを見ていたガレットが目を丸くして言った。
「ええ、バルムって言うの」
「バルム殿ですか、よろしくお願いします」
「わん」
ガレットの挨拶にバルムはひと鳴きして答えた。
「お食事はすぐ用意しますので、少々お待ちください」
そう言ってガレットは部屋を出ていった。
「どうだ?初めて町に来た感想は」
「すごく楽しいわ。見た事ないものが沢山で」
オリアスの問いに、私は素直な気持ちを答えた。
「そうか。城には夕刻までに戻ればよい。それまで色々見てまわるとしよう」
「ええ。そうね」
街並みや風景もだけど、お店も色々あったから、見たいものが沢山ある。
時間の許す限り、初めてのお出かけを楽しもう。
ほどなくして、ガレットが料理を運んできた。
オリアスが『煮込み』と頼んだ料理は、私の予想に反してお魚料理だった。
煮込みと言えばお肉かと勝手に思ってたんだけど。
そういえば、こっちに来てお魚を食べるのは初めてな気がする。
私の感覚で言えば、『煮込み』というより『煮つけ』だね。
お魚丸々一匹を煮つけたもののようだ。
「では、頂こうか」
「ええ。いただきます」
こちらで初めて食べたお魚の味は、臭みもなく淡白で優しい味の出汁がしみ込んだ、とても美味しいものだった。
食事を終えた私たちは、ガレットに見送られて店を出た。
ちなみに沢山の肉を所望していたバルムさんは、その言葉通り、二度のおかわりをしてオリアスとガレットを驚かせていた。
私はもうバルムの食いしん坊には慣れっこですけどね。
そんな私たちは『お店を見たい』という私の希望で、商業区にある色々な店を見てまわっていた。
食料品や日用雑貨、洋服に装飾品など、なんでも売っている。
「ご主人、美味そうな干し肉がありますぞ」
店先に並んでいる干し肉を見て、バルムがよだれを垂らしながら言った。
「あれだけ食べたのに、またお肉って…」
そんなバルムに私は呆れ気味に答えた。
まったくバルムの食欲は底なしなんだろうか。
「なんだ?霊獣殿は干し肉をご所望か?」
「ええ、さっきあんなに食べたのに…まったく」
「ははは、よいではないか。店主よ、干し肉をいくつか包んでくれるか」
「おお、さすが一国の主ですぞ。太っ腹ですぞ」
またバルムは調子の良い事を言って。
まあ、オリアス本人には聞こえてないから、よいしょしても意味無いんだけど。
「いくらだ?」
「そんな、陛下からお代なんて頂けませんよ」
「そうはいかん。これで足りるか?」
代金はいらないと言った店主に対して、オリアスはそう言いながら大銀貨を一枚渡した。
「え、ええ、いまお釣りを…」
「よい、とっておけ」
ありがとうございますと頭を下げる店主に、オリアスは軽く手を挙げてその場を離れた。
バルムはご希望の干し肉を買ってもらってホクホク顔だ。
その後、お茶を飲んで少し休憩をして、再びお店をいくつか見てまわった。
そのお茶が美味しかったので、イリスへのお土産として茶葉も購入した。
『では我もアガレスにやろう』とオリアスも同じものをお土産にしていた。
お互い、お茶は入れてもらう立場なんだけね。
気づくと日が傾き始めていて、そろそろ城へ戻る時間となっていた。
楽しい時間というのは、本当にあっという間に過ぎてしまう。
「そろそろ馬車へ向かおうか」
「そうね、名残惜しいけど」
「燻製肉も欲しかったですぞ」
「もう、またお肉?」
「霊獣殿はなんと?」
「燻製肉も欲しかったって」
「なんと、ははは、霊獣殿のためにもまた来ねばならぬな」
「ええ、また来ましょう」
城へと戻る車中、オリアスが何やら小箱を取り出して、私に差し出した。
「今日の記念にと思ってな」
「なに…私に?」
突然の事に驚きつつ、オリアスから小箱を受け取った。
「開けてもいいかしら」
「もちろんだ。気に入るとよいのだが…」
小箱を開けると、綺麗な緑色の宝石が付いたイヤリングが入っていた。
この宝石、オリアスの瞳と同じ色だ。
「綺麗…でもこんな高そうなもの貰っていいの?」
「ああ、貰ってくれ」
私は早速イヤリングを付けてみる。
「どう…かな?」
「うむ、よく似合っている」
「いい感じですぞ、ご主人」
「そっか、ありがとうオリアス」
「うむ、気に入ってくれたようでよかった」
「うん、大事にするね」
「うむ…」
まったく、こんなものいつの間に買っていたのだろうか。
まったく不意打ちにも程がある。
サプライズなんてしてもらった事なかったもんな。
なんだか照れ臭い。
オリアスもそうなのか、窓の外に視線をやったまま口を開かずにいる。
何とも言えない空気が漂う中、それを断ち切ったのはバルムの一言だった。
「干し肉をたべたいですぞ」
「…ぷっ」
突然の言葉に、私は笑いをこらえることが出来なかった。
「ど、どうした、ミズキ?」
「…ごめんなさい、バルムが」
急に笑い出した私を見て、オリアスが少し慌てた様子だったので、事情を説明した。
「なるほど、まったく霊獣殿は楽しませてくれる」
そう言ったオリアスと笑いあった。
『我があげてもよいだろうか』とオリアスが言うので、一つだけと言う約束でバルムに干し肉を食べさせた。
そんな事もありつつ、満足したバルムは、城に着く頃にはオリアスの膝で大の字になって寝ていた。
もちろん仰向けで。
すっかり打ち解けたというか…餌付けされるとチョロ過ぎやしませんか?霊獣様。
オリアスは、そんなバルムの様子を嬉しそうに眺めていた。
城に戻って馬車を降りると、アガレスとイリスが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。宰相さん、イリスちゃん」
「うむ。戻ったぞ」
「お疲れでしょう?さ、中へ」
「あ、ちょっと待って」
私はイリスにそう言って、馬に水を飲ませていた御者さんの元に行った。
「御者さん」
「はい。何か至らぬ点でもございましたか?」
私に声をかけられた御者さんは、緊張した面持ちで答えた。
「ううん。違うの、あの、これ。今日のお礼に」
そう言って私は、茶葉の袋を御者さんに渡した。
イリスのお土産を買う際に一緒に購入したものだ。
「…わたくしにですか?」
「ええ、本当はこの子たちにも何かあげたかったのだけど…」
「お気持ちだけで充分でございます」
御者さんが水を飲んでいる馬の頭をなでながら、そう言ってくれた。
「…私も撫でていいかしら?」
「はい。二頭とも気性は大人しいので、労ってあげてください」
「ご苦労様、ありがとう」
私はそう言いながら、馬車を引いてくれた馬の頭を撫でてあげた。
「また出かける時にはお願いします」
「はい。いつでもご用命ください」
そう言って私はオリアス達の元に戻った。
「ごめん。お待たせ」
「うむ、労い感謝する。本来は我が行うべきなのだろうな」
「では、お二人とも中へ…」
そう言ったイリスが、私の耳元を注視したまま動きを止めた。
「どうしたの?イリスちゃん」
アガレスもイリス同様私の方を見ている。
そしてアガレスとイリスの二人が視線を合わせて、ニヤニヤし始めた。
何をしているのか分からず、私はオリアスと顔を見合わせて首を傾げた。
その時、オリアスがハッとした表情をした。
何かに気づいたのだろうか。
「なるほどなるほど」
「へえ、そうですか」
アガレスとイリスは意味深な表情を浮かべながら、何かに納得したような物言いをしている。
「…ミズキ、イヤリングだ」
オリアスが私に小声で伝えてきた。
心なしか、顔が紅潮しているような…
イヤリング?
あ…しまった。
そういう事か。
城を出る時にしていなかったイヤリングを私はしている。
それがどういう事を意味するか。
何とも目ざとい二人である。
アガレスとイリスは、相変わらずニヤニヤしながら私達を見ている。
イリスはともかく、アガレスもこの手の話しが好きだったとは。
別にやましい事があるわけでは無いが、この空気は何とかせねば。
そうだ。
「イリスちゃん、お土産があるの」
「う、うむ。我もアガレスに土産を用意した」
そう言って私とオリアスは、お土産の茶葉を二人に渡した。
「なんと、お心遣い痛み入ります」
「ありがとうございます。勇者様」
よし、このままの勢いで、早く城の中に入ろう。
と思ったのだが
「「では、お茶を頂きながら、詳しいお話を伺いましょうか」」
アガレスとイリスの声が見事にハモった。
その後、それぞれ私はイリス、オリアスはアガレスに、根掘り葉掘り聞かれたのであった。
こうして私の初めてのお出かけは幕を閉じた。