書かれた文字は日本語でした。
翌日、朝食を食べ終えた私は、特に予定のない一日をどう過ごそうかとぼんやり考えてた。
魔法の訓練はアズが居ないところではやらないように釘を刺されているし、かと言って武具管理局に続けてお邪魔するのもなんだか気が引ける。
一人思案しているところにアガレスがやって来て、オリアスが呼んでいるから執務室に来て欲しいと言われた。
予定もない私としては断る理由もなく、アガレスに連れられ、オリアスの元へと向かった。
仮に予定があっても魔王の呼び出しは優先すべきなんだろうけどね。
執務室に入ると、オリアスは机に向かって書類仕事をしているようだった。
「来たか」
オリアスはそう言って私の方に目を向けた。
来たかって、あんたが呼んだんじゃないか。
などというツッコミは心の中にしまっておいた。
「何か用?」
私がそう尋ねると、オリアスは何故か視線を逸らした。
「用というかだな…その、なんだ…」
何か言いにくい事なのだろうか。
封印が予想より早く解けちゃいそうとか?
逆に宝剣が見つかったから、私はもう用なしだとか?
私が固唾を飲んで待ち構えていると、横にいたアガレスが小声で耳打ちしてきた。
「オリアス様は、ミズキ様が自分の元に顔を出してくれないので、拗ねておられるのです」
はい?なんて仰いました?
私が自分のところに来ないから拗ねてる?
なんだそりゃ。
特に用もないのに、元気?みたいなノリで王様のとこなんて行けないっての。
そもそも今だって仕事してるじゃないか。
「おいアガレス、余計なことを言うな」
オリアスにもアガレスの言葉が聞こえていたのだろうか、そう言って一瞬合った視線をまた私から逸らす。
まあ、オリアスくらいのイケメンに求められるのは悪い気はしないが、この反応は正直面倒くさい。
まさか魔王が構ってちゃんだったとは…
こういう時は、直球勝負に限る。
「それで、私にどうして欲しい訳?」
「どうと言われても…たまには我の所にも顔を出して欲しいというかだな」
ほんと何なんだこの魔王、めんどくさい彼女かよ。
「はあ、分かったわよ。たまにはここに顔を出すようにするわ。用件はそれだけ?」
まだ何かありそうな予感がしたので、私はそれを問いただした。
「い、いや。いくら我でもそれだけで呼び出したりはせん」
用件が構ってちゃんだけじゃなくて少しほっとしたよ、ほんの少しだけだけどね。
「明日なのだが、何か予定はあるか?」
「特にないけど」
私が答えると、オリアスの顔が明るくなった。
「では、我と一緒に城下に行ってみぬか?」
そういえば明日は白の日で休日だ。
魔王もお休みという事なのか。
城下という事は町だろうか、私はここに来てから城から出た事がないことに気が付いた。
「いいわよ。行きましょう」
外にも興味があるし、断る理由が無いので私はオリアスの申し出を承諾した。
「そうか。では明日十時ごろここに来てもらえるか」
「ええ、分かった」
このやり取りを私の隣で見ていたアガレスは、うんうんと頷きながら嬉しそうにしていた。
アガレスはオリアスの親御さんかな?うちの子が友達を無事に誘えてよかったみたいな雰囲気だけど。
オリアスの用件はそれだけだった。
私が心配した時間を返して欲しい。
なんだかモヤモヤした気持ちのまま、部屋に戻ろうとした私はふとある事を思い出した。
「そうだオリアス」
「なんだろうか?」
「私がこっちに来た日に聞いた、勇者の伝承なんだけど」
勇者の話しと分かると、オリアスの表情が引き締まる。
この辺りはさすが国を治める立場にある者と言ったところか。
「うむ」
「何か記録みたいなものは残ってないの?」
勇者の伝承、それの元となる文献などがあれば、何かの役に立つかもしれない。
私はそう思い、オリアスに尋ねた。
「記録か…あるにはあるが」
そう言ってオリアスは、しばらく考え込んだ。
「ミズキになら理解できるやもしれんな」
「なるほど、確かにあり得る話かもしれません」
オリアスの言葉にアガレスも同意した。
よく分からないが、何かしらの記録が残っているようだ。
「それ、見せてもらえる?」
「ああ、もちろんだ。案内しよう」
オリアスはそう言って立ち上がった。
「いや、わざわざオリアスが行かなくても」
「我でなくては、そこまで行けんのだ」
仕事の邪魔をするのも気が引けたので、私が制止居ようとすると、オリアスはそう言って私の元へと歩み寄る。
「ミズキ様がご覧になりたいものは、封印の間と同様、結界を抜けなければ行けないのです」
オリアスの同行が必要な理由をアガレスが教えてくれた。
なるほど、確か結界は王にしか解除できないはずだ。
だからオリアスでなければ行けないのか。
そんな厳重警戒の場所にある記録とはどんなものなのだろうか。
大勢で行くような場所ではないと言うオリアスの言葉に従い、そこには私とオリアスの二人で向かう事となった。
バルムは宰相さんとお留守番だ。
『拙者も一緒に居くですぞ』と言っていたバルムだったが、宰相さんの『待っている間、おやつにしましょうか』という言葉を聞いて『拙者はここで待っておりますぞ』と留守番を受け入れた。
手のひら返しがすごいよ、バルムさん。
なんだか食べ物に負けたような複雑な気持ちのまま、私は勇者の記録がある場所へと向かった。
城の地下二階、廊下の途中でオリアスが壁に手をかざすと、その先に続く通路が現われた。
これが結界というやつなのだろうか。
通路の先にあった階段で、地下三階へ降りてしばらく進むと扉があった。
どうやらここが目的地のようだ。
「ミズキ、中へ」
オリアスが扉を開けて私を招き入れる。
中に入ると、たくさんの本棚が並んでいた。
「ここは禁書室と言ってな、重要な文献や魔法書などを所蔵している」
「そんな重要なものがこんなにたくさんあるんだ…」
「上級以上の魔法書はすべてここに収めてあるからな」
そういえばアガレスに魔法について聞いたとき、上級以上は国が管理してるって言ってたな。
その魔法書がここにあるのか。
『へえ…』と私が禁書室を見渡していると
「目当てのものはこれだ」
そう言ってオリアスが、机の上に一冊のノートのようなものを置いた。
「これが勇者に関するっていう?」
「うむ、そう聞いている」
私はノートを手に取ってみたが、目立った劣化もなく五百年前のものとは思えない状態だった。
これも魔法でどうにかしてたりするのだろうか。
ノートを開いて見る。
「…これは、日本語?」
開いたページに書かれていた文字、それは紛れもなく日本語だった。
伝承の勇者も日本で暮らす者だったという事だ。
でも五百年前だと室町時代辺りのはず、しかしノートに書かれている文字は私でも問題なく読める。
どういう事なんだろうか?
ここと元の世界では時間軸が違ったりするという事か。
「ミズキ、それが読めるのか?」
「ええ、前の勇者も私と同じところから召喚されたみたいね」
「そうか、そこにはなんと書かれている」
「ちょっと待って…」
オリアスに急かされて、私はノートに書かれた内容を確認した。
どうやらこれは日記のようだ。
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今日、わたしは知らない世界に呼び出された。
なんか困ってるから助けてくれって。
みんながわたしの事を勇者と呼ぶ。
わたしはそんな特別な人間じゃないのに。
帰る方法も分からない。
わたしはどうすればいいの?
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当時の心情がつづられていた。
ノートは結構なページがある。
とりあえず最後の記録を見てみることにした。
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やっぱり彼女は悪くなかった。
証拠も集めた。
協力してくれた彼が城を追放されたもあいつの仕業だ。
彼は無事だろうか。
明日、王様にすべて話そう。
全ての元凶はあいつなのだから。
使いたくはないけど、切り札も用意した。
大丈夫、うまくやれる。
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これが最後に書かれた内容だった。
ここだけ見てもなんだかよく分からい。
デオドーラの封印とは別の話しだろうか。
元凶のあいつとは何者なのか。
そもそも元凶とはなんなのか。
謎だらけである。
「どうだ、ミズキ」
「とりあえず、最後に書かれた内容を見てみたけど、よく分からないわね」
私は書かれていた内容をオリアスに伝えた。
「…ふむ、確かにこれだけでは理解できんな。何らかの問題を抱えていたのは間違いないようだが」
「ええ、全部見てみるしかなさそう」
「そのようだな」
「これって、持ち出しちゃまずいわよね?」
こんな厳重に管理されているものだ、安易に持ち出せるはずもないだろう。
「いや、構わんぞ」
「え?いいの?」
あっさりと許可されて、ちょっと間の抜けた声が出てしまった。
「ミズキ以外に読める者もおらんしな。特に問題はなかろう」
確かに私にしか読めないから、口外しなければ内容が漏れる事もないか。
オリアスがいいと言っているのだから、深く考えずにありがたく借りていこう。
「それじゃあ、借りてくわね」
「うむ、何かわかったら報告してくれ」
「ええ、分かったわ」
「では戻ろうか」
勇者の日記を手に、私たちはバルムとアガレスが待つ執務室へと戻った。
執務室に戻ると、ソファーに座ったアガレスが横にいるバルムの頭を撫でていた。
「お疲れさまでした。オリアス様、ミズキ様」
「お帰りですぞ、ご主人」
「うむ」
「ただいま。すっかり仲良しみたいね」
「バルム殿の毛並みは心地よいです」
「この男、なかなかにいい奴ですぞ。干し肉が美味でしたぞ」
やっぱ食べ物なのね。
完全に餌付けされちゃってるじゃない。
知らない人には食べ物貰っちゃだめだぞ、バルムさん。
「いかがでしたか?」
アガレスが立ち上がって、状況の確認をしてきた。
「とりあえず読める事は確認したわ。詳しい内容についてはこれから」
そう言って私はアガレスに日記を見せた。
「そうですか」
「では、そちらについてはミズキに任せる。頼んだぞ」
「ええ、早速戻って確認してみるわ」
そう言って、私とバルムは部屋に戻った。