兎にも角にもいい人でした。
部屋に戻ろうとしていた私達だったが、お腹が減っていることに気が付いた。
時刻は十四時を過ぎた頃、五時間近く訓練をしていたのか。
昼食抜きで訓練していたのだから、お腹が空いて当然だ。
「バルム、お腹空いたね。食堂にボビットさん居るかな?ちょっと覗いてみようか」
「それがいいですぞ」
という事で、部屋に戻る前に食堂に寄ってみることにした。
「すみません、誰かいらっしゃいますかあ」
食堂に誰もいないのが、なんだかいい匂いがするので、私は厨房に向かって呼びかけた。
「こんな時間になんだ」
しばらくするとそう言いながら、ボビットが厨房の奥から顔を出した。
「あ、ボビットさん」
「ん?なんだ勇者の嬢ちゃんか、どうした腹でも減ったか」
「はは、お昼ご飯食べ損ねちゃって、お察しの通りです」
「たく、しょうがねえ勇者様だなあ」
「…面目ない」
「まあ、丁度いい。いま試作料理の味見するとこだ。一緒に食ってみるか?」
「うん。ぜひ」
「そっちの犬っころにはそうだな、干し肉くらいしかないが、それでいいか?」
「拙者は犬ではないですぞ。干し肉は頂くですぞ」
「はは、干し肉頂きますって」
「へえ、本当に犬っころの言ってることが分かるんだな」
「私にしか聞こえないから、証明のしようが無いんだけどね」
「そんなもん、よだれ垂らしてるそいつ見りゃ分かるだろ」
ボビットはそう言ってガハハと笑い飛ばした。
ボビットは私に対して変に気を使わないから、話していて楽だ。
アズもそうだったが、如何せん年の功なのか、一筋縄ではいかないタイプなので、無駄に警戒してしまう。
「じゃ、そこら辺に座って待ってな」
「はーい」
しばらくして、大き目な鍋とバルム用の干し肉を持ったボビットが厨房から出てきた。
「ほらよ」
バルムに干し肉を上げた後、鍋を私の前に置いた。
前回同様、材料が何かは全く分からないが、肉を煮込んだものだろうか、とてもいい匂いがする。
「世辞はいらねえから、嬢ちゃんの率直な感想を聞かせてくれ」
ボビットが小皿に料理をよそいながら言った。
料理に対しては真摯に向き合うタイプなんだろう。
「わかったわ。いただきます」
見た感じ、ビーフシチューのような感じだ。
大き目にカットされた肉と野菜が、とろみのあるソースを纏っている。
まずはソースを一口
少し甘めで濃い味わいだ。
美味しいのだが…なんだろう肉の臭みだろうか、癖のある香りが鼻につく。
ボビットは料理を味わう私を黙ってみている。
続いてメインであろうお肉を頂いてみよう。
良く煮込まれているためか、スプーンでほぐれる程に柔らかい。
口に含むと、やはり先ほど感じた癖のある香りは、この肉の臭みのようだ。
ソースだけを食べた時より香りが明らかに強い。
野生動物特有の臭みというのだろうか、なんとも独特な香りだ。
野菜も一通り味わったが、やはり気になるのは香りだった。
私がスプーンを置くと、ボビットの視線が厳しくなる。
「味付け自体はいいと思うわ」
「ああ」
「ただ、私はその味付けを、肉の臭みが上回ってしまっているように感じたわ」
私が正直に感想を述べると、ボビットは大きなため息をついて肩を落とした。
「やっぱりか」
そう言ってボビットも料理を口にした。
「…嬢ちゃんのいう通りだな。肉自体は質も良くて旨いと思うんだが、この匂いがなあ」
どうやらボビットも私と同意見だったようで安心した。
どちらかというと、ボビットは他人も自分と同じように感じるかを確認したかったように見える。
「どうしたもんか…」
そう言って頭を抱えるボビット
なぜボビットはここまで悩むのだろうか。
この肉に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。
「この肉にこだわる理由がなにかあるの?」
私は疑問をボビットにそのまま投げかけた。
「ん?ああ、オレは孤児院出身でな」
私の疑問に対して、何故かボビットは身の上話を始めた。
「孤児院ってのはお世辞にも裕福な生活はできねえ。最低限の食事と教育。それが受けられるだけでも孤児にしてみりゃありがたい話だからな」
私は元の世界でもその辺りには詳しくないが、そういったものなのだろう。
「オレはここで料理番をさせてもらうようになってから、月に何度か孤児院でもガキどもの食事を作ってるんだ」
城の料理番ともなれば、孤児院の出世頭なのではないだろうか。
そこでふんぞり返る事無く、恩返しに料理を振舞うとは何とも男気を感じる話である。
「ただ良い材料使って旨いもん食わせても、そん時は満足するだろうが、後々を考えると無駄に舌が肥えるだけで、ガキどもにとっては良い事とは言えねえとオレは思ってる。焼きたてのパンだけでも大喜びするようなガキどもだからな」
憎まれ口のような感じだが、ボビットの目はとても優しいものだった。
孤児院の子供たちが本当にかわいいのだろう。
「この肉は匂いがきつくて捨てられる事も多いんだ。そんな肉で手間をかけて調理すれば、こんなに旨くなるんだってのをガキどもに教えてやりたかったんだがな」
そう言ってボビットは再び頭を抱えた。
なるほど、捨てられるような肉でも手間暇かければ美味しく頂ける。
コツコツと積み重ねて行けば、ボビットのように道が開けることもあるという事を、子供たちに伝えたいのだろうか。
いい話、そしていい男である。
何とかしてあげたいけど、そんなに料理に詳しい訳でもないしな。。
肉の臭みを消すって、確かお酒や果物をすりおろしたものに漬け込むとかだったような気がするけど。
「ボビット、こっちでは臭みを消すのにどんな事をするの?」
「臭み消しは、血抜きをしっかりするのと、下茹でする…あとは香草類と一緒に調理するくらいか」
なるほど、先ほど私が思い当たった事はしていないようだ。
これは試してみる価値があるかもしれない。
「私に思い当たるやり方があるんだけど…」
「何か方法があるのか!?」
私が提案しようとすると食い気味にボビットが反応した。
「効果があるかはやってみないと分からないわよ」
「ああ、構わねえ。やれる事は何でも試してみてえ」
釘を刺す私の言葉にボビットは即答した。
それほど、この肉を美味しくして食べさせてあげたいのだろう。
改めてボビットの熱意を感じた。
私の居た世界では、お酒や果物に肉を漬け込んで臭みを消していたはずだとボビットに伝えて、それらを一緒に試してみることにした。
まずはお酒、ここでの一般的なお酒は三種類
一つ目は果物の果汁を発酵させて作った、ワインのようなもの。
実際一口いただいたが、色、味ともに白ワインのそれだった。
二つ目はビール、これはほんとにそのままだった。
三つめは穀物を蒸留して作ったもの。
日本酒と焼酎の間みたいな感じだった。
私的には、これが一番臭み消しとしていけそうな気がした。
ビールは確か、肉を柔らかくするのに使っていたような気がしたので、ワインと穀物の酒で試すことにした。
二種類のお酒に肉を漬け込み、続いては果物である。
リンゴやパイナップルが使われていた気がするので、いま調理場にある果物で甘酸っぱいものを選んでもらった。
候補はこれも二つ
一つ目は見た目はバナナのようだが、果肉はリンゴのような果物。
触感はなしに近くて水分多め、味はちょっと酸味の強いリンゴだった。
普段はジュースとして飲むことが多いようだ。
二つ目は中々形容しがたい風貌の果物。
出会ったことのない形なので表現できないが、南国系の果物っぽい色がちりばめられているとだけ言っておこう。
何とこいつ、皮ごと頂けるとの事で、恐る恐るひとかじりしてみると、固めの桃のような微妙な触感で、先ほどのリンゴもどきよりも甘みが強く美味しかった。
この二種類をすりおろして、そこに肉を漬け込んだ。
どの程度漬け置きしておけばいいかは、私もはっきりとは分からなかったので、とりあえず夕食まで漬けておくことにした。
今が十五時前だから、夕食まで大体四時間ちょっと、この間漬け込んでどの程度効果が出てくれるか。
あとは待つのみである。
ちなみにこの間バルムがどうしていたかというと、昨夜の夕食後同様大の字になって寝ていた。
夜寝るときは普通に体を丸くして寝るのに、なぜ食後に寝るときは仰向けで寝るのだろうか。
ボビットと夕食のときに一緒に確認する約束をして、私は食堂を後にした。
「あのお肉、惜しく食べられるといいけど」
「…ん?肉ですぞ?」
私がポツリとこぼした言葉に、寝ていたはずのバルムが反応した。
肉に反応するとか、そんな食いしん坊キャラなのか?バルムは。
「おはよう、バルム」
「…ご主人、肉ですぞ」
まだ寝ぼけているようだ、会話が成立しない。
「お肉はさっき食べたばかりでしょ」
「…そうですぞ?」
やり取りが物忘れのひどいおじいちゃんと孫みたいになっている。
どうもバルムは目が覚めてから正常に機能するまで、時間がかかるようだ。
そんな不毛なやり取りをしていると、背後から私を呼び止める声が聞こえた。
「ミズキ様、丁度伺おうとしていたところで」
振り返ると、そこにはアガレスが居た。
「何か用事?」
「はい、これから少しお時間いただけますか」
「ええ、構わないけど」
「ありがとうございます。ではこちらへ、少し歩きますので」
私はそう言って歩き出したアガレスの後に続いた。
「どこに行くの?」
「武具管理局です」
武具管理局、武器を管理しているところって事かな。
そんなところに何の用があるのだろうか。
アガレスが言った通り、しばらく城の中を歩いた。
私の部屋は城の二階、食堂も同じ二階にある。
そこかから階段を下りて一階へ。
更に地下一階に下りてから少し進んだ先に、目的地である武具管理局があった。
「失礼します」
アガレスが扉をノックし、そう言いながら中に入った。
「おじゃまします」
私も後に続いた。
「おお、アガレス殿。何か御用で?」
そう言って私たちを迎えてくれたのは、長いひげを生やした背の低い男性。
ドワーフというやつだろうか?
「こちらの勇者、ミズキ様に、皆さんの作業をご覧いただきたく伺いました」
その彼の質問にアガレスがそう答えた。
そういう目的だったのか、当事者である私も初めて知ったよ。
「なるほど、例の宝剣がらみですな」
ドワーフの言葉にアガレスは無言で頷いて肯定した。
するとドワーフが私に向き直って挨拶してくれた。
「お初にお目にかかります、ミズキ殿。ここを任されているカルツと申します」
「よろしく、カルツさん」
挨拶を終えた私たちは、カルツの案内で武具管理局を見て周った。
城の兵士たちが使う武器、防具の管理はもちろん、それらの製作もここで行っていた。
アガレスは宝剣作りの参考になればと、私をここに連れてきてくれたようだ。
確かに刀鍛冶なんて、ごくたまにテレビで見かける程度の知識しか持たない私にはありがたい話だった。
カルツから局内の説明を一通り受けて、今日の見学は終了した。
帰り際、何かあればいつでも訪ねてくれと、カルツは言ってくれた。
出来る事があれば何でも協力するとも。
そんな気のいいドワーフ達と別れ、私は部屋に戻った。
部屋に戻ると、イリスが笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい。勇者様、バルムさん」
「ただいま。イリスちゃん」
「わん」
長い事一人暮らしだった私にとって、誰かに『お帰り』と言われるのは久方ぶりで、なんだかくすぐったい感じがした。
妹でも居たらこんな感じだったのかな。
「随分かかりましたけど、魔法の方はいかがでしたか?」
「ああ、実はね…」
イリスがお茶の用意をしながら聞いてきたので、私は魔法の訓練内容と、その後にあった事を説明してやった。
「そうだったんですか。お料理、上手くいくといいですね」
「そうね。もうすぐ約束した頃合いだし、イリスちゃんも一緒に行く?」
「はい。ぜひご一緒させてください」
部屋で少しのんびりした後、私たちは食堂へと向かった。
私たちが食堂に入ると、先客が数名居た。
「おう嬢ちゃん。待ってたぜ」
私達の姿を見つけたボビットが厨房から声をかけてきたので、手を振って答えた。
「ボビットさんは、またあんな言い方して…」
イリスは私の隣でボビットの言葉使いについて愚痴をこぼしている。
私としては接しやすくてありがたいのだが、イリスにしてみるとそうもいかない様子だ。
ここはフォローしておいてあげよう。
「まあまあ、私はボビットのああいう感じ嫌じゃないから。なんなら、イリスちゃんも普通に話してくれていいんだよ?」
私がそう言うと『いえいえ、私にはそんなこと出来ません』と全力拒否されてしまった。
そんなやり取りを交えつつ私達が席に着くと、ボビットが夕食を運んできてくれた。
見た感じ、あの肉は無いようだ。
「あれは夕食の後に試そう」
私の視線を察したのか、ボビットはそう言って厨房へと戻った。
そういう事ならまずは夕飯を頂きますか。
「いただきます」
毎度のことながらボビットの作る食事は美味しかった。
そして今回は食事を終えてもバルムは寝ていなかった。
お肉を試食すると話したからだろうか、食いしん坊キャラが定着してきたぞ、バルムさん。
私達が食事を終えると、少し間をおいてボビットが例のものを持ってきた。
「肉自体の味が分かるように、シンプルに焼いたものだ」
そう言ってテーブルに置かれた皿には、切り分けられたステーキのような肉がある。
塩コショウで味付けはされているようだが、確かに焼いただけという見た目だ。
あの気になる臭みは今のところ感じない。
「ほれ、お前さんの分だ。熱いかもしれんから気を付けろよ」
ボビットはそう言ってバルムの前にも皿を置いた。
そして私とイリスは、ボビットからどれが何に漬けたものかの説明を受けた。
まずはワインのようなお酒に漬け込んだ肉から頂く。
私とイリスはほぼ同時に肉を口に運んだ。
その味はと言うと
「うん、美味しいわこれ。かすかに臭みも感じるけど、それよりこのお肉本来の味が優ってるわ」
「そうですね。これがあのウルボのお肉だとは、言われなければ分かりませんよ」
そう、このお肉はイリスが言った通り、ウルボというこの地域に多く生息する動物の肉なのだ。
聞いた限りでは、イノシシのような見た目のようで、牙や毛皮などは加工品としてよく使用されるらしい。
「なんと!これがあのウルボとは、全く気が付きませんでしたぞ…もごもご」
イリスの言葉を聞いたバルムが、肉を口いっぱいにほおばりながら驚きの声を上げた。
バルムはもう完全に食いしん坊キャラで決まりだね。
「バルムはこのお肉食べたことあるの?」
「…前に何度か食べた事があるですぞ。我らもかなり食料に困った状況にならないと、ウルボを食べようとは思わないですぞ」
生で食べたら相当匂いきつそうだもんね。
それと比べれば雲泥の差だろう。
「確かにこれならいけるな」
ボビットも肉を食べて満足そうに言った。
その後、残りの肉も試食したが、一番臭みが消えたのは日本酒に似た穀物酒につけたものだった。
「ありがとう。嬢ちゃん。これであいつらにも旨い肉が食わせてやれるよ」
ボビットはそう言って私の手を握ると上下にブンブンと振った。
本当にうれしそうにしてくれて、私も付き合った甲斐があったよ。
その後部屋に戻った私は、疲れと汚れをお風呂で洗い流して、充実感に満ちた気持ちで一日を終えた。