第6話 脱出
エルメラとの潜伏生活が始まって10日が経過した。
俺のショッピングスキルでの金策は、思っていたほど上手くいかなかった。
どれくらいの値がつけて貰えるのか、まずは試しにといくつかの商品をローブルファミリーに買い取ってもらった。ファンタジーの定番金策商品『胡椒』『砂糖』『ガラス製食器類』などだ。しかし、どれも安く買い叩かれてしまった。使用した魔石代に比べれば十分過ぎるほどの利益は出ているのだが、思っていたほどの大金にはならなかった。
もちろん大量に販売すればまとまった金になるのだが、同じ商品を大量に売ることは不自然に思われるからとエルメラに禁じられている。設定としては俺が旅の途中で遠い異国で入手したものということになっているのだ。
ただ、予想外に高く買い取ってもらえた品がある。それはカツラだった。
俺は購入した理髪用品に慣れるため、倉庫でカツラを使ってカットの練習をしていた。前世とは指の長さが変わっているので、四苦八苦しながら練習をしていた時に、ローブルファミリーの組員が訪ねてきた。その時にカツラを見た組員がそれを買い取ると言い出したのだ。違う髪型、髪色のカツラを10個程買い取りに出すと大金に化けた。何れも魔力1000~2000位の安物ウィッグだったのだが、何に使うのやら。
この世界のマフィアの購入意欲を刺激するものが何なのか、いまいちよく分からないな。
そんな感じで10日が過ぎて、購入した理髪用品も手に馴染んできた。
そして俺は今、エルメラの頭をシャンプーしている。
金属の手が頭皮を傷付けないよう配慮し、厚手のゴム手袋を着用済みだ。ベッドにブルーシートを掛けて寝てもらっている。シートの下には『アウトドア用折りたたみ式クッションマット(厚さ2cm)』お値段2270魔力、も敷いてある。これは持ち運べるので今後も役に立つだろう。
しかし、何をするにしても安物の商品しか買えないのが不満だ。魔力の無駄遣いはできないから仕方がないのだが。
「私は逃亡中なのだぞ?身奇麗にする必要があるか?」
「不衛生なのは健康に良くないんだよ。」
最初は文句を言っていたエルメラだったが、シャンプーをしているうちに大人しくなった。終わった後は満更でもなさそうな顔をしていた。
「じゃあ、次はこっちに座ってくれ。」
「まだ何かするのか?」
「髪を切る。」
「不要だ!手配書と人相が変わっている方が都合が良いんだ!」
「じゃあ、手配書とは違う髪型にする。手配書はあるか?」
自分の手配書を持っているようだ。マジックバッグの中から取り出して渡してきた。
すごく上手な人相書きだ。そして予想通り、目の前にいる人物とは思えない美人が描かれていた。
罪状は宮廷魔法師の殺害の罪?まあ、これは詮索しないほうがいいだろう。短い付き合いだが、意味もなく職場の人間を殺すような奴だとは思えない。
「どんな髪型にするかな。・・・カタログはご覧になられますか?」
「知らん!勝手にしろ!」
お客様に怒られてしまった。遊んでいると思われたのだろうか?俺は至って真面目に仕事をしているつもりなのだが。
折角長く伸びている髪をバッサリ切ってしまうのは勿体ない気がする。もちろんショートヘアを否定しているわけではない。ただ、手配書の髪型が割りと短めなこともある。やはり、ロングでいくべきだ。
よし、ゆるめのウェーブにしよう。エルメラは髪が細いからボリュームも出て似合いそうだ。ゆるくふんわりしたカールなら、朝のスタイリングはヘアオイルをつけるだけで決まるし楽だろう。
仕上がりを鏡で確認してもらった。
「いい感じじゃないか?少なくともさっきの手配書の人物とは思えないと思うぞ。」
「フンッ!」
エルメラは鼻息荒く大股歩きで作業場に向かっていった。
うん、あれは気に入って頂けたようだな。俺もようやくボサボサ頭を整えることができて満足だ。
そして、エルメラの追加の仕事も終わり、指定された商品の納品が済んだ。この日は珍しく、いつもの地味顔の連絡員ではなく、この周辺地区の現場責任者のバッケスがやって来た。
「お二人さん、お勤めご苦労だったな。」
「ようやく先に進めるな。」
「おう、それで改めて紹介する組織の説明をしておくぞ。」
向かう先はニールベンの街。その街のローガーファミリーというマフィアに匿ってもらうことになるそうだ。
「ローガーファミリーのボスは、うちのボスの弟だ。組織自体も兄弟みたいなもんだと思ってくれていい。関係は良好だし、お前らのこれまでの貢献度も伝えてある。無下に扱われることはないから安心してくれ。」
「できればさっさと国境を越えたいんだがな。」
「俺は国境越えの方法を知らないから、ローガーの連中に聞いてくれ。」
「いつ出発できる?」
「準備は整っている。いつでも行けるぞ。希望日はあるか?」
「早いほうがいい。可能なら明日にでも。」
「OK。じゃあ、明日の昼前に出発だ。連絡員を寄越すからここで待機していてくれ。」
「了解だ。世話になったな。ボスにもよろしく伝えておいてくれ。」
「ああ、伝えておこう。国境越えは大変だと思うが、上手くやれよ?じゃあな。」
バッケスが去った後、気になったことをエルメラに尋ねてみた。
「意外だな。もっと引き止めると思っていたんだが。エルメラを飼い殺しにして魔導銃を造らせ続けるとかしないんだな?」
「国に追われている犯罪者を手元に置いておきたいと思うか?長期間匿うのはマフィアにとってもリスクが大きいんだ。」
「でも、あのマフィアの連中も犯罪者じゃないのか?」
「違うぞ。確かに禁制の品を扱ったり、犯罪行為は行っているだろうが、奴らはプロだ。バレないようにやるんだ。バレないから犯罪歴はないんだ。表向きには手広く事業を行っている健全な組織だ。」
「へえ。そう言われて見ると、スラムの子供たちを従業員として大切に扱ってる様子だったな。」
「ああ、子供たちがよくやってるのは街の清掃だな。ゴミを集めて街の外のゴミ処理場に運んだりとか。ゴミ処理場の経営はどこの街も大体マフィアが経営しているぞ。」
「すごく社会に貢献してるじゃないか、マフィア。」
「そうなのだ。だから領主も多少のことなら目を瞑る。やりすぎない限りマフィアを取り締まることはしないんだ。表の住人は誰もゴミの処理なんてやりたがらないからな。」
「スラムの住人も生活できるし、街は綺麗になるし、領主にとってはマフィアがいた方がメリットが大きいのか。」
「そんなことより明日には出発だぞ。確認だが、魔力量は十分にあるな?途中で補給はできないと思っておけよ。次の潜伏先に入るのは予定通りにいけば5日後だ。」
「問題ない。不測の事態も想定して多めに魔力は確保している。」
俺が一日駆動するのに消費する魔力は、およそ4万魔力だということが判明している。ローブルファミリーに依頼して購入した魔石は全て取り込み、現在の残量は45万魔力ある。未だにMAX残量がいくらなのかは分かっていない。
「うむ。それではこれをお前に渡しておこう。」
渡されたのは小さなショルダーバッグだった。
「これはまさか・・・」
「ああ、マジックバッグだ。と言っても大した性能ではない。重量軽減重視で容量は小さい倉庫小屋位だ。今、手持ちの素材で作れるのはそれが限界だ。アキラは結構な量の買取品を出したから、持っていないと不自然だからな。」
「十分すぎる性能だよ。ありがとう。」
「持てない荷物は私のマジックバッグに入れておくから寄越せ。」
スキルでバックパックを購入しようか悩んでいたからありがたいな。
翌朝、朝食を済ませたエルメラの髪をセットしていると、扉のノック音が5回響いた。
おかしいな、予定よりまだ大分時刻が早いぞ。
「ロークの使いで来た。緊急事態だ。」
問題発生か。急いで扉を開けて連絡員を部屋に入れる。
「どうした?」
「王都関係者と思われる一団が北門から街に入った。」
「私の追手か?」
「分からない。だが、追手なら検問が厳しくなる可能性がある。急いで脱出してくれ。南門から出る予定だったから、そっちはまだ間に合うはずだ。」
「分かった。準備はできている。すぐに出発しよう。」
2軒隣の倉庫に竜車という乗り物が用意されていた。竜というよりでっかいトカゲだな。運び屋も2名待機していた。
「護衛兼御者のベイズだ。そっちはエラン。時間がないから乗ってくれ、嬢ちゃんはこっちだ。」
ベイズは箱状の荷台の一番奥にエルメラを案内した。どうやら隠しスペースがあるようだ。
「あんたはこの上だ。登って腹這いになってくれ。」
俺は荷台の中ではなく上だった。
「上?外から丸見えなんだが?それに振り落とされるだろ。」
「見えないように上に幌を被せる。捕まっておくための取っ手もつけてある。でかい人間を運ぶ時はこの方法が一番バレない。」
言われた通りによじ登って腹這いになる。俺の上に手際よく幌が取り付けられた。成る程、確かにこれなら外から見えないが、箱状の荷台に幌は必要ない物だし、不自然じゃないかな?
「荷台の雨漏り対策って言えばすんなり通れるんだよ。まあ、任せとけって。運ぶことに関しては俺たちはプロだ。」
ベイズは荷台と幌の間に挟まってる俺の疑問に答えてくれた。
ゴトゴトと音を立てて動き始めた。進んでいくにつれて人の気配が増えていっている。スラム街を出たのかな?まだ表の街の様子は一度も見たことがないので、外の様子がとても気になる。
竜車が停止した。南門に着いたのだろう。後ろで荷台を開ける音が聞こえる。検問だ。バレないかな。息をひそめて・・・って俺、息してなかったわ。
ベイズと憲兵らしき人物が少し会話したあと、竜車は再び動き出した。どうやら問題なく街を脱出できたようだ。幌を少し捲り、外の様子をこっそり覗いてみた。少し離れた前方に馬車が走っている。当たり前だが、街を出るのは俺たちだけじゃない。対向車もやってくるだろう。街の外に出ても人目に触れる可能性があるわけだ。俺みたいな怪しい風貌の奴は夜になるまで外に出れそうにないな。暇だしショッピングサイト見て暇潰しするか。