第38話 贈り物
辺境伯家の女性方への贈り物という、難易度の高いミッションを下された。
我らがボスの指示なのだから、俺たちに拒否権はない。そして確実に結果を出さねばならない。
贈り物というのは本当に難しい。ただ贈ればいいというものではない。相手が喜ばなければミッションは成功したことにならない。逆にボスに恥をかかせるような結果になれば、マルダシリはケツを蹴られるどころでは済まないかもしれない。心してかかるとしよう。
社交界用の贈り物というと、ドレスやアクセサリーだろうか。
服やアクセサリーのコーディネートは専門ではないが、それなりに理解はあるつもりだ。俺は美容師だからね。客の服装に合わせた髪型とか髪飾りを提案した経験もある。ただ、問題は俺のセンスがこの世界で通用するのかという点。そして、この世界の社交界マナーも知らなければならない。
更に、先方は春に向けて既に準備を進めているはずだ。贈り物が準備している物と被っては意味がない。先方がどの程度の準備を進めているのか、そもそも相手がどんな人物なのかも知らねばならない。
つまり、まずやるべき事は情報収集ということだ。幸いにも、うちには優秀な情報収集部隊がいる。
「というわけで頼んだぞ、マルダシリ。特に社交界のマナーは詳しくな。禁色とかあるかもしれないし。」
「了解しやした。辺境伯家のメイドの中に伝手がある奴がいるんで、すぐに情報は揃えられるはずでやす。」
「ほう。そんなところにもうちの手の者が潜り込んでるのか。」
「ええ。と言っても今回は贈答品の検討の為なんで、普通に聞けば誰でも教えてくれると思いやす。犯罪行為をするわけでもありやせんし。」
「それもそうだな。じゃあ、参考までに辺境伯邸にあるドレスの写真も撮ってきてくれないか?可能ならラルフの妹さんとおふくろさんの写真も。」
「人物写真となると流石に怪しまれる可能性がありやすが、まあ何とかなりやすかね。」
ひとまず情報が集まるのを待つことになる。だが、贈り物の方向性だけでも決めておきたい。ショッピングサイトを起動して物色することにした。
「うーむ。やはり宝石の大きさが大きくなると値段が跳ね上がるな。」
以前、宝石類を検索していた時にも気付いていたが、俺の残高魔力の限界値874458魔力の範囲で購入できる商品は小粒の宝石に限る。貴族のパーティとなると、みんなゴテゴテと大きな宝石が付いたアクセサリーを身に着けているイメージがある。そういった商品はとても手が出せない。
「宝石の大きさより、細工力で勝負するのが良さそうだな。」
王都で宝石類を買い取ってもらった時に、『この国の一流職人でもこれほどの細工が出来る者はいるかどうか』と店長さんが言っていたのを覚えている。その細工力が目立つ商品を選ぶのが良いだろう。検索して良さそうなアクセサリーをピックアップしていく。
「おっ。すごくお洒落なペンダントネックレス発見。でも値段140万魔力か。」
若者に似合いそうな可愛らしいデザインの商品だ。ネックレスチェーンまでお洒落で目を引いた。ペンダントトップはアクアマリンか。アクアマリンは比較的安価な宝石のようで、そこそこ大きな粒が使用されている。ドレスの色との相性も考える必要はあるが、爽やかな色合いは春のパーティで使いやすいのではないだろうか。。
「高額だが、これは候補に加えたいな。エルメラに相談してみるか。確か俺の魔力限界値の引き上げができると言っていたしな。」
アクアマリンのペンダントネックレスは既に手持ちが一つある。キャロちゃんが大きくなったらプレゼントしようと思って、王都で売らなかったものだ。これも可愛らしいデザインのものなのだが、一度贈る相手を決めた物を他の人に贈るのは失礼だろう。やっぱりこれはキャロちゃんに贈りたい。その本人はアクセサリーが並ぶ画面には興味なさそうで、さっきからずっとお菓子が購入されるのを待っているが。まだまだ花より団子のようだ。
エルメラを訪ねて倉庫の作業場スペースにやって来た。早速、魔力限界値の引き上げの相談をしてみた。
「というわけなんだが、何とかならないか?」
「うむ。それならもう完成しているぞ。キャロ、先日作ったアレを準備するのだ。」
エルメラとキャロちゃんが椅子を運んできた。魔王でも座っていそうなとても趣味の悪い椅子だ。エルメラが作る物はいつも機能性重視で、デザインはシンプルな物ばかりだった。この椅子はエルメラらしくない。
「ここに座るのだ。」
「座るのはいいんだが、このデザインは何だ?」
「錬金術の修行を兼ねて装飾はキャロに任せたのだ。そしたらこうなった。」
「キャロちゃんが作ったのか!もうこんなに上達して、すごいじゃないか。大事に使わせてもらうよ。」
錬金術を学び始めてたった2ヶ月程でこんな装飾ができるとは。やっぱりキャロちゃんは天才だな。ドヤ顔のキャロちゃんを撫でながら、天才的なセンスの光るその秀逸なデザインの椅子に座ってみた。
「よし、接続するから少し待つのだ。」
椅子の底から管を伸ばして俺の魔石投入口に繋いだ。背後からジャラジャラと魔石を流し込む音が聞こえる。どうやら椅子の後ろは魔石投入口になっているようだ。
「よし、起動したぞ。スキルを使って確認してくれ。この椅子に座っている間限定だが、一時的に魔力上限値が引き上げられるはずだ。」
「おっ、本当だ。残高が100万魔力を超えてる。」
「うむ。どんどん投入していくから限界が来たら教えてくれ。」
しばらくジャラジャラと魔石が投入され続け、残高が4478820で止まって増えなくなった。
「4478820が限界値のようだぞ。」
「ふむ。この椅子はおよそ360万魔力を貯め込める魔力タンクというわけだ。」
「高額商品を買いたい時はこの椅子に座れば良いわけか。」
「そういうことだ。アキラの体の改良も、もうすぐ準備が整うぞ。期待しておくのだ。」
魔力上限値が引き上げられたことで、ショッピングサイトで購入できる商品の幅が広がったな。多分、エルメラはお高いワインを飲みたいが為に、この魔道具を作っていたのだろうけど。
何はともあれ問題は解決された。贈り物候補の選定を続けるとしよう。
数日後、マルダシリが集めた情報の報告にやって来た。
「社交界の情報、聞いてきやしたぜ。人物写真はレーゼに頼んで撮ってきてもらいやした。ただし、奥方のみでやす。娘は王都の学園にいるそうで。でも身長や服のサイズなんかの情報は入手できやした。」
最初に辺境伯の奥方の写真を提示してきた。
吊り目の中々きつい印象のある奥方だな。意志の強そうな目だ。辺境伯が尻に敷かれているのも分かる気がする。
奥方の所有しているドレスもいくつか写真を撮ってきてくれていた。ドレスは形も色も様々だな。これならショッピングサイト産のドレスを贈っても浮くことはないだろう。
「社交界のマナーに関してでやすが、主役が若者のパーティは決まり事は緩いようでやす。強いて挙げるなら肌の露出が少ないドレスであることくらいで。後は、暗い色合いは避けて春らしい色のドレスを用意するのが一般的だとか。ああ、それと若者は大きな宝石を身につけることはあまりないそうでやす。」
「そうか。準備はどの程度進められている?」
「それなんでやすが、辺境伯家御用達の服飾店が大雪で倒壊していやした。発注されている物がどうなっているのかは不明でやす。」
「は?辺境伯家が利用するような店だろ?立派な店なんじゃないのか?」
「勿論。この街では歴史ある堅気の大店でやす。どうも建物の老朽化の影響ではないかと思われやす。こういうことがあるから物件の維持は手が抜けないでやす。うちの組の物件は俺が長年担当してメンテナンスしてるんで、今回の大雪の被害ゼロでやす。」
マルダシリが得意気に自分の仕事振りをアピールしているが、辺境伯家はまずい状況なんじゃないのか。
辺境伯家は最近ずっと不幸続きだな。何だか気の毒になってきたぞ。
「で、代行の方はどうでやした?贈り物に良さそうな物はありやしたか?」
「ああ。考えたのだが、奥方への贈り物はアクセサリー数点でいいと思う。主役ではないし、既に持っている物で対応されるだろう。贈り物のメインは娘の方だな。一式コーディネートして複数パターン贈ろうと思う。数撃てば当たるだろ作戦だ。」
「娘の贈り物に力を入れるのは間違ってないと思いやす。社交界デビューと聞いて贈り物を用意した、と言って渡すわけでやすからね。」
「うむ。まさか、『私財まで毟り取ったお詫びに』なんて言えないしな。」
「複数パターン贈るのも良い案だと思いやす。気に入ってもらえた物が一つでもあれば今回のミッションは成功でやす。それにパーティは3日間あるらしいんで、無駄にはならんでしょう。」
「3日もあるのか。それは貧乏貴族は大変だな。」
「ええ。パーティの度に資金繰りに苦労する貴族もいるって話は割りと聞きやすぜ。初日はパーティというより顔合わせみたいな感じのお茶会で。二日目は昼食会。三日目が夕食会って日程らしいでやす。」
その後もマルダシリから詳細な情報を聞きつつ、俺が選んだ贈り物候補を見せて打ち合わせが続いた。
俺の一押しのアクアマリンのペンダントネックレスはマルダシリからも好評だった。果たしておっさん達が選んだ可愛いと思う贈り物は、若者に受け入れられるのだろうか。
念のためにフーちゃんにも見てもらったが、可愛いと思いますという評価が頂けた。
キャロちゃんにも一応聞いてみたが、可愛いというものがよく分かっていないようだった。彼女は独自の美的センスの持ち主だから、そういう次元にいないのだろう。天才とはそういうものだ。
ドレスも身長に合うものをいくつか見繕ってみた。
演奏会用ドレスとして出品されている商品の中に良さそうなものが多くあった。パッと見では激安品の商品の中にも良さそうなデザインのものはあったのだが、レビューを見ると『縫製が雑』という書き込みが多くあったので避けた。
価格設定で安物は除外して検索をかける。この世界に来て間もない頃は、高額品を除外して安物ばかり購入していたというのに、贅沢になったものである。
感慨に耽りながら多種多様なドレスをピックアップしていく。シンプルなAラインドレスからプリンセスラインドレス。無地のものから全体に花柄が入ったもの。腰に大きなリボンが付いているもの。フリルの入ったもの。レース生地のものもあれば、サテン生地のものまで。色も明るめのものから落ち着いた雰囲気のもの。これだけ揃えれば一点くらい気に入るものはあるだろう。
後はこれに合うようにコーディネートしていく。靴やバッグなどの小物も必要だろう。髪飾りは・・・髪型によって変わるな。うーむ、髪飾りは全身コーディネートには組み込まず、多めに準備してヘアスタイルをセットする時に選んでもらうか。メイドさんが選ぶだろう。
折角なので子供用ドレスも購入して、キャロちゃんとフーちゃんに着せて撮影会をしてみた。
やっぱり女の子は華がある。シャッターを切る手が止まらない。
「おーい、アキラ。体の改良準備が整ったぞ。・・・何をやってるんだ?」
撮影スタジオにエルメラがやって来た。
キャロちゃんが気付いて走っていく。その手にはさっきまでフーちゃんが着ていたピンクのフリフリのドレスが握られている。
「ん。エルメラも一緒に写真撮る。」
「キャロ。それは子供用だろう?私は着ないからな。」
「キャロちゃん。エルメラがそんなの着てたら、俺、指さして笑っちゃうよ。」
「アキラ、お前も大概失礼な奴だな。」
「一緒に写真!撮る!」
キャロちゃんがぐずりだした。エルメラは諦めた様子だ。相変わらずキャロちゃんには甘いんだよな。
「ああ、分かった分かった。アキラ、私のはあるか?」
「ほれ。準備してあるぞ。」
「む。いつもの黒いのでいいのだが。」
「今日は黒はやめてくれ。折角の撮影会なんだ。誰かが見てるわけでもないし。」
落ち着いた雰囲気の淡い緑のドレスを渡してやる。ドレスと言えば黒しか着ないエルメラだが、緑も似合うと思っている。
着替えたエルメラがフーちゃんの隣に座り、ぐずってるキャロちゃんをお姫様抱っこする。キャロちゃんは今日一番の笑顔を見せた。予想できていた笑顔だったので、迷わずシャッターを切る。悔しいがこの笑顔はエルメラがいないと見れない。
「相変わらずエルメラにはよく懐いてるよな。」
「早く成長して欲しいものだが。」
「ちゃんと成長してるさ。わがまま言うのも必要な経験だと思うぞ。」
3人での撮影になり、写真の枚数が更に増えた。
しばらくは執務室に飾る写真選び作業が忙しくなりそうだ。辺境伯家への贈り物なんてさっさと終わらせてしまわなければ。




