第37話 慈善事業
相変わらず雪がよく降り続いている。
だが、雪が降ろうと槍が降ろうと俺のやることは変わらない。今日も食堂で飯の支度に追われている。
ダークエルフの女がマルダシリを伴ってやって来た。辺境伯家の暗部に所属するレーゼだ。
彼女はうちの組の情報網を利用するついでに、食堂にも立ち寄っていくことが多い。情報の提供は当然有料だ。頻繁に利用してくれるので、飯はサービスしてやっているのだ。
マルダシリが難しそうな顔をしているあたり、飯を食う以外の目的もありそうな気配だな。いや、難しそうな顔ではなかった。痛そうな顔だった。またケツを蹴られたのか。
「いらっしゃい。お仕事ご苦労さん。」
「うむ。いつも馳走になって済まないな。」
「上客なんだ。飯くらいサービスするさ。今日は何にする?」
「体が温まるもので頼む。」
「了解。マルダシリも同じでいいか?」
「任せやす。ここは何でも美味いんで。」
二人の前に小型の魔導コンロをそれぞれ設置して、一人鍋の準備をする。寒い時は鍋物だ。提供するのはフーちゃん監修・味噌ちゃんこ鍋だ。鮭の切身に鶏つくね、豚バラをはじめ、新鮮な野菜に豆腐、〆のうどんまで入った栄養満点のメニューだ。
二人は何か相談していたようだったが、鍋の準備ができると会話をやめて黙々と食事を始めた。そして、やはり何か用件があったらしく、レーゼが鍋を楽しみながら話を切り出してきた。
「ところで、ミュゼルファミリーには物資の備蓄が十分にあるとマルダシリから聞いたのだが。」
「大雪の被害は大きいらしいな。しかしもう備蓄が尽きたのか?いくら何でも早すぎないか?」
マルダシリが口を挟んで状況を説明してくれた。
「辺境伯の備蓄状況と現在の街の被害状況から推察すると、春までぎりぎり持ち堪えられるかどうかってところでやす。ただ、雪が溶け始めると二次災害が起こって被害が拡大しやす。そうなると、後半戦はかなり苦しい状況になると思いやす。うちが把握していない備蓄でもあれば話は別でやすが。」
「うちの備蓄も把握済みか。流石だな。そちらの把握している情報で間違いないと思うぞ。備蓄倉庫はそんなにいくつも点在していないからな。財務の連中もお前と似たようなことを言っていたしな。」
「備蓄が足りなくても買えばいいだろ?ここは交易都市なんだから溜め込んでる商会はあるだろ。まさか災害時用の予備の財源がないとか言わないよな?」
「辺境伯家の予備の財源は急遽、今年度から大幅に削減されていやす。どこかの組の一派が3年間税金免除になったんで。」
「うちの財布事情も把握済みか。私は財務の方は詳しく知らんが、予備財源の削減の話は聞いている。うちの部署の予算も少し削られた。」
「街では物資の価格が高騰していやす。平時の価格なら今の辺境伯家の財布状況でも何とかなったと思いやすが。」
「ふーむ。それでうちの組を頼って来たのか。だが、うちだって対価は要求するぞ?ボランティア団体ではないからな。というより、そういう規模の大きな話はエルメラに持っていって欲しいのだが。」
「領主様からは、できればエルメラを介さずに支援を取り付けるよう言われているのだ。無茶振りをされて困っている。」
「それで俺に話を持ってきたのか。先日の会談が堪えているようだな。それでも、うちを頼らないといけないほど被害は大きいのか。だが、どの道エルメラの耳にも届くことになるぞ?」
タイミング良くと言うか、悪くと言うべきなのか。さっき飯を済ませたはずのエルメラが戻ってきた。地獄耳か。レーゼは溜め息をついてもう諦めたようだ。
「ん?私を呼んだか?おっ。レーゼではないか。どうした?人の顔を見るなり溜め息などついて。溜め息がでるほど私の顔が美しかったか?何の話をしていたのだ?」
「大雪の被害が大きいらしいんだ。安価で支援物資の提供が可能かどうか尋ねられたところだ。金がないそうだ。」
「何だ何だ?面白そうな話をしているではないか。何故私を呼ばないのだ?ん?」
エルメラがとても悪い顔でニヤニヤしながらレーゼに詰め寄った。辺境伯には気の毒だが、もう運命は決まったな。
「よし、久々にあのボンクラ辺境伯の顔でも拝みに行ってやるか。マルダシリ!外出準備をしろ!アキラはいつものメイクを頼むぞ。」
「えっ。今からでやすか?事前に連絡を入れてからの方が」
「街で苦しんでいる者達がいるのだろう?事は一刻を争う。アポなどいらん。」
いつものメイクとはアイシャドウ濃い目の威圧感増し増しメイクのことだ。普段は化粧を面倒くさがるエルメラだが、以前このメイクをしてから気に入ったらしく、交渉の場に赴く時などはいつもこれだ。
「では私は先に失礼するぞ。馳走になったな。」
レーゼは残っていた〆のうどんをかき込んで、そそくさと食堂を出ていった。急いで辺境伯に嵐の襲来を知らせに行ったのだろう。
マルダシリが大急ぎで護衛を手配して、領主邸に向けて出発することになった。外は相変わらず雪がよく積もっている。平屋の家などほぼ埋まっているような状態だ。しかし、近隣住人の手によって雪かきはされていて、何とか歩ける程の道は確保されている。
積雪時の護衛は難しいのだと、いつもより多めの人数の護衛を伴いながら領主邸に辿り着いた。
応接室に案内されると辺境伯が緊張気味に待っていた。
「辺境伯!話は聞いたぞ!街の住人の窮地と聞いて、雪の中をわざわざこの私が会いに来てやったぞ!」
エルメラ百面相が始まった。前回の会談時のぶっきらぼうなエルメラの対応とは打って変わって、満面の笑みを浮かべている。ただし、とても悪い顔をしているが。あまりの変貌ぶりに辺境伯も顔が引きつっている。
「あ、ああ。この度も協力願いたい。今は対応できているのだが、このままでは餓死者や凍死者が続出しかねないのだ。」
「うむ。私もこの街は嫌いではないからな。手を貸してやろうではないか。聞けば市場価格が高騰しているそうだな?特別価格で売ってやろうではないか。」
「本当か!それは助かる。」
「ただし、うちの扱う商品は一般的な物とは品質が異なる。その辺りを考慮して価格をつけるのだ。」
パン用小麦粉25kg大袋、各種乾燥野菜、高野豆腐、宴会で使ったチーズと生ハムなど、それなりに日持ちしそうな物をサンプルとして並べてみた。もちろん、全てショッピングサイトの品だ。
エルメラが辺境伯と肩を組んで、顔を覗き込みながら交渉、もとい恐喝が始まった。
ひとまず、食糧の話がまとまりそうだ。辺境伯は安堵している様子だ。何とか財源内で対応できそうなのだろう。
そういえば凍死者の心配もしていたな。防寒具もあった方がいいのか。いつぞやお世話になった激安品のフランネル掛け布団を取り出して、俺は二人の会話に割って入ってみた。
「エルメラ。防寒具もいるか?布団くらいなら用意できるが。」
「おお!凍死の心配もあるのだったな。よし、辺境伯、これも買うのだ。」
「い、いや。これ以上は削る予算が・・・」
「お前のポケットマネーがあるだろう。シュトロハイム男爵を見習ったらどうだ?あの男が私財を投じて地域特産品の開発をした話は知っているだろう?おい、マルダシリ!辺境伯の貯蓄から捻出できそうな額はどれくらいだ?」
マルダシリが紙にペンを走らせて二人の前に提示した。
「ふむ。結構あるではないか。」
「いや、こんな金額はうちにないぞ!」
「宝飾品類をいくつか手放せばいけるはずでやす。それと執務室の書棚に隠してあるへそくりも」
「待て待て待て!何故それを知っているのだ!」
辺境伯のくせにへそくりがあるのか。お小遣い制なのかな。これは嫁が財布を握っている可能性が高そうだ。辺境伯の護衛が必死に笑いを堪えている様子からも、おそらく俺の予想は当たっていそうだな。
それにしても、うちの組の情報網は辺境伯のへそくりまで把握しているのか。情報収集部隊に双眼鏡やボイスレコーダー、トランシーバーなどを導入してから、情報収集の効率が上がったと聞いていたが、いやはや恐れ入ったよ。
とりあえず話はまとまったので、抜け殻のようになった辺境伯を残して帰ることになった。
すっかり日が暮れて遅くなってしまった。自宅に戻ると食堂の明かりが点いていた。やれやれ、またあいつらが来ているのか。食堂に入ると見知った顔の二人が居座っていた。
「おーっす。邪魔してるぞ。」
「こんな時間まで仕事か?ご苦労なことだな。」
「お前ら、ここは組員食堂だと何度も言ってるだろう。それに夜営業はしていないぞ。何度言ったら分かるんだ。」
冒険者組のレインとラルフだった。こいつらは頻繁に飯を食いに来るのだ。雪が積もってからは毎日のように来ている。もう遅い時間なので、キャロちゃんとフーちゃんは自宅に帰らせることにした。エルメラや護衛してくれた組員たちの晩飯を急いで準備する。
「そう言わずに助けてくれよ。俺らが泊まってる宿も食堂が閉鎖されてるんだよ。」
「そんなことは知らん。不法侵入で憲兵呼ぶぞ。」
「憲兵くらいなら、ラルフの親父さんが手を回して見逃してくれるさ。」
「ラルフの親父なら今頃、奥方に泣きついてると思うぞ。」
「・・・また俺の実家に何かしたのか?」
「支援物資の交渉をしただけだ。助けてやったんだから感謝してくれ。」
ラルフにはざっくりと経緯を説明してやった。
「うむ。アキラの防寒具の売り込みは良いタイミングだったぞ。マルダシリも良いアシストだった。」
晩飯を終えたエルメラも会話に加わってきた。
「私財まで毟り取るのか。ほどほどにしてやってくれよ。俺が相続する財産くらいは残しておいてくれ。」
「家出した奴が遺産とか期待するなよ。」
「だが、金策は何を手放すのかが気がかりだ。春になれば社交シーズンがやってくる。おふくろはともかく、年の離れた妹がいるんだよ。俺と10歳離れているから、今年で15歳の社交界デビューのはずだ。装飾品なんかを手放さなければいいが。」
「10歳も離れてるとは、奥方は頑張ったんだな。」
「うむ。当時、祖父母が女の子の孫を欲しがっていたんだ。それで、第二夫人を娶ったらどうだと親父に打診があったらしい。それを知ったおふくろが『第二夫人など必要ない、自分で生んでやる』と怒って頑張ったそうだ。」
「それは何とも・・・剛毅な奥方だな。アキラ、マルダシリ。社交界用の品をお前らで何か見繕って贈って差し上げろ。奥方の分も忘れるなよ。怒らせてはいけない人物かもしれない。」
「俺、社交界用の贈り物なんて分からんぞ。エルメラが選んだ方がいいだろ。元貴族の経験者だろ?」
「私は社交の場には出たことがないから分からん。以前話したマフィアの集会くらいだぞ、私が出席した宴会の場は。学園祭にも参加したことがないくらいだ。ずっと研究室にいたからな。」
「筋金入りの引き籠もりだな。どうするんだよ。大体、私財まで毟り取る必要はなかったんじゃないのか?」
「アキラが防寒具を売り込んだりするからこうなったんだぞ!私は悪くない。」
「さっきは良いタイミングの売り込みだったって言ってたじゃないか。それに俺は純粋に街の住人を心配しての提案だぞ。」
「そうだ、マルダシリ。お前がギリギリの金額を提示するからこんなことになったんだぞ。」
「そうだぞ、マルダシリ。全部お前が悪い。」
「理不尽でやすぅ・・・。」
辺境伯の奥方にはまだ会ったことがないが、関わってはいけない類の人物かもしれない。怖いもの知らずかと思われたエルメラが警戒する程だ。龍の髭を撫でたか、虎の尾を踏んだか。
しかし、今回の大雪の被害に遭っている街の住人を救うためにやっていることなのだ。この大義名分があれば、為政者の奥方なら納得してくれるだろう。
でも贈り物でご機嫌取りをやっておくべきなのは間違いない。大事な時期に社交シーズンを迎えるラルフの妹さんに貧相な格好をさせるのもかわいそうだしな。
それにしても何を贈ればいいのやら。




