第36話 セキマツ君
雪がどんどん積もっていく。こんなに積もるとは思っていなかった。マルダシリによると、こんなに積もるのは初めてのことらしい。記録的な大雪のようだ。雪で倒壊した家屋もあると聞いてから、エルメラは男爵領のブドウ畑の心配ばかりしている。
雪が積もっても食堂には組員が飯を食いにやって来る。むしろ雪が降る前より来る奴が増えた。晩飯を強請る奴まで現れ始めた。タッパー持参で家族の分まで持ち帰ろうとする奴までいる。どうやら、ここには膨大な食糧の備蓄があると思われているようだ。
そんな理由で、俺とフーちゃんは食堂で働き詰めだ。
また一人、腹を減らした組員がやって来た。
注目の若手、セキマツ君だった。何が注目されているかといえば彼の髪型だ。
俺は時間を見つけては、暇そうな組員を捕まえて髪型を整えてきた。汚い奴はうちの組に必要ない。俺が決めたミュゼルファミリーの方針だ。今や、うちの組員かどうかは髪型や肌艶を見れば大体分かる。
しかし、大抵の奴は髪型など気にしないので、基本は俺にお任せしてくる。だが、セキマツ君は違った。
その真面目な性格からか、渡したカタログを隅から隅まで目を通した。小一時間かけてカタログを熟読し、彼が選んだ髪型はモヒカンだった。お洒落モヒカンなどではない。本気のモヒカンだ。
「本当にこの髪型でいいのか?朝のセットは大変だと思うぞ?」
「これが良いッス。最高にイケてると思うッス。」
出来上がってみると、真っ赤な髪とも相まってよく似合っていた。その日からセキマツ君の注目度は更に上がった。誰も彼の髪型を笑う奴はいなかった。それほどまでによく似合っていたのだ。先日の作戦で戦果を挙げていることもあって、あいつはやっぱりすごい奴なんじゃないかと囁かれている。今や、ファッションリーダー的な存在だ。俺の下にも変わった髪型を希望する奴が増えてきた。
自慢の真っ赤なモヒカンをトレードマークにしたセキマツ君は、いつもと同じ一番端のカウンター席に座った。この席に座るのはセキマツ君だけだ。何故なら、すぐ後ろがエルメラのテーブル席だからだ。エルメラと背中合わせに飯を食べたがる奴はいない。しかし、セキマツ君は気にした様子もなく、今日のメニューを真剣な眼差しで睨み、吟味している。うーむ、彼は大物になりそうだ。
彼の先見性はここでも発揮されている。この街の住人の主食はパンなのだが、彼はいち早く米の可能性に気付いたようだ。確か最初に来た時は生姜焼き定食の日だったと思う。パンとご飯を選べるようにしているのだが、彼は迷わずご飯を選んだ。米というものがあるのは知っているが、食べたことはないと言っていた。港町とかに行くと流通しているらしい。この街は内陸なので見たこともなかったようだ。彼は初めての米を一口食べ、しばらく考え込んだ後、生姜焼きをご飯の上にのせた。それ以降、彼はいつも注文したものを丼にして食べるようになった。
今日は炭火焼鳥定食(ご飯大盛り)に半熟煮玉子と鶏皮を追加注文か。丼にするにはナイスチョイスだ。
俺は早速、焼き鳥を焼き始める。炭火で肉を焼くのは奥が深い。難しいからこそこだわる価値が生まれる。この食堂、わざわざ排煙設備を用意して炭火焼きコンロを設置したのだ。最初は上手く焼けなかったが、最近かなり上達してきたと思っている。嵌まるとおもしろい。
タレが滴り、ジュッという音を立てて炭火の上に落ちる。きっと香ばしい匂いが漂っているはずだ。匂いに釣られた他の連中も追加注文するだろう。そうでなくても、注目されている有名人が注文したメニューはみんな気になるものだ。焼き鳥は十分な量を用意しているが、土鍋で炊いた米は足りるだろうか。レトルトご飯も準備しておくか。
フーちゃんはセキマツ君の姿が見えると茶碗ではなく、丼皿を用意してスタンバイしている。しかし、丼に盛るのはご飯だけだ。定食だから焼き鳥や副菜は別皿に盛る。最初から丼にして提供すればいいじゃないかと思うかもしれないが、彼は自分で丼を完成させることに強いこだわりを持っているようなのだ。無粋な真似をしてはいけない。
出来上がった焼き鳥定食がセキマツ君の前に運ばれた。
彼は早速、焼き鳥を串から外してご飯の上にのせる。定食のネギマとつくね、追加注文分の鶏皮でご飯は見えなくなった。更に中央に煮玉子がのせられて、丼は完成したかに思われた。だが、彼は副菜のきんぴらゴボウなどまで脇にのせ始めた。全て具材をのせ終わり、いよいよ丼をかきこむのかと思ったら、盛られた具材の位置を整え始めた。どうやら肉の配置にこだわりがあるらしい。早く食えよ。
セキマツ君の丼を覗き込んで見ていたキャロちゃんも、遂に我慢が出来なくなったようだ。
「アキラ、これ食べたい。」
「うん。今作るから待っててね。それと他の人のごはんはジロジロ見たら駄目だよ。」
他の組員たちもセキマツ君の丼が出来上がるのを固唾を呑んで注目していたが、キャロちゃんの注文を皮切りに一斉に注文し始めた。
今日も食堂は大忙しだ。
食堂のピークタイムは過ぎたので、後はフーちゃんに任せて俺は出かけることにした。
行き先はセキマツ君の住む集合住宅だ。もちろん、うちの組が所有する物件で住人のほとんどが組員だ。
「やあ、邪魔するよ。」
「待ってたッス。あ、今日もゴチになったッス。美味かったッス。やっぱ米は良いッスね。」
「うむ。食堂は気軽に利用してくれ。それじゃあ、約束の寝具一式だ。組み立ててしまおう。」
俺の後ろにいたマルダシリの部下が寝具を運び込む。自宅で組み立てたこともあって、大して手間取ることなく作業は終えることが出来た。
「すげー良いベッドッスね。よく寝れそうッス。あざッス。」
マットレスを運ぶのは大変だったが、喜んでくれて何よりだ。
「ところでセキマツ君。君、槍が使えるって聞いたんだけど、俺に教えてくれない?」
「代行が槍持つんスか?意味ないと思うッスよ。普通に殴るか銃を使う方が良いッスよ。」
「武術というものに興味があるんだよ。前にも言ったけど、俺の本職は美容師だからね。近接戦闘はからっきしなんだ。」
「まあ、基礎くらいなら俺でも教えれるッスよ。ただ、俺が通ってた道場の流派は、槍術というより棒術に近いッス。」
「うん、武術なら何でもいいよ。何もできないよりマシだろうし。」
長柄の棒を渡された。それを持ってうちの自宅倉庫に戻る。ここは広いので、キャロちゃんの訓練場所となっている。今は錬金術の勉強中のようだ。謎の素材を使ってダークマターを作り出している。
セキマツ君に基本の型を教わり、素振りを繰り返す。ある程度型を覚えたら打ち合ってみた。
「そうなのか。セキマツ君はマルセルに勧誘されたのか。俺とエルメラもあいつに勧誘されたようなもんなんだよ。」
「そうなんスね。俺はこの街に来て仕事探してた時に声かけられたッス。」
セキマツ君は打ち合いながらも会話をする余裕があるようだ。俺も会話をする余裕がある。ボコボコにされてるけど痛覚とか疲労とかないからね。しばらく打ち合いながら会話していると、聞いてもいないのにこの街に来た経緯を話しだした。
「道場の師範が死んだんスよ。たまたま近くにいた俺が殺したことになってて、意味分かんないッスよ。あの爺さん、酔っ払って頭ぶつけて死んだだけなのに。」
「冤罪か。立証できなかったのか?」
「あー、嵌められたんスよ。普段から先輩らを試合でよくボコってたんで。」
「ああ、妬まれてたのか。で、みんな口を揃えてセキマツ君が殺ったと。」
「そういうことッス。あー、面倒ッスよね。表の連中の人付き合いって。」
先日の祝勝会でセキマツ君に初めて会った時、軽薄そうな見た目の奴だなと思った。だが、違ったようだ。彼は周りの人間に興味がなかったのだ。人間関係に愛想が尽きていたのだ。それが軽薄な様子に見えていたようだ。こいつは皆が怖れるエルメラに対しても態度を変えない。今も俺に対して遠慮せず、ボコボコに打ち込んでくる。ボス、上司、先輩、そういった目上の人間関係にすら、もう頓着する気が起きないのかもしれない。
「でもここは誰も俺に文句を言わない。俺が一人違ったことをやっても認めてくれる。成果を挙げれば評価もされる。代行、俺は自由にやらせてもらえるなら、この組で頑張るッス。世話になるッス。」
「好きにやるといいさ。文句言う奴がいたら俺に言え。話くらい聞いてやる。」
こいつは周りの目を気にしなくなったからこそ、ひたすら自己に向き合うことを追求するのだろう。髪型を自由に変えて、食事も気になるメニューを選択し、好きな食べ方をする。仕事も真面目にこなすと聞いているが、それも多分、周りに遠慮せず、全力で取り組んでいるということだろう。マルダシリがこいつを可愛がるのも分かる気がする。俺も割りとこいつを気に入った。
セキマツ君は素早く踏み込んで、一段と力強く打ち込んできた。それを受けた俺の持っていた棒が破壊されて折れた。
「やっぱ、代行には槍はいらないと思うッスよ。近接戦闘は最終的には魔力で武器を強化することが要求されるんで。」
今のは、以前レインがキャロちゃんにやって見せていたやつか。確か身体強化の先の応用技術だと言っていた。こいつ、そんなレベルまで魔力操作ができるのか。
ちなみに俺は魔力操作ができない。魔力はあるのだが、設計された通りに体を巡り、体を動かすことに消費されるのみなのだ。
「やっぱり俺は、体の頑丈さを利用したゴリ押し戦法が一番か。」
「それがいいと思うッス。自分の強みを活かした戦い方が良いッス。」
「でも武術の訓練は続けてみたい。時々、練習相手になってくれ。」
「了解ッス。俺もたまには使わないと鈍るんで、よろしくッス。」
セキマツ君は喋ってスッキリしたのか、良い顔になった気がする。たまに訓練しながら話を聞いてやるのがいいかもしれない。話を聞くのは、いつものエルメラの愚痴や小言で慣れている。付き合ってやろうじゃないか。
セキマツ君はまだ若い。社会のはみ出し者になっても未来ある若者だ。うちの組が居心地が良いというなら、居場所を作ってやろう。彼の抱える事情なんて可愛いものだ。この街は犯罪者が多くいると言われる。きっと、うちの組にも混じっているだろう。俺も含めていろんな事情を抱えた奴が集まっている。重罪を犯した凶悪犯なんかも身近にいたりするかもしれない。でもここでは大したことじゃない。組に貢献するならどんな奴がいても良いのだ。
ここは訳有り者が集う街、交易都市ルーテラス。この街は今日も様々な人の事情を飲み込んで拡大していく。




