第34話 旅の終わり
さて、作戦開始が近いのだが、俺はまだ村に残っている。
他の人達は全員出発していて、既に森の中に潜んでいる頃だろう。俺は図体がでかいので、隠れ潜むということができない。そんな技術も持っていない。というわけで村の入り口で隠れて待機しているのだ。連絡が入ったらすぐに全力で敵の合流地点までダッシュして、秘密兵器アニエスをぶっ放すという予定になっている。
村から敵陣まで走って15分位らしい。アニエスを抱えながらでも、俺なら10分かからずに走破できるだろう。
俺の強みは体の頑丈さだけではない。長距離を走る速度が普通の人間より圧倒的に速いという点も挙げられる。持久力というものを気にしなくて良いので、常時全力疾走できるのだ。
『代行、敵が集結しました。包囲網ももうすぐ完成しますので、そろそろ出発してください。』
ショッピングサイトで購入しておいたトランシーバーから連絡が入った。それを聞くと同時に、敵陣に向けてスタートを切った。ここからはスピード勝負。敵の偵察役に見つかっても気にせず走るのみ。
トランシーバーの有効距離は短い。中継機という物もあったが、使えるかどうか検証する時間がなかったので今回は見送った。その為、数百メートル置きくらいに連絡役が隠れている。トランシーバーを通して連絡役に誘導されながら走って行くと、すぐに森林地帯への入り口が見えてきた。そして、微かに人影を捉えた。
『代行、敵の偵察役が察知したようです。敵陣に戻っていきます。通信切ります。どうぞ。』
「走って行く奴を目視できた。後はあいつを追って行く。全員配置につけ。通信終了だ。」
走りながらトランシーバーを仕舞って、アニエスをすぐに撃てるように準備する。
人集りが見えてきた。聞いていた通りの大所帯だ。
追っていた敵が叫んで周囲に警戒を呼びかけている。敵は訓練された軍隊のように、すぐに配置について射撃してきた。
こちらも射程内に入った。作戦開始だ!
ズガガガガガガガッ!!!!!
エルメラ自慢の新作アニエスが火を吹いた。
銃口を右から左へ振りながら掃射し、最前列で射撃していた敵を薙ぎ払った。それを合図にして、あちこちから銃声が響き始める。合流直後の隙きを突いたことで、大半がパニックに陥っている。俺は掃射を続けて包囲網の厚い方向へと敵を追い立てていく。俺の背後の方向には村があるので、そちらに逃げられると困る。村人を人質にでもされたら厄介だ。しかし、さっきまで連絡役をしていた味方が俺の左右を固めてくれている。俺が撃ち漏らした敵も確実に仕留めてくれるので、作戦に抜かりはない。
エルメラの自信作というだけあって、アニエスの戦果は絶大だ。フィッツヴァルツが使っていたガトリング砲と比べると、小型化された影響で連射性能は落ちている。だが、一発一発の威力は間違いなくエルメラ製の方が上のようだ。身体強化で防ごうとしている敵もいたが、今のところ耐えれている奴はいない。
しかし、そんな強力なアニエスも弾切れとなった。2~3秒くらいの掃射を5回しかしていないのだが。これではハッピートリガーにもならないじゃないか。
そんなに大量の弾薬を身につけることもできないから仕方がないか。包囲網も狭まってきているし、味方に流れ弾が当たるのもまずい。ハッピートリガーは諦めてイライザに持ち替えた。残党は炸薬弾で吹き飛ばして終わりにしよう。
適当に敵が固まっている所を狙ってあちこち爆発させていると、数人が固まって死体を盾にしながら強引に包囲網の隙間を突破するのが見えた。この状況でもまだ冷静な判断ができる奴がいたようだ。
包囲網を突破した連中は背後から射撃を受け、一人、二人と討ち取られていく。しかし、逃げ切った奴がいたようだ。その後をマルダシリが慌てた様子で追っていくのが見えた。
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「生け捕りにした者は男爵の私兵に引き渡せ。後始末も任せてしまえ。後から辺境伯の軍も来るだろうし、我々は帰るぞ。」
包囲網の中に重症を負いながらも生きている奴がいたのだ。
逃げた敵もマルダシリが見事生け捕りにしていた。生け捕りにするために敢えて一人包囲網から逃したのだ、とマルダシリは必死でエルメラに言い訳をしていた。しかし、必死の釈明も虚しく、彼はエルメラにケツを蹴られることになった。結果だけ見れば作戦は完遂されているのだから、大目に見てあげればいいのに。うちのボスは仕事でミスをする者には容赦がないのだ。
ひとまず、ボスの号令で男爵邸に帰ることになった。
「厄介事がまとめて片付いたのは行幸だったな。私のブドウ畑も踏み荒らされることもなかったしな。」
「ん?いつエルメラの畑になったんだ?権利は新設する醸造所だけじゃなかったか?」
「一番品質が良いブドウが穫れるのは、あの地域だと言っていたではないか。それなら私の畑にするに決まっているだろう。」
我がボスは、さも当然とばかりに畑の権利まで主張しだした。これは男爵に盗賊討伐の報酬として要求するつもりだな。
「そもそも、男爵に提供したあの手土産の内容を考えれば、醸造所だけでは割に合わん。もう男爵の物は全部私の物で良いはずだ。」
もう何も言うまい。男爵には気の毒だが、マフィアに目をつけられたら搾り取られる運命なのだ。
男爵邸へと戻ると、キャロちゃんがジャンピングアタックをかましてきた。そのまま、俺の体をよじ登ってくるので抱っこしてあげた。
「ただいま。フーちゃんと仲良くしてたか?」
「ん。おやつなくなった。」
「よーし、じゃあ応接室に行こうか。丁度おやつの時間だな。エルメラは男爵とお話があるから、邪魔したら駄目だぞ?フーちゃん。今度、組のみんなでお祝いすると思うから、用意する料理を考えようか。」
「お疲れ様です。討伐のお祝いですね。楽しみです!」
「そういえばフーちゃんは前回の戦勝会は参加していないんだったね。」
キャロちゃんを担いでいない方の手でフーちゃんと手を繋ぐ。
応接室へと向かうと男爵が待っていた。
「皆さん、ご無事で何よりです。先程、伝令から報告を聞きました。被害もなく賊の討伐を終えたと。本当にありがとうございます。」
「うむ。私のブドウ畑を守っただけだ。うちの醸造所で作るワインはあの地域のブドウを使ってくれ。」
「え?あそこは品評会用の区画で」
「それは他の地域の畑を使え。それとも何か文句があるのか?ん?」
先日、男爵と仲良くワインを語り合っていたエルメラはどこへやら。マフィアのボスの顔になって恐喝が始まった。お話が終わるまでキャロちゃんたちとおやつタイムだな。頑張れ男爵、強く生きろ。
数日後、男爵邸を後にすることになった。男爵は若干疲れた様子だったが、ミトラ大陸初のスパークリングワイン開発を頑張ってほしい。男爵にとっても悪い話にはなっていないはずだ。
結局、賊と戦闘になった森を開墾して畑を広げることになったのだ。元々、開墾する予定だった場所らしいのだが、人手が足りなくて先延ばしになっていたのだとか。後から賊討伐にやって来た辺境伯の軍の人たちが開墾作業をしてくれている。
「あのような賊が潜む場所は開墾しなければならない。辺境伯には私が伝えておくから開墾するのだ。」
エルメラのこの指示に、辺境伯軍の軍団長さんは素直に従っていた。ルーテラスの街を出発する前に辺境伯に何か言われていたのかもしれない。『エルメラの指示に従うように』か、『エルメラの機嫌を損ねないように』、とかそんなところだろうか。
着実にミュゼルファミリーの支配圏が広がっていく。もうエルメラのやりたい放題だ。マフィアのボスという職は彼女の天職だったのだろう。
それからは厄介事が片付いたことで平穏な旅行が続いた。
ワイン用のブドウ以外にも農業が盛んな地域のようで、丁度リンゴの収穫時期だった。リンゴ狩りをしてコンポートを作ったりと子供たちも楽しんでいた。畑の魔物や害獣対策の罠を仕掛けている冒険者の人たちを見学することもできた。罠にかかった鎧鹿のワイン煮込みを振る舞われて、みんな美味そうに食べていた。料理に関心を寄せているフーちゃんには特に良い経験になっただろう。うちの普段の食卓に魔物の肉なんて並ばないからね。俺が欲しかった4人での集合写真も納得のいくものが撮れたし、とても満足のいく旅行だった。
「思ってたより悪くない旅行だったな。何もない田舎だと思って期待してなかったよ。」
「地方の産業はどこも割りと面白いぞ。」
「ボス、満足されやしたら、そろそろルーテラスに戻りやせんか?先に帰った連中は、たぶん戦勝会を期待してると思うんで。」
「む。それもそうだな。見たかったワイナリーは大体見学できたしな。帰るか。」
戦勝会のメニューについて相談しながら帰ることになった。
今回はミュゼルファミリーの組員だけの参加だから、面子を気にする必要はない。人数も前回のように何百人もやって来ることもない。会場は前回と同じ場所だが、既に酒場に改装されているので、従業員の手を借りることもできる。多少手間がかかるメニューになっても問題ないはずだ。
料理の話になるとフーちゃんは楽しそうだ。いつかは全部フーちゃんに任せられるようになるといいな。
帰路の途中、雪がちらつき始めた。
「雪か。いよいよ冬だな。」
「この世界の住人は冬は何してるんだ?積もったら馬車とか動かんだろう?」
「うむ。みんな家に引き籠もるぞ。貴族界も大きな行事は行われない。人が集まらないからな。私は冬の間はキャロをみっちり鍛え上げるつもりだ。」
「ああ、それで王都のオークションは春開催なのか。」
以前、王都に立ち寄った時に預けたペンダントトップがどうなったのかと思い出して、オークションの日程をマルダシリに聞いてみたことがある。王都のオークションは年に一回の開催で春に行われると答えが返ってきて、何だそんな先の話なのかとがっかりしたものだ。
冬の訪れを感じながら帰路を進み、ようやく見慣れた汚い街並みが見えてきた。マイホームはもうすぐだ。二週間程の旅行だったが、随分懐かしく感じてしまう。いつものように食堂を通過して玄関の扉を開ける。
狭い玄関、狭い廊下、この光景が帰ってきたと実感させてくれる。やはり自宅は安心感があるな。子供たちは二階のリビングに走っていった。ソファーのお気に入りのクッションに飛び込むのだろう。
「いやあ、やっぱり自宅はいいな。しばらくのんびり過ごすよ。」
「何を言っているのだ。さっさと祝勝会の準備をしろ。マルダシリの所へ行ってこい。」
自宅の安心感に浸る間もなく、俺は玄関から蹴り出された。
忙しい日常が戻ってきた。




