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第32話 交渉と結託

男爵邸の門をくぐり、玄関へと案内されると禿げたおっさんが待ち構えていた。


「ようこそお越しくださいました。私が当主を務めております、フィリップ=シュトロハイムです。」


なんと、玄関前でシュトロハイム男爵、自らのお出迎えだ。その風貌からは、これまでの人生で苦労してきたことが伺える。主に頭部が。


昨日のうちに、辺境伯の紹介状を持たせた者を先触れとして向かわせておいたからだろう。寄親が寄越してきた客ということで、対応に気を遣っている様子だ。一体、紹介状にはどんな内容が書かれていたのやら。


エルメラがいつもの不遜な態度で挨拶を返し、応接室へと通された。



「男爵もお忙しい身かと思うので、早速本題に入らせてもらおう。まずは贈り物を準備しているのでご覧いただきたい。異国のワイン造りの文献と現物のワインだ。」


俺が翻訳したものとその原本をセットで並べていく。挿絵とかは原本を見てもらわないといけないからね。ワインの現物もエルメラが事前に選んだものを各種並べていく。

次々と並べられていくワインを見て、男爵は破顔している。


「これはまた実に嬉しい贈り物だ。異国のワインをこんなにたくさん楽しめるのか。」

「どれも私が飲んで良いものだと思ったワインだ。そして今回、男爵に依頼したいのはこれらの贈り物に深く関係する。出資するので新しいワイン造りのための醸造所を新設して欲しいのだ。」

「ふむ。新商品開発のための醸造所ですか。そういう依頼は初めてですな。国や他の貴族からは増産のために醸造所を増やせと責付かれておるのです。正直、もう手が回らない程なのです。」

「男爵のワインが高い評価を受けているのは私も存じている。決してそれを否定するつもりはない。しかし、貴方はそれで満足か?貴方ならもっと高みを目指せるはずだ。」

「新しいワインを・・・もっと良いワインを、と熱くなっていた頃もありましたな。懐かしいものです。」

「男爵、貴方にとってワインはただの金儲けの道具か?」

「それは・・・違います。確かに結果だけ見れば、私はワインで富を得ました。しかし、この地のワインの魅力を、可能性をずっと追い求めてきたからこその結果で・・・」

「ああ、貴方はワインを愛しているのだろう?問答は終わりだ。ここからはワインに語ってもらおう。この異国のワインを飲めば、私が言いたいことが分かるはずだ。これらの中でも新設する醸造所で挑戦して頂きたいのがこれだ。」


エルメラは並べたワインの中から一本を手に取り差し出した。それと合わせて、そのワインの製造方法が記された本のページを開いた。


それは最近、エルメラがよく飲んでいるシャンパンだった。


エルメラが知る限りでは、ミトラ大陸にはスパークリングワインというものは存在しないらしい。この製造方法を確立させることができれば、ミュゼルファミリーにとって大きな収益の柱になり得る。そう考えると確かに挑戦する意義は大きいな。最も、このワインマニアの二人にとっては、金銭だけが目的ではないようだけれども。


安価で流通しているスパークリングワインの多くは、簡単に言うとワインに炭酸ガスを注入したものだ。この世界ではそんな作り方はできないだろう。


エルメラが提示したのは、数ある製造方法の中で、最も伝統的で最も手間と時間がかかる方法だ。

『瓶内二次発酵方式』。シャンパーニュ地方でこの方法で作られたものだけが、シャンパンを名乗ることができる。


この製造方法の選択は俺も賛成だ。男爵にはぜひ挑戦してみてほしいと思う。

二次発酵を瓶内で一本ずつ行うため、大量生産はできないというデメリットはあるものの、その作り方がとても面白いのだ。

特に面白いのが、二次発酵した後に瓶の中に沈殿した澱を取り除くその方法だ。

まず、瓶口に澱を集める。そして瓶口を冷却液に漬けて、澱を凍らせる。その後王冠キャップを外すと、発酵時に発生した炭酸の圧力で凍った澱が飛び出すらしいのだ。


製造方法をエルメラが得意気に説明している。

製造途中で必要になる王冠キャップの見本も渡しておいた。キャップの手押し打栓機もショッピングサイトに売ってあったのでこれも進呈する。

コルク栓の説明もしておいた。針金を緩めて栓が飛んでいかないように空け方の指導もする。実際に空けて見せて、待ちきれない様子の男爵に試飲してもらった。今回開けたボトルは、アネモネの花が描かれたラベルで有名な白のシャンパンだ。通称『花のシャンパーニュ』。


「おお!このシュワッと弾ける舌触りは新鮮ですな!香りも華やかで素晴らしい。スッキリした中に複雑な味わいを感じる。ううーむ、途中までは白と作り方は変わらないのに、この違いが二次発酵によるものなのか。」


男爵はしばらく唸りながら、エルメラとシャンパンを楽しんでいた。と思ったら突然涙を流し始めた。


「この国の品評会で優勝して、私は最高のワインを作れた気になっておりました。世界は広いですな。私のワイン人生はまだ終わっていないようです。」

「で、男爵。この製造方法で作ってもらえるか?」

「勿論です。ぜひとも挑戦させて頂きたい。醸造所は新設しますが、待てないので私が個人的に運営している醸造所ですぐに試作を始めます。」

「貴方なら引き受けてくれると思っていた。期待しているぞ。」

「ええ。私の残りの人生を賭けて、この異国の商品を超えるスパークリングワインを完成させてみせましょう。」


その後はしばらくワイン談義が続いた。

エルメラはいつになく饒舌だ。普段は身近にワインを語り合える人がいないからだろう。ルーテラスタ辺境伯と会談した時の対応とは全然違う。長年の親友と語り合っているかのような距離の近さだ。多分、今回の訪問でエルメラにとっての一番の収穫は、このワインを語り合える仲間を得ることができたことだろう。人脈は財産だ。ぜひ大事にして欲しいと思う。


二人が酒盛りを楽しんでいる間、出資する金額の相談や新設する醸造所の権利などの取り決めを、男爵の執事とマルダシリがまとめていた。



そして、この街に滞在中は男爵邸の客室に泊めてもらえることになった。

その日の夜、キャロちゃんとフーちゃんと旅の途中で撮った写真を見せ合っていると、偵察部隊の者が報告に来た。


「やはり目的地はこの男爵領なのか。」

「ええ、進路からは間違いなく。ただ、大所帯なのと潜伏しながらなので、移動速度は遅いです。近づいて会話でも聞ければ、もっと詳細な目的地が分かるかと思ったんですが、かなり警戒している様子で近づけませんでした。」

「ああ、無理はしなくていいぞ。」

「でも目的地が分かると作戦の立案はしやすくなりやす。先回りして有利な状況を作りたいでやす。」


作戦の立案はマルダシリの役割だからな。こいつも必死なのだろう。失敗すればまたボスにケツを蹴られることになる。


「よし、分かった。お前は一時間後にまたここに来てくれ。それまで待機だ。」


偵察部隊の者は一旦退出してもらって、役に立ちそうなアイテムを探すことにした。

すぐに思いついたのは賊の進路に盗聴器を仕掛けるという作戦だ。しかし、ショッピングサイトに盗聴器なんて物は売ってなかった。盗聴器発見機はたくさん検索に引っかかったのだが。


そして、代わりに用意したアイテムがこれだ。


2マイクノイズキャンセル搭載ICレコーダー:お値段12053魔力


ボイスレコーダーだ。もちろんこの世界でも使えるように乾電池で動く商品だ。性能の良い商品はどれも充電式バッテリーだったが、この商品は充電式電池でも乾電池でも対応しているというものだ。それでいて、レビューを見る限り性能もかなり良さそうだ。もっと安い電池式のボイスレコーダーもあったが、今回の目的は屋外で音声を拾わなければならない。それなりのスペックが要求されると判断して安物は却下した。

取り扱い説明書には、乾電池を使う場合の録音時間は最大で26時間と書いてある。一晩録音するだけなら十分な時間だ。

ボイスレコーダーなので、リアルタイムで会話を盗聴することはできない。賊が野営しそうな場所に先回りして仕掛けて、翌日回収してから音声を再生することになる。大きさも手のひらサイズで盗聴器のような小さな物ではない。そのため、賊に発見される可能性もあるが、この世界の人間には何に使う物なのか分からないだろうから、見つかっても良しとすることにした。


「というわけで、諸君らにはこれを仕掛けてきてもらいたいのだが、奴らが野営する可能性の高い場所はあるか?」

「進路の地形は把握済みです。途中で川があるので、その付近で必ず足を止めるはずです。大人数で野営できる場所となると更に場所も限られてきます。上手くいくと思います。」

「うむ。できるだけ奴らが会話しそうな場所の近くに仕掛けてくれ。離れると音を拾えないからな。」


優秀な部下を持つと楽ができて助かるな。使い方もすぐに覚えてくれたし、こいつらに任せておけば問題なさそうだ。ボイスレコーダー50個と予備の乾電池を渡しておいた。お急ぎ便で買ったから高くついたが、これは必要経費だな。


賊の進路が男爵領であることが明白になったので、男爵にも伝えておくことになった。


「盗賊ですか。グレイネス伯爵領の一件は私も聞き及んでおります。もちろん、私も警戒して私兵を巡回させておりますが、伯爵軍でも手に負えない程の輩となるとお手上げですな。うちの私兵は農園を魔物から守るための部隊なので、対人戦闘の経験は全くないと言ってもよいのです。ルーテラスタ辺境伯様の軍を待つしかありませんな。」

「軍が到着するまでは我々が賊の相手をしてやろう。既にうちの組は準備を進めている。そのために男爵邸の敷地内に戦闘員を駐屯させて欲しい。」

「それは心強い。辺境伯様からの紹介状にもエルメラ様の武勇が綴られておりました。ルーテラスの街を救うご活躍だったとか。うちの敷地内は自由に使ってください。何ならうちの私兵も使ってください。」

「うむ。今回の賊は個人的な因縁もあるからな。辺境伯の軍が到着するまでには片付けてしまいたいのだ。男爵の協力が得られるのは助かる。」


うーむ、うちの組が男爵に協力するのではなく、男爵がうちの組に協力することになっているようだ。下級貴族だと面子とか気にしないのかな。もう力関係が完全に『ミュゼルファミリー>男爵』となっている。



偵察部隊が再出発してから2日間、醸造所や農園の視察をして過ごしていた。

残念ながら今年のブドウは既に収穫期を終えていた。まあ、醸造用のブドウはどのみち食べても美味しくないだろう。残念そうなキャロちゃんには、ショッピングサイトでシャインマスカットを買ってあげた。フーちゃんと仲良く美味しそうに頬張っていた。男爵とエルメラにも甘めのシャンパンのお供に出してみると好評だった。シャンパンとフルーツは相性が良いようだ。ワインのお供に関しては俺もそれなりに分かってきた気がする。


マルダシリは戦闘員の準備と作戦の立案と男爵家との交渉で、とても忙しそうだった。戦闘員も一度に全員移動させると目立つので段取りがあるようだ。既に到着している者たちは、男爵邸の敷地内で匿ってもらっている。


そして、ボイスレコーダーを持たせた偵察部隊が戻ってきた。


「代行!マルダシリさん!賊の会話記録とれました!急いで再生してください。まずい状況になりましたよ。連中、ルーテラスの街の消えた組織と結託しているようです!」


どうやらすんなり盗賊討伐というわけにはいかないようだ。


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